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第6章 狙われた同胞を救え
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※流血表現があります。
***************************************
珍しい状況に置かれると、人は言葉を失う。
吸血鬼の恋人になり数十年を暮らしたが、こんな場面は今まで遭遇した記憶がなかった。血の臭いに誘われて庭に出れば……そこには顔馴染みが蹲っている。
「う、……リスキア?」
問いかける形になった声に、庭の片隅に膝を着いて息を整えていた青年が顔を上げる。その頬や首筋に血が飛び散っていることに眉をひそめた。
「……ラ、ァ……」
苦しそうに、けれど毅然とこちらを見据える気丈な黒曜石の瞳が、ふっと力を失った。ぐらりと倒れ込む体に気づき、慌てて駆け寄って抱き起こす。
一流の戦士として、吸血鬼の一族の中でも濃い血筋と強さを誇る彼の、こんなに傷ついた姿を見たのは初めてだった。いつも傲慢なまでに強気で、美しく、気高くあろうとする彼が……。
かさ、草を踏む音を耳が捉えて、続いて聞こえる声にライアンは腕の中の青年を抱き上げる。足音は僅かで、人間なら聞き取れないほど微細な音だった。ここはシリルが張った結界と外界との境目にあたる場所、冬でも咲き誇るバラの垣根の向こう側は外界なのだ。
吸血鬼の結界に物理的な制限はない。ただ見えなくなり、近づきたくないと人間に思わせるだけの精神的に働きかける幻術だった。誰かを捜す声は近く、見えないと知っていてもライアンの危機感を煽った。
自らがハンターであった彼は身に沁みて理解している。結界は破る必要がなく、ただ存在に気づけば無効化されることを。
そしてハンターは見破る術を知っているのだ。
「ライアンっ、リスキアをこちらへ!」
切羽詰った響きは、間違いなく恋人であるシリルのものだった。普段は落ち着いて優雅な物腰のシリルが、慌てた様子で手招きしている。呼ばれるまま軽い体を運び、行儀悪くテラスから室内へ足を踏み入れた。ソファに横たわらせた体は、意識がないにも関わらず低く呻く。
「……ケガしてるよな」
今の呻きだけでなく、抱き上げた瞬間に強くなった血臭からも、それは間違いようのない事実だった。
「かなり出血している」
危険だと呟く恋人が自らの腕にナイフを当てたのを、ライアンは穏やかに遮った。吸血鬼同士の血は、ケガや貧血に対して効果が高い。人間の薄い生命力を奪うより、効率よく体を生かしてくれるのだ。しかし、吸血鬼にとって血を流すことは――――死と紙一重の行為でもあった。
「オレがやる」
迷ったものの、シリルは大人しくナイフをライアンへ手渡す。ハンター時代から愛用している自らのナイフではなく、渡された刃を手首に押し当てる。すっと引けば、深く切り裂かれた傷口からは血が溢れた。
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珍しい状況に置かれると、人は言葉を失う。
吸血鬼の恋人になり数十年を暮らしたが、こんな場面は今まで遭遇した記憶がなかった。血の臭いに誘われて庭に出れば……そこには顔馴染みが蹲っている。
「う、……リスキア?」
問いかける形になった声に、庭の片隅に膝を着いて息を整えていた青年が顔を上げる。その頬や首筋に血が飛び散っていることに眉をひそめた。
「……ラ、ァ……」
苦しそうに、けれど毅然とこちらを見据える気丈な黒曜石の瞳が、ふっと力を失った。ぐらりと倒れ込む体に気づき、慌てて駆け寄って抱き起こす。
一流の戦士として、吸血鬼の一族の中でも濃い血筋と強さを誇る彼の、こんなに傷ついた姿を見たのは初めてだった。いつも傲慢なまでに強気で、美しく、気高くあろうとする彼が……。
かさ、草を踏む音を耳が捉えて、続いて聞こえる声にライアンは腕の中の青年を抱き上げる。足音は僅かで、人間なら聞き取れないほど微細な音だった。ここはシリルが張った結界と外界との境目にあたる場所、冬でも咲き誇るバラの垣根の向こう側は外界なのだ。
吸血鬼の結界に物理的な制限はない。ただ見えなくなり、近づきたくないと人間に思わせるだけの精神的に働きかける幻術だった。誰かを捜す声は近く、見えないと知っていてもライアンの危機感を煽った。
自らがハンターであった彼は身に沁みて理解している。結界は破る必要がなく、ただ存在に気づけば無効化されることを。
そしてハンターは見破る術を知っているのだ。
「ライアンっ、リスキアをこちらへ!」
切羽詰った響きは、間違いなく恋人であるシリルのものだった。普段は落ち着いて優雅な物腰のシリルが、慌てた様子で手招きしている。呼ばれるまま軽い体を運び、行儀悪くテラスから室内へ足を踏み入れた。ソファに横たわらせた体は、意識がないにも関わらず低く呻く。
「……ケガしてるよな」
今の呻きだけでなく、抱き上げた瞬間に強くなった血臭からも、それは間違いようのない事実だった。
「かなり出血している」
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「オレがやる」
迷ったものの、シリルは大人しくナイフをライアンへ手渡す。ハンター時代から愛用している自らのナイフではなく、渡された刃を手首に押し当てる。すっと引けば、深く切り裂かれた傷口からは血が溢れた。
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