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第二章

55.仕掛ける先は決まっていた

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 地図を前に唸る。記憶を辿るが、覚えてない国の方が多かった。遠方の国は使者を送って応援だけ、なんてのばっかりだったし。

「どうしたの?」

「ここからここら辺まで、まったく覚えてない。大量の使者に会ったけど、誰がどの国の人か判断つかないぞ」

 リリィに言われて滅ぼす順位を付けることにしたが、オレとしてはバルト国だけで満足だった。バルト国に召喚され、勇者としての肩書きと剣を押し付けられた。戦って帰ってきたオレを殺そうと決めたのもバルトだ。

 顔を覗かせたカインは興味なさそうだった。戦いに直接関与する話でなければ、狩りの獲物の方が興味を惹くのだろう。気持ちはわかるが、話は聞いてくれ。首を撫でると、自分で位置を調整して撫でて欲しい場所を押し付けるカインに、再び話しかける。

「この国とか、もう読み方もわからん」

「あら、随分と軽い復讐なのね」

 赤く染めた爪で地図を指差したリリィが、向かいに腰掛けた。その指が左から右へ移動していく。

「タイバーは魔石の最大輸入国、ヴァンクは魔王が討たれた直後に、魔族狩りを推奨した国よ。隣のドーレクは若いエルフを奴隷として……」

「わかった。それ以上はいいや。胸糞悪い話が続くんだろ? 全部滅ぼしちゃえばいい。ここから、ここまで」

 リリィの指が触れた国々を含め、勇者を担ぎ上げ魔王を攻撃させた大陸の地図を手で撫でた。小首を傾げ反応を窺うと、大きな瞳がぱちくりと瞬く。

「任せるわ。私は魔王城を動けないもの」

 守護のための結界膜を作り出し、魔族を庇護する彼女の魔力は、ほぼ全てが城に注力されている。外へ出ても戦う魔力は残っていないし、リリィに何かあれば城が危険だった。ここは魔王が守ろうとした魔族の最後の砦なのだ。

「ここは頼む。ところで……リリィは前に人間に恨みがあると言ったけど、何をされたのか聞いてもいいか?」

 裏切られ、奪われ、捨てられた――リリィはそう言った。言葉を濁したり言わないことはあるが、彼女が嘘を吐けないのは本当らしい。イヴや双子のフェンリルから聞いた話を総合し、オレはリリィを信用していた。だから気になる。

 オレを焚き付けて戦わせようとするが、その理由はなんだ? 復讐を後押しして、リリィは何を得る?

「そうね。話したことはなかったけど、愛した人に裏切られたわ。私を仲間に売り渡して、純潔を奪われ、能力を喰われ、最後に切り刻んで捨てられたの。元通り回復するまでに長く掛かったわ……気が遠くなるほどの間、集めた魔力を細々と繋いで生き延びた」

 泣き出しそうな表情だった。悪いことを聞いたと思う。でも聞いてよかった。これで迷いも吹っ切れる。リリィがオレの帰る場所を守ってくれるなら、彼女の代わりに手を汚して復讐しよう。魔族である彼女が長い年月と語るなら、きっと当事者はもう死んでいる。それでも人間を憎み、許せずにいる彼女の復讐は終わらなかった。

「周囲から攻めるのと、バルトを落とすのはどちらが先かな」

 明日の天気は晴れるか。天気を尋ねるような軽い口調でリリィに決断を委ねた。じっと顔を見つめた後、リリィが笑う。

「もちろんバルトよ、サクヤが宣戦布告してきたんでしょう?」

 仕方のない子ね、そう微笑むリリィのセリフに反論せず、オレは口角を持ち上げて笑った。オレの本命だからな。アーベルラインより、丁寧にじっくりと潰してやろう。
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