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第十章 サークレラ

第26話 祭りの後の大捕り物(1)

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 肉の香ばしさに釣られて屋台に立ち止まる。屋台で売られる肉類は串に刺したものが多いので、この店のように竹の器に載せた細切れの肉は珍しかった。

「いらっしゃい、美人さんだね。サービスするよ」

「では1皿」

 褒められれば誰だって悪い気はしない。匂いにつられて立ち止まった時点で、購入しようか迷っていたのでいいきっかけだった。

「リア、オレも」

「追加で…2皿」

 期待のまなざしを向けるライラに気付いて、2人分を注文する。受け取る際に細長い棒を2本ずつ渡された。少し考えて、素直に尋ねることにする。

「これはどうするんだ?」

「ああ、外の人かい。これは箸って名前で、こうやって挟んで食べる道具だ」

 器用に右手で2本の棒を操る屋台の親父さんの真似をして、ぎこちなく挟んで口に運ぶ。落ちる寸前で口が迎えに行き、なんとか食べることができた。初体験にしては上手に出来たと満足しながら振り返れば、ジルやライラは慣れた様子で箸を扱っている。

「……慣れてるな」

「あたくしはこの国に何度か来ているもの。鮮やかな花模様の衣装を仕立てたことがあるわ」

「民族衣装か? リアにも似合うと思うが、リシュアがもう用意してそうだな」

 数千年を生きる彼らと張り合う方が愚かなのだろう。釈然としない気分だが、もう一度箸で肉を掴む。香辛料でピリ辛の肉は食欲を促進する。美味しいものを食べると、些細な不快さなど吹き飛んでしまう。

「民族衣装とは、あれか?」

 屋台から少し離れた木の根元で食べながら、道を歩く女性を指し示す。華やかな赤い布は、色取り取りの花がちりばめられていた。流れる水のような模様や、舞い散る花びら、鞠のような絵が美しい。

「リアなら紺や黒の濃い色が似合いそうだ」

「深紅でもいいわね、あと、緑はどう?」

「いっそ購入するか」

 さきほどリシュアが用意すると予測していたくせに、ジルは自分が見立てて購入するつもりでいる。彼の金銭感覚は異常だった。金に糸目をつけず、気に入れば買ってしまう。それが可能なだけの宝石を山ほど持っているが、すべて魔性を封印した際の封印石のため、魔術の媒体として重宝がられるのだ。

 宝飾品用に流用される数より、魔術や魔法陣の媒体として高値がついていた。市場規模を上回る量を保有しているジルがうっかり売りすぎれば、市場価格が崩壊しかねない。

「いや、服はいい」

 以前、お姫様気分で着飾ろうと彼が奮発した際のジュエリーやドレスも大量に残っていた。サークレラの舞踏会に出ても恥ずかしくない上質なドレスばかりだ。

「そう? まあリシュアに任せるか。この国の衣装は色合わせが独特で難しいんだよなぁ」
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