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50章 即位記念祭前夜
683. 仮縫いと嘆くなかれ
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最終日に着用する予定の黒いドレス以外は、なんとか仕上げたアラクネ達がほっと息をついた。しかし最後の黒ドレスはルシファーと対で作るため、ルシファーの分を合わせれば2着がほぼ手付かずだ。
「間に合わないわ。お祭りはもう明日よ」
青ざめたアラクネが、リリスの仮縫いを終えたドレス生地を手に大きな溜め息をついた。直前にカカオ豆祭りや幽霊騒動があったので、全体にスケジュールが押してしまったのだ。
リリスの予定が狂えば、仮縫いも遅れ、仕上げも遅れていく。当然の結果だが、衣装に関して完璧主義のアラクネが手を抜くはずがない。万が一手を抜いたら、それはそれで黒い魔王が出現しそうだが……。
今の時点で仮縫いであっても、ルシファーはさほど心配していなかった。逆に彼女達が大騒ぎする理由がわからない。きょとんとした顔で、仮縫いを終えてワンピース姿のリリスを膝に乗せた。
「あーん」
小さめの菓子をひとつ、リリスの口に入れる。素直に食べるリリスが「美味しい」と頬を緩ませた。アンナに強請られたイザヤが作ったメレンゲだが、檸檬の酸味が絶妙なのだ。香りもよく、上部に柑橘の皮を擦り下ろしてあった。ほのかな苦味が大人っぽいと、少女達に大人気だ。
いっそ菓子屋を開業しても食べていけそうだが、彼は妹のために作るだけで売る気はないらしい。欲がないと笑ったら、逆ですと返された。貪欲に妹を求める姿のことか。
「……明日まで、寝ないで仕上げれば」
間に合うかもしれない。そんな不吉な言葉を、ルシファーが遮った。
「徹夜すると肌が荒れるぞ。女性の天敵だろう。なにより、我が民を不眠不休で働かせてまで着飾る気はない」
「ですが! 請負った以上は仕上げてこその仕事ですわ。代金を頂くんですもの」
「当然だ」
一見矛盾した言葉を吐いて、ルシファーはもうひとつ菓子をリリスの口に入れた。唇に押し当てると、ぱくりと中に飲み込まれる。指についた粉まで舐め取られ、表情が和らぐ魔王は肩を竦めて言い聞かせた。
「いいか? リリスやオレが黒い衣装を着るのは、最終日だ」
「は、はい」
何を当たり前の事を今更? そんなアラクネが見落とした重要な部分を繰り返した。
「着るのは7日後、ならば明日納品する必要はない。祭りの6日目に納品すれば……徹夜は必要あるまい」
「え? あ、でも……そうかも」
反論しそうになって混乱し、8本の脚がばたばた動いた後、アラクネはぴたりと動きを止めた。じっと考え込んで、後ろの衣装を振り返る。まだ仮縫い状態だが、地模様は布に織りで表現されているし、本縫いを済ませたら、宝石類を縫い止めて小さな刺繍を施す程度。それも面積としては多くない。
揺れて光の当たり方が変わると柄が浮かぶよう、織りによる模様に凝ったためだ。後から行う作業は少なかった。
「そもそもギリギリになった理由は、その織りが難しかった為と聞いている。表面の加工はさほど多くないだろう」
広く浅い知識だが、織物や女性物の衣装の製作に関する知識も蓄えたルシファーは、アラクネに菓子を勧めた。
「わかったら、落ち着いて菓子でも食べろ。祭りを楽しんで、その合間にドレスを仕上げればいい」
それまで黙って聞いていたリリスは、選んだ焼き菓子をルシファーの口に近づけた。
「あーんして」
「あーん」
菓子を食べる間静かになる魔王の代わりに、リリスがアラクネに話しかけた。
