22 / 128
22.だってシェンはシェンだもん
しおりを挟む
たくさん遊んだら、次は仕事なり勉強が待っている。これは大人も子どもも同じだ。ベリアルは渋々仕事に戻り、代わりにリリンが飛んできた。というのも、彼女は昨日難しい書類や報告書と睨めっこしたらしい。
「疲れちゃったわ、もう」
動くことは苦にならない彼女も、机仕事はお手上げだと嘆いた。エリュは頷きながら、朝のサラダを頬張っている。食べ方を注意するより、食べる楽しさを教える方が先。そう主張したシェンに従い、今はうるさく作法を教える者はいない。
「これ、もう一回ちょうだい」
「おかわり?」
「うん」
じゃがいものポタージュが気に入ったみたい。おかわりをたっぷり注いでもらい、嬉しそうにお礼を言った。こういう礼や挨拶ができれば、最低限困ることはない。歳を経たからこそ、シェンはそう考えた。かつては礼儀を無視した若造を噛み殺したり、尻尾で叩き潰した蛇神とは思えない緩やかさだ。
あの頃の残虐な噂が残っているので、今も畏れられる蛇神だった。神としては間違っていないのかも知れない。
あまり好きではない、正直嫌いなのだろう。サラダを後回しにするエリュは、ポタージュを飲み始めた。半分ほど飲んだところで、シェンが器を取り上げた。
「あ、まだ」
「サラダ、全部入る? 食べられなくなったらもったいないよ」
「……うん」
自分でも分かっているのだが、好きな食べ物を優先してしまう。一度取り上げたポタージュを、エリュの前に戻した。
「サラダを後半分食べて。残りは僕が食べるから」
野菜を好きな子どもは珍しいが、エリュの場合は生野菜に限られる。肉や魚の付け合わせにされる緑黄色野菜は、気にせず普通に食べた。だからこれはご褒美を兼ねた提案だ。
「いいの? 後でシェンが叱られない?」
「平気。それよりお姉ちゃんと呼ぶのは終わり?」
「だって、シェンはシェンだもん」
ある意味、この子は才能があるのかな。力がないだけだ。頷きながら、シェンはサラダを半分、自分の器に引き受けた。残った野菜を先に片付け、エリュは再びポタージュに夢中になる。大きなスプーンが合わないのか、ぽたぽたと胸元に零した。
慣れたもので、侍女が付けたミニエプロンがいい仕事をしている。食べ終えたエリュの手と口をよく拭き、侍女は慎重にエプロンを外した。可愛い緑のワンピースを守り抜いたようだ。白いスープで汚れなかったエリュは、ご馳走様をして席を降りた。
サラダもすべて食べ終え待っていたシェンの手を握り、パンを口に投げ入れたリリンを振り返る。
「シェンとお庭にいるね」
「っ、私も参ります」
紅茶でパンを流し込み、詰まったのか顔を顰めたリリンだが、無事飲み込めたらしい。立ち上がり、侍女に挨拶をして剣の鞘を掴んだ。
追いかけてくるリリンを待ちながら、二人でゆっくり庭へ向かう。青宮殿の名の由来となったアルスターが咲き誇っていた。
「綺麗だね」
「今日は何する?」
顔を見合わせ、ちらりと後ろを振り返る。まだ距離の空いているリリンを確認し、にっこり笑った。
「せーので、隠れるからね」
「せーの!」
わーい! 全力で走り出す。二人はそのまま庭の迷路に飛び込んだ。
「疲れちゃったわ、もう」
動くことは苦にならない彼女も、机仕事はお手上げだと嘆いた。エリュは頷きながら、朝のサラダを頬張っている。食べ方を注意するより、食べる楽しさを教える方が先。そう主張したシェンに従い、今はうるさく作法を教える者はいない。
「これ、もう一回ちょうだい」
「おかわり?」
「うん」
じゃがいものポタージュが気に入ったみたい。おかわりをたっぷり注いでもらい、嬉しそうにお礼を言った。こういう礼や挨拶ができれば、最低限困ることはない。歳を経たからこそ、シェンはそう考えた。かつては礼儀を無視した若造を噛み殺したり、尻尾で叩き潰した蛇神とは思えない緩やかさだ。
あの頃の残虐な噂が残っているので、今も畏れられる蛇神だった。神としては間違っていないのかも知れない。
あまり好きではない、正直嫌いなのだろう。サラダを後回しにするエリュは、ポタージュを飲み始めた。半分ほど飲んだところで、シェンが器を取り上げた。
「あ、まだ」
「サラダ、全部入る? 食べられなくなったらもったいないよ」
「……うん」
自分でも分かっているのだが、好きな食べ物を優先してしまう。一度取り上げたポタージュを、エリュの前に戻した。
「サラダを後半分食べて。残りは僕が食べるから」
野菜を好きな子どもは珍しいが、エリュの場合は生野菜に限られる。肉や魚の付け合わせにされる緑黄色野菜は、気にせず普通に食べた。だからこれはご褒美を兼ねた提案だ。
「いいの? 後でシェンが叱られない?」
「平気。それよりお姉ちゃんと呼ぶのは終わり?」
「だって、シェンはシェンだもん」
ある意味、この子は才能があるのかな。力がないだけだ。頷きながら、シェンはサラダを半分、自分の器に引き受けた。残った野菜を先に片付け、エリュは再びポタージュに夢中になる。大きなスプーンが合わないのか、ぽたぽたと胸元に零した。
慣れたもので、侍女が付けたミニエプロンがいい仕事をしている。食べ終えたエリュの手と口をよく拭き、侍女は慎重にエプロンを外した。可愛い緑のワンピースを守り抜いたようだ。白いスープで汚れなかったエリュは、ご馳走様をして席を降りた。
サラダもすべて食べ終え待っていたシェンの手を握り、パンを口に投げ入れたリリンを振り返る。
「シェンとお庭にいるね」
「っ、私も参ります」
紅茶でパンを流し込み、詰まったのか顔を顰めたリリンだが、無事飲み込めたらしい。立ち上がり、侍女に挨拶をして剣の鞘を掴んだ。
追いかけてくるリリンを待ちながら、二人でゆっくり庭へ向かう。青宮殿の名の由来となったアルスターが咲き誇っていた。
「綺麗だね」
「今日は何する?」
顔を見合わせ、ちらりと後ろを振り返る。まだ距離の空いているリリンを確認し、にっこり笑った。
「せーので、隠れるからね」
「せーの!」
わーい! 全力で走り出す。二人はそのまま庭の迷路に飛び込んだ。
35
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。
そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来?
エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます
かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~
【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】
奨励賞受賞
●聖女編●
いきなり召喚された上に、ババァ発言。
挙句、偽聖女だと。
確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。
だったら好きに生きさせてもらいます。
脱社畜!
ハッピースローライフ!
ご都合主義万歳!
ノリで生きて何が悪い!
●勇者編●
え?勇者?
うん?勇者?
そもそも召喚って何か知ってますか?
またやらかしたのかバカ王子ー!
●魔界編●
いきおくれって分かってるわー!
それよりも、クロを探しに魔界へ!
魔界という場所は……とてつもなかった
そしてクロはクロだった。
魔界でも見事になしてみせようスローライフ!
邪魔するなら排除します!
--------------
恋愛はスローペース
物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。
司書ですが、何か?
みつまめ つぼみ
ファンタジー
16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。
ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる