【完結】虚

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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第三章

90.復讐が正しくなくても

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 動くことも面倒で、寝転がったまま洞窟の奥を見ていた。復讐を諦める気はないのに、魔法を使うことを躊躇う。誰かの命を消費する行為だが、放置してもいずれ消滅するなら……復讐に使うのが正しいのか。

 背中に何かが触れた。ほんのりと温かい。撫でたり抱き締めることはなく、ただ触れるだけ。ギリギリの距離で寄り添う温もりに縋って、目を閉じた。眠ってしまいたい、二度と目が覚めなければいい。そんな感覚が広がった直後、ぎりりと歯を食いしばった。

 許せないのだ。安易に召喚を行なった魔術師、それを命じた王族、自らは戦わずに嗾けた民……嘘を吹き込んだ元仲間達すべて――誰も彼も許せない。オレ自身も含めて、すべての人間は死ねばいい!

 背に触れる温もりが僅かに離れた。途端に寒さに震える。怖い、嫌だ。でも振り返るのも怖くて、ずるっと身を捩って触れた。僅かな接点だ。触るかどうかの距離で、温もりは動かない。この暖かさはオレを裏切らないのか。胸がじわじわと侵食されるような、不思議な心地よさだった。

 振り返ると消えてしまいそうな儚い温もりに縋って、一晩動けなかった。朝日が斜めに差し込んで、この洞窟は西向きに開いていたのだと知る。真っ直ぐに入ってくる光が、影を作り出した。蹲ったオレの影を飲み込む少し大きな影は、角や尻尾があるらしい。ぼんやりと形を思い浮かべ、小さく唇を動かした。

「エイシェット?」

 ぐぁああ、洞窟に響いた小さな声はオレを気遣う響きだった。圧倒的強者である彼女が、弱者の番を気遣って動かないなんて……ぐるりと転がって反対を向いた。目に飛び込む朝日がやたら眩しい。後光が差した形になったドラゴンは、オレに背を向けている。でも尻尾はオレの足に寄り添い、背中でこの身を温めたのか。

「聞かなくていいから……まだ、ここにいてくれ」

 聞いてくれとは言わない。重い話を背負わせたいのじゃなく、ただ言葉にして整理したいだけなのだ。動かず振り向かない鱗に手を押し当て、自分と大差ない温もりにほっとする。

「復讐はしたい。オレの剣術だけじゃ勝てないから、魔法を使う。そうしたら故郷の同族の命を魔力として消費する。だから使いたくない。でも日本人を殺した原因となった人間を許せないんだ。絶滅させたいのに、オレに力はなくて……魔力を使うのが正しいのか? もうわからない」

 感謝して使えって、それでいいのか? 復讐する行為が正しくなくても、それは諦められない。こんなに悩んで考えたのは、魔王イヴリースとの対峙を決めた時が最後だったな。あの時にオレは決断を間違えた。人間の言い分に違和感があったくせに、帰りたい一心で友人に刃を振り翳す。ここが間違いの原点だ。

 召喚はオレの意思と関係なく発動し、効力をもたらした。ならば不可抗力の部分を悩んでも仕方ない。イヴリースを復活させる方法があれば、オレはこの魔力をすべて譲渡して死ねるのに。

 ぐるるっ、敏感に察した様子のエイシェットに叱られ、不覚にも涙が溢れた。鼻の奥がつんと痛い、滲んだ涙は瞬きせずとも溢れ落ちる。

 彼女が背を向けていてくれて、本当によかった。
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