14 / 222
本編
13.留守の間に増えた顔は要注意ね
しおりを挟む
「派手にやったらしいな」
イングリットを抱いて庭を見ているところへ、ルヴィ兄様が顔を出した。私室として用意されたのは、以前私が暮らしていた部屋だ。日当たりがよく、風も通る。宮殿の奥にあるため、表の騒々しさは届かなかった。
「どんな噂をお聞きになったのかしら」
「赤いカメリアが一輪落ちた、と。それより、この部屋でよかったのか? 母上の部屋も空いているが」
ルヴィ兄様の言う「母上」は、私の義母に当たる。皇妃として側妃三人を監督し、それぞれに子を産ませた有能な人だ。そのお方の部屋を私が使うなど、畏れ多い。私の返答に、ルヴィ兄様は困ったような顔で笑った。
イングリットは乳も飲み終わり、ぐっすり眠っている。長椅子に腰掛ける私は、わずかに椅子の左側を空けた。断りを入れたルヴィ兄様が座る。並んでイングリットの顔を眺め、しばらく口を噤んだ。沈黙が重くないのは、雰囲気が柔らかいからね。
「広間でカメリアの扇を使った美女のお陰で、身の内に潜む裏切り者が見つかった。どうして彼だと思った?」
「ルヴィ兄様は質問ばかり。少しは自身でお考えになって」
頭の回転が速いエック兄様と違い、素直に問うのがルヴィ兄様のいいところ。家族に甘く、けれど法や秩序は順守する。公平で穏やかな人と思われていた。貴族からの信頼も篤く、人を誑かす才能に長けた兄だ。しばらく宙を睨んで、肩を竦めた。
「私が思いつくのは、可愛いトリアがあの男の顔を知らなかったことぐらいだ」
「ええ」
私が嫁ぐ前、戦争突入の可能性がある隣国との婚姻はなかった。国境付近の国民でさえ、交流を絶ったほど。その状況で、貴族が敵国と婚姻する危険を冒すはずがない。
皇女である私は、貴族全員の顔と名前を知っていた。つまり、顔を知らない貴族が広間にいれば……他国から嫁いだり婿入りした可能性が高い。私が隣国に滞在して二年余り、留守の間に増えた顔は用心の対象になるわ。
私が嫁いだ形を見せたことで、戦争は回避された。当然、貴族や民の間でも交流が始まる。紛れ込むなら、最高のタイミングだった。
「それが目的か?」
「要因は一つではないと思っておりますの。それぞれが動いた結果、事態が混乱して絡まり、予想外の方向へ向かったのだと思います」
スチュアート公爵を引き摺り下ろしたい勢力、先代王妃の思惑、義兄と思っていた現国王の本音……愚かな公爵も含めて。それぞれが身勝手に振る舞い、事態を複雑にした。
「ふむ、まったくわからん。エックといい、トリアといい、頭が良すぎるのも疲れそうだ」
「お褒めいただき光栄ですわ」
腕の中でイングリットが動く。視線を下げれば、彼女は唇を動かしていた。まるで話に加わろうとするように。
「ところで、ルヴィ兄様。この子を養女にして頂いて助かりましたが……べランジェール様の許可は貰いましたの?」
「いや?」
婚約者の許可も得ず、未婚の兄様が養子縁組をした。これは……然るべき事案よね。事後承諾でも構わないから、プロイス王国のベランジェール姫へ連絡するよう言い聞かせた。
イングリットを抱いて庭を見ているところへ、ルヴィ兄様が顔を出した。私室として用意されたのは、以前私が暮らしていた部屋だ。日当たりがよく、風も通る。宮殿の奥にあるため、表の騒々しさは届かなかった。
「どんな噂をお聞きになったのかしら」
「赤いカメリアが一輪落ちた、と。それより、この部屋でよかったのか? 母上の部屋も空いているが」
ルヴィ兄様の言う「母上」は、私の義母に当たる。皇妃として側妃三人を監督し、それぞれに子を産ませた有能な人だ。そのお方の部屋を私が使うなど、畏れ多い。私の返答に、ルヴィ兄様は困ったような顔で笑った。
イングリットは乳も飲み終わり、ぐっすり眠っている。長椅子に腰掛ける私は、わずかに椅子の左側を空けた。断りを入れたルヴィ兄様が座る。並んでイングリットの顔を眺め、しばらく口を噤んだ。沈黙が重くないのは、雰囲気が柔らかいからね。
「広間でカメリアの扇を使った美女のお陰で、身の内に潜む裏切り者が見つかった。どうして彼だと思った?」
「ルヴィ兄様は質問ばかり。少しは自身でお考えになって」
頭の回転が速いエック兄様と違い、素直に問うのがルヴィ兄様のいいところ。家族に甘く、けれど法や秩序は順守する。公平で穏やかな人と思われていた。貴族からの信頼も篤く、人を誑かす才能に長けた兄だ。しばらく宙を睨んで、肩を竦めた。
「私が思いつくのは、可愛いトリアがあの男の顔を知らなかったことぐらいだ」
「ええ」
私が嫁ぐ前、戦争突入の可能性がある隣国との婚姻はなかった。国境付近の国民でさえ、交流を絶ったほど。その状況で、貴族が敵国と婚姻する危険を冒すはずがない。
皇女である私は、貴族全員の顔と名前を知っていた。つまり、顔を知らない貴族が広間にいれば……他国から嫁いだり婿入りした可能性が高い。私が隣国に滞在して二年余り、留守の間に増えた顔は用心の対象になるわ。
私が嫁いだ形を見せたことで、戦争は回避された。当然、貴族や民の間でも交流が始まる。紛れ込むなら、最高のタイミングだった。
「それが目的か?」
「要因は一つではないと思っておりますの。それぞれが動いた結果、事態が混乱して絡まり、予想外の方向へ向かったのだと思います」
スチュアート公爵を引き摺り下ろしたい勢力、先代王妃の思惑、義兄と思っていた現国王の本音……愚かな公爵も含めて。それぞれが身勝手に振る舞い、事態を複雑にした。
「ふむ、まったくわからん。エックといい、トリアといい、頭が良すぎるのも疲れそうだ」
「お褒めいただき光栄ですわ」
腕の中でイングリットが動く。視線を下げれば、彼女は唇を動かしていた。まるで話に加わろうとするように。
「ところで、ルヴィ兄様。この子を養女にして頂いて助かりましたが……べランジェール様の許可は貰いましたの?」
「いや?」
婚約者の許可も得ず、未婚の兄様が養子縁組をした。これは……然るべき事案よね。事後承諾でも構わないから、プロイス王国のベランジェール姫へ連絡するよう言い聞かせた。
3,266
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる