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本編
23.伏した獅子の尾を踏む ***SIDEアルホフ国王
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リヒター帝国は強大だ。その軍事力は比する国がなく、圧倒的だった。かつて大陸を制した皇帝の末裔が治める帝国は、時間をかけて崩れる。七つの地域が独立し、王国を名乗った。それでも帝国は為す術なく動かなかった。
いや、そう思っていた。違う、帝国は伏した獅子だ。穏やかな表情で寝息を立てるからとて、愚鈍ではない。口元に残る獲物を奪えば……隣で休む子らに手を伸ばせば、一瞬で牙を剥いた。猛獣なのだ。休んでいた野生に、愛玩動物と同じ扱いをすれば報いを受けるだろう。
当たり前の理屈を忘れたのは、我らアルホフ王国の失態だ。力をつけたデーンズ王国の誘いに乗ってしまった。リヒター帝国の豊かな鉱山と接する我が国に、デーンズ国王は密約を持ち出す。いずれ、鉱山を入手できる。甘い誘いに抗えず署名した。
デーンズ王国を筆頭に、アディソン王国とブリュート王国、我がアルホフ王国が軍事同盟を結んだ。いずれかの国が侵略を受ければ、他の国が加勢する。四対一なら勝てる。この同盟一つで、リヒター帝国を抑え込めると勘違いした。
国境を接する隣のブリュート王国も、帝国を侮っていた。デーンズ王国と密約を結び、気が大きくなったのか。リヒター帝国へ納める通行料を誤魔化した。伏して動かぬなら、獅子も猫と同じ。彼の国の王はそう言い放った。
ああ、そうだ。寝ていて起きなければ……猫と同じだろう。だが目を閉じていても、寝ているとは限らない。その理屈を忘れた隣国は、民衆の蜂起で崩れ去った。獅子は身を起こし、眼前を飛ぶ蠅を落とすがごとく、自然に……その手を振った。
外交ルートを通じて告げられたのは、手出し無用の警告だ。要請の形をとった指示を無視すれば、次はお前だと告げていた。恐ろしさに傍観する。
まずは流通が鈍くなった。物が入らなくなる。穀物の輸出が主産業で、それ以外を輸入に頼るブリュート王国は、すぐに困窮した。昨年の輸出で得た金を積んでも、帝国側は何も売らない。まず民の食卓から調味料や肉が消えた。続いてお茶や嗜好品……貴族の暮らしにも影響がで始めた頃。
暴動は突然起きた。日常生活にも事欠く状況なら、当然だろう。大挙して押し寄せる民は、王宮へ向かうほどに膨らんだ。王都を埋め尽くす民に驚き、兵士が逃げ出す。騎士も多勢に無勢、どうにもならないと降参した。
残された王侯貴族は、財産をかき集めて逃げようと試みる。同じ状況なら我々だとて、そっくり同じに振る舞っただろう。しかし……どの国も、どれだけ金を積んでも亡命は叶わなかった。闇色の髪をもつ宰相は「愚かですね。主人の手を噛む犬など不要です」と突き放す。密約があれど、物流を止めるだけでは軍事同盟は適用されない。ブリュート王国は見捨てられた。
リヒター帝国に逆らうな。先代王の遺した言葉が蘇る。他の国と争おうが殺し合おうが構わない。しかし、帝国にだけは手を出すな。あの国は我々を許し認めたのではなく、遊ばせているだけだ。
ああ、なぜ忘れたフリをしたのか。後悔が過ぎる。ブリュート王国の断末魔を聴きながら、恐怖に震えた。打ち壊された王宮は略奪され、無残な姿を晒す。王族は囚われ、リヒター帝国へ引き渡された。一部の貴族を除き、豪華な生活を楽しんだ者は首を吊られている。
王城の外壁のシミは、貴族の数だけ並ぶ、と。
一番恐ろしいのは、帝国の皇帝だろう。あの惨劇を生み出した弟を連れ、平然と王国へ向かった。大量の食料を積んで、穏やかな笑みを浮かべ、善人のように民へ施す。あっという間に人心を掴んだ。
我らは、手を組む相手を間違えたのだ。まだ民は知らない。貴族もほとんどが気づいていないはずだ。この国が隣国ブリュートと同じ未来を辿っていること。いや、その程度では済まないか。この首一つで許されることはない。目の前で遊ぶ孫を見ながら、後悔を噛み締めた。
