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第三章
100.期待したら裏切られる
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エイシェットは不思議そうにオレと黒竜を見た。
「知り合い?」
「……分からない」
知らないはずだ。黒竜に知り合いなんていないし、このバルト国でオレに「友」と呼びかけた人間はいない。どちらも違う。知らないのに、なぜか言い切れなかった。
今の呼びかけを聞いた瞬間に浮かんだのは、あり得ない人物だった。すでに死んでいる。この手で首を落とした、だから絶対に違う。
「イヴリース、なのか?」
違うだろ、これは罠だ。そう思う心の片隅で、生きていたかも知れない希望が湧き上がる。魔族の王はさまざまな種族が混じっていた。吸血種やドラゴンはもちろん、エルフや巨人族、フェンリルに至るまで。だから、可能性はゼロではない。
期待したら裏切られる。いつだってそうだった。なのに、心は叫んだ――イヴリースだ、と。
ぐるるっ、痛みを堪える呻き声を上げ、ドラゴンは目を伏せた。杭を抜いて治癒を施さないと、死んでしまう。焦って駆け寄る。ドラゴンの近くはしっとりと濡れていた。滑りそうになり、慌てて彼の鱗に触れる。
びくりと指が震えた。冷たい? ドラゴンは爬虫類と違う。体温を自分で調整する恒温動物なのに、こんなに体温が低いなど……。目配せしたエイシェットが手を触れ、眉を寄せた。やはり異常なのだろう。
炎と風を扱うドラゴンがほとんどだが、氷を扱えるドラゴンも存在する。数は少ないが、そういったドラゴンは多少体温が低い傾向にあると聞いていた。だがエイシェットは首を横に振る。
手のひらに伝わるのは、限りなく冷たく硬い感触だ。鱗だからではなく、体が強張っているらしい。回り込んで、杭に触れた。びりりと痺れる痛みが手のひらに走る。
「くっ」
細かな針を一斉に突き立てたようだった。驚いて確認した手のひらは真っ赤に腫れ、刺激にぴりぴりしていた。首を持ち上げた黒竜は、赤い瞳を瞬いて唸った。
――我が友よ、それ以上は触れるな。そなたが壊れる。このまま放置して帰れ。
魔力膜で身を覆ったオレの手のひらを傷つけたのは、呪詛か毒だ。毒ならばエイシェットには効果がないから、黒竜も同様だろう。ならば残るのは、呪詛。魔術ではないから解除できず、魔力が不要だから精霊も手出しできない。
これは人間が生み出す怨嗟の声や、殺し合いで生まれる汚い感情が凝ったモノ。この世に存在することが許されない、穢れだった。魔王城や魔族の領域を覆った黒い霧の正体を、オレは呪詛が薄まったモノだと予測した。ねっとりと絡みつく感情は、人間特有のものだ。
魔族のように真っ直ぐで正直な種族には、持ち得ない闇だった。それを凝らせたような呪詛、黒竜を束縛する形で立つ杭がすべて呪詛そのものだとしたら?
「オレの手に負えるか?」
こんな巨大な呪詛を6本も浄化する。魔力を振り絞っても難しいかも知れない。だが、彼が魔王イヴリースなら助けない理由がなかった。
「お願い、戻ろう。無理、お願いだから」
エイシェットが必死で縋る。その泣きそうな顔で我に返った。自分の口で言ったのだ、罠かも知れないと。
「一度戻る、また来るから」
ドラゴンは薄目を開けて微笑むような顔をした。彼を残し、後ろ髪を引かれる気持ちで黒い森へ転移する。己の半身を引き裂かれるような心の痛みと引き換えに、オレは安全な場所で膝を突いた。
「知り合い?」
「……分からない」
知らないはずだ。黒竜に知り合いなんていないし、このバルト国でオレに「友」と呼びかけた人間はいない。どちらも違う。知らないのに、なぜか言い切れなかった。
今の呼びかけを聞いた瞬間に浮かんだのは、あり得ない人物だった。すでに死んでいる。この手で首を落とした、だから絶対に違う。
「イヴリース、なのか?」
違うだろ、これは罠だ。そう思う心の片隅で、生きていたかも知れない希望が湧き上がる。魔族の王はさまざまな種族が混じっていた。吸血種やドラゴンはもちろん、エルフや巨人族、フェンリルに至るまで。だから、可能性はゼロではない。
期待したら裏切られる。いつだってそうだった。なのに、心は叫んだ――イヴリースだ、と。
ぐるるっ、痛みを堪える呻き声を上げ、ドラゴンは目を伏せた。杭を抜いて治癒を施さないと、死んでしまう。焦って駆け寄る。ドラゴンの近くはしっとりと濡れていた。滑りそうになり、慌てて彼の鱗に触れる。
びくりと指が震えた。冷たい? ドラゴンは爬虫類と違う。体温を自分で調整する恒温動物なのに、こんなに体温が低いなど……。目配せしたエイシェットが手を触れ、眉を寄せた。やはり異常なのだろう。
炎と風を扱うドラゴンがほとんどだが、氷を扱えるドラゴンも存在する。数は少ないが、そういったドラゴンは多少体温が低い傾向にあると聞いていた。だがエイシェットは首を横に振る。
手のひらに伝わるのは、限りなく冷たく硬い感触だ。鱗だからではなく、体が強張っているらしい。回り込んで、杭に触れた。びりりと痺れる痛みが手のひらに走る。
「くっ」
細かな針を一斉に突き立てたようだった。驚いて確認した手のひらは真っ赤に腫れ、刺激にぴりぴりしていた。首を持ち上げた黒竜は、赤い瞳を瞬いて唸った。
――我が友よ、それ以上は触れるな。そなたが壊れる。このまま放置して帰れ。
魔力膜で身を覆ったオレの手のひらを傷つけたのは、呪詛か毒だ。毒ならばエイシェットには効果がないから、黒竜も同様だろう。ならば残るのは、呪詛。魔術ではないから解除できず、魔力が不要だから精霊も手出しできない。
これは人間が生み出す怨嗟の声や、殺し合いで生まれる汚い感情が凝ったモノ。この世に存在することが許されない、穢れだった。魔王城や魔族の領域を覆った黒い霧の正体を、オレは呪詛が薄まったモノだと予測した。ねっとりと絡みつく感情は、人間特有のものだ。
魔族のように真っ直ぐで正直な種族には、持ち得ない闇だった。それを凝らせたような呪詛、黒竜を束縛する形で立つ杭がすべて呪詛そのものだとしたら?
「オレの手に負えるか?」
こんな巨大な呪詛を6本も浄化する。魔力を振り絞っても難しいかも知れない。だが、彼が魔王イヴリースなら助けない理由がなかった。
「お願い、戻ろう。無理、お願いだから」
エイシェットが必死で縋る。その泣きそうな顔で我に返った。自分の口で言ったのだ、罠かも知れないと。
「一度戻る、また来るから」
ドラゴンは薄目を開けて微笑むような顔をした。彼を残し、後ろ髪を引かれる気持ちで黒い森へ転移する。己の半身を引き裂かれるような心の痛みと引き換えに、オレは安全な場所で膝を突いた。
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