【本編完結】妻ではなく他人ですわ【書籍化決定】

綾雅(りょうが)今年は7冊!

文字の大きさ
54 / 219
本編

53.卵が先か、鶏が先か……

しおりを挟む
 デーンズ王国の大神官はディーター殿ね。真面目で融通の利かない人だから、排除された可能性があるわ。死と再生を司る海の神を守護神としていた。

 隣のアディソン王国の大神官ホラーツ殿は、争いや戦いの神が守護している。火を操る神なので、鍛冶師を庇護しているのも特徴ね。

 どちらも大神官の安否が不明の国よ。二枚目の資料には、両神殿の権力構造が記されていた。大神官を頂点として、高位から末端まで。厳しい階級が定められている。その神殿で大神官が不在ならば……当然、別の神官が仕切るでしょう。

 叔父様がわざと毒のお茶を飲み、騒ぎを大きくした理由はここにあったのね。神殿の神々には序列があるわ。叔父様を守護する正義と断罪の神は、二位だった。けれど、神々の不正を裁く権限を持っている。

 神々の序列は、そのまま神殿の力を示すわ。上位であるリヒター帝国の大神官を暗殺しようとすれば、他国の神殿へ介入する理由になる。実際に飲まなくても、飲んだフリをなさればいいのに。でも、断罪の神はその嘘を許さないのかもしれない。

 実際に神々の加護なのか、リヒター帝国の皇族は恵まれていた。強大な力を持ち、豊穣を約束された広い領地を管理する。他国のように厳しい環境に身を置くこともなく、旱魃や冷害に悩むこともなかった。

 他国がリヒター帝国を狙うのは、当然でしょう。もちろん、同情して国を明け渡すことはない。

「なあ、トリア。ここのところ……なんで記載してるんだ?」

 今回の騒動は、デーンズ王国とアディソン王国の二つ。けれど、アルホフ王国の記述があった。フォルト兄様の嗅覚って、優れているのね。

「アルホフ王国の大神官は、両国の神殿への影響力が大きいの。叔父様もそれは承知している……」

 だから記載された。知恵や商売といった人間に関係する加護を持つ神は、小さなアルホフ王国を繁栄させてきた。流通の要所として、人々の調整役を担ってきたの。その国が軍事同盟に加担した理由が気になるわ。

「中立の立場で甘い汁を吸うのが、アルホフのやり方なのに」

「狂ったのは王族じゃなくて、神殿じゃねえのか?」

「……どうして、そう思うの?」

 フォルト兄様はうーんと唸りながら、感じた違和をそのまま口に出した。

「神殿と王族ってのは、どうしたって親しいだろ。うちもそうだし」

 頷いて先を促す。

「だったらさ、神殿同士が最初に手を組んだんじゃねえか? それで王族を動かし、軍事同盟を結んだ。もし順番が逆なら、ここが連絡を寄越さなかったの、変だろ」

 叔父様が大神官として呼びかけた際、すぐに動いたのは六人。全部で九人いるのだから、アルホフ王国も動きが鈍かったのは事実よ。そのあと遅れて、こちら陣営についた。ほぼ同時期に、王族が嘆願書を送ってきたわ。

「確かにおかしいわね」

 国同士の動きを見れば、デーンズ王国が画策して他の王国が乗っかった形になる。でも神殿側から見たら、別の景色が広がっているのかも。

「ありがとう、フォルト兄様。ついでにお使いを頼めるかしら?」

「ああ、いいぜ」

 叔父様に、アルホフの大神官を調べてもらいましょう。商売や知恵など、人間に関わりの深い神の権能には、謀略や策略が含まれるはずよ。直接神々が力を貸したとは思わないけれど、影響は受けるでしょうね。

 さらさらと書いた手紙を持たせ、フォルト兄様を見送る。所在不明の大神官二人、知っているとしたら……王族よりアルホフの大神官の可能性が出てきた。

「ややこしい状況を作ってくれたお礼は、しなくては……ね」

 考え事が多すぎて、頭が痛くなってきた。額を押さえ、隣で眠るイングリットの部屋へ向かう。まだ眠っている時間のほうが多い娘を、椅子に腰掛けて眺めた。

 あなたの受け継ぐ未来は、きちんと整えておくわね。
しおりを挟む
感想 144

あなたにおすすめの小説

10回目の婚約破棄。もう飽きたので、今回は断罪される前に自分で自分を追放します。二度と探さないでください(フリではありません)

放浪人
恋愛
「もう、疲れました。貴方の顔も見たくありません」 公爵令嬢リーゼロッテは、婚約者である王太子アレクセイに処刑される人生を9回繰り返してきた。 迎えた10回目の人生。もう努力も愛想笑いも無駄だと悟った彼女は、断罪イベントの一ヶ月前に自ら姿を消すことを決意する。 王城の宝物庫から慰謝料(国宝)を頂き、書き置きを残して国外逃亡! 目指せ、安眠と自由のスローライフ! ――のはずだったのだが。 「『顔も見たくない』だと? つまり、直視できないほど私が好きだという照れ隠しか!」 「『探さないで』? 地の果てまで追いかけて抱きしめてほしいというフリだな!」 実は1周目からリーゼロッテを溺愛していた(が、コミュ障すぎて伝わっていなかった)アレクセイ王子は、彼女の拒絶を「愛の試練(かくれんぼ)」と超ポジティブに誤解! 国家権力と軍隊、そしてS級ダンジョンすら踏破するチート能力を総動員して、全力で追いかけてきた!? 物理で逃げる最強令嬢VS愛が重すぎる勘違い王子。 聖女もドラゴンも帝国も巻き込んだ、史上最大規模の「国境なき痴話喧嘩」が今、始まる! ※表紙はNano Bananaで作成しています

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

グランディア様、読まないでくださいっ!〜仮死状態となった令嬢、婚約者の王子にすぐ隣で声に出して日記を読まれる〜

恋愛
第三王子、グランディアの婚約者であるティナ。 婚約式が終わってから、殿下との溝は深まるばかり。 そんな時、突然聖女が宮殿に住み始める。 不安になったティナは王妃様に相談するも、「私に任せなさい」とだけ言われなぜかお茶をすすめられる。 お茶を飲んだその日の夜、意識が戻ると仮死状態!? 死んだと思われたティナの日記を、横で読み始めたグランディア。 しかもわざわざ声に出して。 恥ずかしさのあまり、本当に死にそうなティナ。 けれど、グランディアの気持ちが少しずつ分かり……? ※この小説は他サイトでも公開しております。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

【完結】私の婚約者の、自称健康な幼なじみ。

❄️冬は つとめて
恋愛
「ルミナス、すまない。カノンが…… 」 「大丈夫ですの? カノン様は。」 「本当にすまない。ルミナス。」 ルミナスの婚約者のオスカー伯爵令息は、何時ものようにすまなそうな顔をして彼女に謝った。 「お兄様、ゴホッゴホッ! ルミナス様、ゴホッ! さあ、遊園地に行きましょ、ゴボッ!! 」 カノンは血を吐いた。

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

処理中です...