願わくば、何も知らぬ孫達だけでも生き残れるよう。ついぞ忘れていた祈りを神に捧げた。
いや、そう思っていた。違う、帝国は伏した獅子だ。穏やかな表情で寝息を立てるからとて、愚鈍ではない。口元に残る獲物を奪えば……隣で休む子らに手を伸ばせば、一瞬で牙を剥いた。猛獣なのだ。休んでいた野生に、愛玩動物と同じ扱いをすれば報いを受けるだろう。
当たり前の理屈を忘れたのは、我らアルホフ王国の失態だ。力をつけたデーンズ王国の誘いに乗ってしまった。リヒター帝国の豊かな鉱山と接する我が国に、デーンズ国王は密約を持ち出す。いずれ、鉱山を入手できる。甘い誘いに抗えず署名した。
デーンズ王国を筆頭に、アディソン王国とブリュート王国、我がアルホフ王国が軍事同盟を結んだ。いずれかの国が侵略を受ければ、他の国が加勢する。四対一なら勝てる。この同盟一つで、リヒター帝国を抑え込めると勘違いした。
国境を接する隣のブリュート王国も、帝国を侮っていた。デーンズ王国と密約を結び、気が大きくなったのか。リヒター帝国へ納める通行料を誤魔化した。伏して動かぬなら、獅子も猫と同じ。彼の国の王はそう言い放った。
ああ、そうだ。寝ていて起きなければ……猫と同じだろう。だが目を閉じていても、寝ているとは限らない。その理屈を忘れた隣国は、民衆の蜂起で崩れ去った。獅子は身を起こし、眼前を飛ぶ蠅を落とすがごとく、自然に……その手を振った。
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まずは流通が鈍くなった。物が入らなくなる。穀物の輸出が主産業で、それ以外を輸入に頼るブリュート王国は、すぐに困窮した。昨年の輸出で得た金を積んでも、帝国側は何も売らない。まず民の食卓から調味料や肉が消えた。続いてお茶や嗜好品……貴族の暮らしにも影響がで始めた頃。
暴動は突然起きた。日常生活にも事欠く状況なら、当然だろう。大挙して押し寄せる民は、王宮へ向かうほどに膨らんだ。王都を埋め尽くす民に驚き、兵士が逃げ出す。騎士も多勢に無勢、どうにもならないと降参した。
残された王侯貴族は、財産をかき集めて逃げようと試みる。同じ状況なら我々だとて、そっくり同じに振る舞っただろう。しかし……どの国も、どれだけ金を積んでも亡命は叶わなかった。闇色の髪をもつ宰相は「愚かですね。主人の手を噛む犬など不要です」と突き放す。密約があれど、物流を止めるだけでは軍事同盟は適用されない。ブリュート王国は見捨てられた。
リヒター帝国に逆らうな。先代王の遺した言葉が蘇る。他の国と争おうが殺し合おうが構わない。しかし、帝国にだけは手を出すな。あの国は我々を許し認めたのではなく、遊ばせているだけだ。
ああ、なぜ忘れたフリをしたのか。後悔が過ぎる。ブリュート王国の断末魔を聴きながら、恐怖に震えた。打ち壊された王宮は略奪され、無残な姿を晒す。王族は囚われ、リヒター帝国へ引き渡された。一部の貴族を除き、豪華な生活を楽しんだ者は首を吊られている。
王城の外壁のシミは、貴族の数だけ並ぶ、と。
一番恐ろしいのは、帝国の皇帝だろう。あの惨劇を生み出した弟を連れ、平然と王国へ向かった。大量の食料を積んで、穏やかな笑みを浮かべ、善人のように民へ施す。あっという間に人心を掴んだ。
我らは、手を組む相手を間違えたのだ。まだ民は知らない。貴族もほとんどが気づいていないはずだ。この国が隣国ブリュートと同じ未来を辿っていること。いや、その程度では済まないか。この首一つで許されることはない。目の前で遊ぶ孫を見ながら、後悔を噛み締めた。
願わくば、何も知らぬ孫達だけでも生き残れるよう。ついぞ忘れていた祈りを神に捧げた。
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