【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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公爵令嬢SIDE

人望がないのはお辛いですわね

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 あら、受けて立つのですね。これまた驚きました。目を見開いたのは私だけでなく、周囲の紳士淑女の皆様も同様でした。まるで劇の一場面のように、膝を突いて聖女様の手を取ります。甲に唇を押し当て、こう願いました。

「あなたの加護があれば、必ず勝てる。勝利を捧げましょう」

「もちろんですわ、メイナード様。あなたに聖女の加護があらんことを」

 ……笑ってもいいでしょうか。いえ、真面目になさっているので、指摘しては晒し者にしてしまいますね。それでは本当の悪女になってしまうので我慢します。ぷるぷると口の端が震えるくらいは見逃していただけますかしら。

「加護で勝てるのか?」

「お兄様、しー! 指摘してはいけませんわ。恥をかかせてしまいます」

 私は小声で囁き返した。お兄様もさすがに大声で尋ねたりはしませんでした。揚げ足を取られたら、面倒くさいんですもの。でも二人の世界に入っているようなので、彼らは気づかないでしょう。何より気づけるほど賢ければ、この場でこんな騒ぎは起こしません。

 周囲の貴族は顔を見合わせて驚いた後、こそこそと盛り上がっておりますね。私もあちらに混じりたいです。

「神の加護があらんことを……なら分かりますが、聖女様は他人事ですね」

 サクソン伯爵家のブレント様は、思わずといった口調で指摘してしまいました。ああ、折角私が話題を逸らしたのに、正直な方ですね。ご自分が聖女なのに「聖女の加護がありますように」と他人事のお祈りをされた事実、誰もが心で指摘して口に乗せず我慢しておりますのよ。

「サクソン伯爵令息、事実でも指摘してはいけません。大人になって聞き流してあげなくては……可哀想ではありませんか」

 ぴしゃりと言い渡せば、「ああ、それは気付かずに失礼しました。まだ未熟な身ですので、お許しいただきたい」と第二王子殿下に詫びます。後ろで噴き出した方がいたようで、申し訳ないです。ワインやジュースを口にしたタイミングだったのでしょう。水であったことを祈るばかりです。

「何がおかしい!」

 メイナード第二王子殿下、そこは怒る場所が違いますわ。謝ったことを指摘するべきでは? それもまた恥の上塗りですが……喚き散らすよりマシでしょう。本当に分かってないんですもの。

 聖女が授ける奇跡の中に「加護」はありません。加護は神様が授ける祝福のひとつで、人間のもつ権能ではないのです。重ねて申し上げるなら「あらんことを」の文言は「そうなるといいですね」または「そうなることを祈っています」程度の内容です。

 聖女様が口にすると、私は能力がないですが加護に似た祝福を貰えるといいですね……となり、サクソン伯爵令息の言う通り「他人事」でした。気管に入って咽る方が現れ、婚約破棄騒動は皆様の娯楽に落ちたようです。

 喜劇を楽しんでいただけると幸いですわ。出演したくなかった私としては、扇で顔を隠す程度の抵抗は許されるでしょうか。

「お兄様、本当にあの(中身がない)方と戦うんですの?」

「もちろんだ。ジェナを貶められて許せるほど、私の度量は大きくない」

 仕方ないですわ。国王陛下が大急ぎで戻っても、間に合わないでしょうし。遠くでお父様が「行け! ヤれ!」と物騒なジェスチャーを送っているのが見えました。我がナイトレイ公爵家の恐ろしさを思い知らせておやりなさいと微笑むお母様は、現国王陛下のお姉様でいらっしゃるの。

 本来はお母様が女王として立つはずでしたが、腹違いの弟に条件付きで王位を譲りました。その条件を契約者の息子が破棄すると仰る以上、ただで済むはずがありませんね。お兄様は、我が家を象徴する赤い花の刺繍が施されたクラバットを緩めました。

「折角これほどの観客がいるのだ。この場で決着を付けよう」

 偉そうに宣う第二王子に溜め息をつき、私は周囲の騎士へ合図を送りました。この騒動が起きてすぐ、近衛騎士達が私を守るように取り囲んでいます。彼らは胸元に赤い花刺繍のハンカチを飾っていました。そう、我がナイトレイ公爵家所属の騎士なのです。

 王家はすでに財政破綻寸前、ぎりぎりのところを我が家の援助で支えていました。先代国王陛下が戦で散財したためですわ。王宮内の近衛騎士も、忙しく働く侍従や侍女も、すべて我が家で雇用した者達。私との婚約が破棄されれば、王家は破綻します。

 何も知らぬ愚か者は、足下が崖でも知ることなく足を踏み出すのね。落ちてから知らなかったと喚き、自分は悪くないと擁護する。その未来まで手に取るように理解出来ました。

「剣を抜けっ!」

 聖女の他人事めいたお祈りで強くなった気分の王子メイナードが、得意げに己の剣を抜いた。細くて美しく軽い剣……それ、儀礼用ですわ。実用性は皆無で、お兄様が下げている剣の二割ほどしか重さがない。打ち合った瞬間に折れるのですが、騎士も貴族も教えてあげる義理がない。見捨てるように口元を緩める人ばかりでした。

 人望がないのはお辛いですわね。同情しながら、私も緩んだ表情を扇で隠しました。

「いざっ!」

「……立会人を頼む」

 近くにいた騎士団長に声をかけ、お兄様はマントを翻して剣を抜く。実戦で鍛えた腕、戦う兄を支え続けた愛用の剣、勝敗はわずか一歩でした。キンと甲高い音を立てて折られた剣に、メイナード王子は呆然とする。当然の結果ですが、彼が納得するはずはなく。

「武器に差を付けるなど、卑怯だぞ」

「勝手に飾り物で襲い掛かったのはそちらだ」

 淡々と答える兄の嘲笑に、メイナードは我慢できなかった。折れた剣を突き刺すように繰り出す。が、絡められて弾かれた。今度は手首を捻り、呻くメイナードが床に崩れる。血は一滴も流れず、綺麗に決闘は終わった。

「何が起き……っ! いや、何となく察した。この場は私が預かる。迷惑をかけたことを詫びよう」

 場を外しておられた王太子殿下が間に入り、この場を収めにかかります。お父様とお母様はさっさと退場なさったので、私達も続くと致しましょう。第一王子であり王太子でもあるヴィンセント様へカーテシーで挨拶し、くるりと背を向けました。

 王宮を出たら、すでに馬車の待機所がいっぱいです。公爵家優先で入れてもらえたようですが、伯爵以下の方々はしばらくかかるでしょう。一般的には夜会の退場は順番があり、このように混雑する無様は避けられるのですが、今回は仕方ありません。

 お父様たちに続き、私とお兄様も馬車に乗り込みました。軽い合図で走り始めた馬車の中、お父様が最初に口を開きます。

「ジェナ、申し訳ないことをした。お前の貴重な時間を台無しにしてしまった。すまん」

「あなた、ローレンスも……分かっていますね? 私は愚弟もそのバカ息子も許す気はありません」

 元王女であり、未だに王位継承権を保有する母の凛とした決別の言葉に、お兄様は「承知しています」と笑った。お父様の謝罪を受け入れ、私の婚約破棄騒動は一段落しました。
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