【完結】真珠姫と野獣王

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

文字の大きさ
67 / 114
本編

67.油断も隙もないが罠はある

しおりを挟む
 スフェーン国王ギルベルトの署名が入った手紙に目を通し、ウルリヒは立ち上がった。貴族の屋敷に造られた温室前の階段に腰掛けていたのだ。温室は南庭の開けた場所にある。

 誰かが近づけば、すぐに分かる場所だった。上にあるのは透き通った温室の屋根だ。丸い屋根は潜むのに最悪だった。滑るし影が下に落ちる。やや曇りの空を見上げ、ウルリヒは手紙をたたみ直した。

 何事もなかったように一つ伸びをして、屋敷の一室に足を踏み入れる。ガラス扉を開いてた部屋は、客間の隣室だった。通常は控え室として使われる。訪ねてきた貴族の従者や侍女、御者などを待たせる場所だった。

 そのため豪華さはない。立派な調度品も不要だった。最低限の設備として、棚にお茶の道具が並ぶ程度だ。お湯だけ貰えば、お茶を飲んで待っていることが可能だった。

 今はカップや茶器だけの棚へ、手紙を押し込む。視線を感じながら、何度も茶器の位置を変えて隠した。満足げに頷いて、部屋を出る。

 アンネリースは、二階の主寝室がある続き部屋にいた。女主人の部屋として作られた一室で、浴槽や衣装部屋が立派である。ノックして許可を得て入れば、ルードルフが不在だった。

「困りましたね」

「侍女同席なら問題ないのでは?」

「書類がちょっと」

 ちらりと胸元から手紙を覗かせる。政の話なら、とアンネリースは刺繍の手を止めて立ち上がった。同じ二階の一角に、屋敷の主人の書斎と執務室がある。そちらへ移動となった。

 女王の執務室に宰相が訪ねてくるのは、問題にならない。異性でも関係ない。なぜなら、職責による縛りが存在するからだ。先ほどの女主人の私室へ、夫以外の男性が同席するのは、かなり外聞が悪かった。

 せめて親族なら構わないのだが、ウルリヒは赤の他人である。気遣う彼に、アンネリースは驚いていた。意外な部分で、貴族らしい。皇帝まで勤めた男なのだから当然だと思う反面、そういった過去の慣習に囚われないと思っていた。

「その手紙は何?」

「スフェーン国王陛下より、ムンティア王国宰相へのです」

 こういうところが食えない男なのだ。一般的な宰相なら、女王への取り次ぎと紹介するだろう。内容が違っている、女王はそう理解した。

 差し出した手に触れた手紙を細部までしっかり読む。軍備増強や兵士の召集に至るまで。すべての経緯が記されていた。警戒する先がルベリウス国だとはっきり明記してある。

「陛下のはとこでしたか」

「ええ、そうよ」

「優秀な統治者を輩出する一族のようですね」

 これは素直に褒めているらしい。ウルリヒの言葉の裏を読むことに、慣れてきた。曖昧に頷いて、齎された情報を組み立てる。先日のルードルフの指摘、増強した軍備の内容、ウルリヒが調べた貴族籍を持たない養子や妻の話。

 組み立てバラし、違う形で組めないか考える。その時間は短かった。

「では、当初の計画通りに」

「承知いたしました、陛下の仰せのままに」

 恭しく頭を下げるウルリヒは、アンネリースの指示と判断に従った。
しおりを挟む
感想 144

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。 「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」 周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。 アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。 ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。 その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。 そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

婚約者を奪った妹と縁を切り、辺境領を継いだら勇者一行がついてきました

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

処理中です...