【完結】虚

綾雅(りょうが)今年は7冊!

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第三章

134.人を呪わば穴二つ(最終話)

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 女神を滅ぼした日、バルト国を含む人間はすべて消滅した。何らかの形でリリィと繋がっていたらしい。というのも、イヴリースが気づいた時には廃墟になっていたのだ。人間が死に絶えた廃墟から、原因を辿ることはできなかった。

 苦しめて復讐したかったと言えば、イヴリースは肩を竦めて賛否を避けた。エイシェットと番って数年、彼女の魔力を与えられながら生きている。自分の寿命が短くなるぞと言ったら、それでいいから一緒に死のうと笑う。オレにはもったいない嫁だ。

 復讐すべき相手はおらず、体すら魔王が作った器だ。オレの寿命も人生も、すでに失われたと考えれば、エイシェットのために生きるのは当然だった。狩りも難しいため、双子のフェンリルがよく獲物を分けてくれる。エイシェット自身も狩るため、生活に不自由はなかった。

 今もエイシェットが捕まえた巨大な鳥の魔物を、手際よく捌く。ナイフの扱いは慣れたもの、あっという間に皮を剥いで横に積み上げた。あとで滑してエイシェットの防寒具を作ろう。冬の間は人化すると寒いらしく、温かい服があればと考えたのだ。

 巣穴に使う洞窟は、滝の裏側にあった。表からは滝で見えないが、裏の森を通って下に降りられる。森へ続く通路で、がたんと音がした。振り返ったオレの目に映ったのは……鬼の形相で剣を突き立てるイヴの姿。いつも綺麗に整えていたメイド服が、ぼろぼろだった。姿を消したとは聞いてたけど。

 死にたくない、とか。なぜオレが、とは思わない。ただ唇は静かに動いた。

「ごめんな、エイシェット」

 魔力を乗せて呼ぶことも出来ない。小さな小さな呟きに、肉を裂く音が重なった。胸ではなく腹を貫いた剣を、イヴがぐいと体重を乗せて押し込む。背まで突き抜けた刃は洞窟の床に突き刺さり、鳥の赤黒い血に混じってオレの血も染み込んだ。

「リリィ様の仇っ! お前が幸せになるまで待った、やっと……」

 ぶつぶつと呟きながら外へ出ていくイヴ、その背中に謝ることは出来ない。オレはあんたが狂う未来を知っていても、リリィを殺したから。復讐は復讐を呼ぶ。人を呪わば穴二つ――よく出来た言葉だな。

 動けない。見上げる天井がぼやけて、思ったより痛くないなと口角を上げた。イヴリースの呪いを半分引き受けたあの激痛に比べたら……。

「っ! なぜだ!? サクヤ、今助ける」

 突き立てられた剣を乱暴に引き抜くイヴリースに、心の中で文句を言う。刺された時より痛えよ。エイシェットはいないのか? 最期に一目見たかった、な。



 途絶えた意識が無理やり引き起こされる。頭上で話しているのは、イヴリースとエイシェットだった。双子のフェンリルの声もする。

「ぎりぎり引き留めたが、動かすのは無理だ」

「やだっ! 半分あげるから」

「寿命が短くなるのだぞ。今までの魔力の譲渡とは違う」

 我が侭を振りかざすエイシェットに、イヴリースが諭すが聞かない。

「僕らの寿命も分けるから」

「頼むよ」

 カインとアベルの声は鼻を啜る音が混じっていて、抱き締めて撫でたくなった。実際はぴくりとも手足が動かない。

「……やってみるが、成功の確率は低い」

 根負けしたイヴリースが譲歩したようだ。声は聞こえるがそれ以外の感覚はなかった。何かが流し込まれ、激痛に意識が飲まれる。考える力は失われ、やがて痛みは嘘のように引いた。

「ありがとう」

 全員に向けたこの言葉は届いただろうか。いつか何十世代も後になっても、必ず戻ってくるから。元気でいてくれ。暗い顔をした魔王の頬に触れ、泣きじゃくる双子のフェンリルの頭を交互に撫でる。最後に、愛おしい銀竜の美少女に抱き着いた。

 もうこの意識を包む器はない。だが、エイシェットは何かを感じ取ったのか。そっと自分を抱く形でオレを受け止めた。

「愛してるよ、エイシェット」

 卑怯な言葉で彼女を束縛して、そのまま彼女の中に入り込んだ。



 ――数年後、エイシェットはひとつの卵を産み落とす。3年も温めた後に孵った卵の子に、サクヤと名付けた彼女は舐めるように愛しんだという。それが番であった彼なのか、全く別の魂なのか。誰も言及するものはいなかった。





 The END……
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