「私の衣装だもの。本縫いが終わっていれば構わないわ。貴女達が祭りを楽しめなくなるなら、他の衣装でも構わないくらいよ」
「絶対に間に合わせます!」
気遣いに感涙するアラクネの脚が、器用に涙を拭う。このままでは祭りそっちのけで働きそうなので、リリスは笑顔で釘を刺した。
「祭りの半分は絶対に遊んでね。もしそれ以上仕事をしたら、私は袖を通さないから」
くすくす笑うお姫様は、それはそれは幸せそうに笑う。穏やかな午後の日差しが差し込む執務室で、祭りは明日に迫っていた。
「間に合わないわ。お祭りはもう明日よ」
青ざめたアラクネが、リリスの仮縫いを終えたドレス生地を手に大きな溜め息をついた。直前にカカオ豆祭りや幽霊騒動があったので、全体にスケジュールが押してしまったのだ。
リリスの予定が狂えば、仮縫いも遅れ、仕上げも遅れていく。当然の結果だが、衣装に関して完璧主義のアラクネが手を抜くはずがない。万が一手を抜いたら、それはそれで黒い魔王が出現しそうだが……。
今の時点で仮縫いであっても、ルシファーはさほど心配していなかった。逆に彼女達が大騒ぎする理由がわからない。きょとんとした顔で、仮縫いを終えてワンピース姿のリリスを膝に乗せた。
「あーん」
小さめの菓子をひとつ、リリスの口に入れる。素直に食べるリリスが「美味しい」と頬を緩ませた。アンナに強請られたイザヤが作ったメレンゲだが、檸檬の酸味が絶妙なのだ。香りもよく、上部に柑橘の皮を擦り下ろしてあった。ほのかな苦味が大人っぽいと、少女達に大人気だ。
いっそ菓子屋を開業しても食べていけそうだが、彼は妹のために作るだけで売る気はないらしい。欲がないと笑ったら、逆ですと返された。貪欲に妹を求める姿のことか。
「……明日まで、寝ないで仕上げれば」
間に合うかもしれない。そんな不吉な言葉を、ルシファーが遮った。
「徹夜すると肌が荒れるぞ。女性の天敵だろう。なにより、我が民を不眠不休で働かせてまで着飾る気はない」
「ですが! 請負った以上は仕上げてこその仕事ですわ。代金を頂くんですもの」
「当然だ」
一見矛盾した言葉を吐いて、ルシファーはもうひとつ菓子をリリスの口に入れた。唇に押し当てると、ぱくりと中に飲み込まれる。指についた粉まで舐め取られ、表情が和らぐ魔王は肩を竦めて言い聞かせた。
「いいか? リリスやオレが黒い衣装を着るのは、最終日だ」
「は、はい」
何を当たり前の事を今更? そんなアラクネが見落とした重要な部分を繰り返した。
「着るのは7日後、ならば明日納品する必要はない。祭りの6日目に納品すれば……徹夜は必要あるまい」
「え? あ、でも……そうかも」
反論しそうになって混乱し、8本の脚がばたばた動いた後、アラクネはぴたりと動きを止めた。じっと考え込んで、後ろの衣装を振り返る。まだ仮縫い状態だが、地模様は布に織りで表現されているし、本縫いを済ませたら、宝石類を縫い止めて小さな刺繍を施す程度。それも面積としては多くない。
揺れて光の当たり方が変わると柄が浮かぶよう、織りによる模様に凝ったためだ。後から行う作業は少なかった。
「そもそもギリギリになった理由は、その織りが難しかった為と聞いている。表面の加工はさほど多くないだろう」
広く浅い知識だが、織物や女性物の衣装の製作に関する知識も蓄えたルシファーは、アラクネに菓子を勧めた。
「わかったら、落ち着いて菓子でも食べろ。祭りを楽しんで、その合間にドレスを仕上げればいい」
それまで黙って聞いていたリリスは、選んだ焼き菓子をルシファーの口に近づけた。
「あーんして」
「あーん」
菓子を食べる間静かになる魔王の代わりに、リリスがアラクネに話しかけた。
「私の衣装だもの。本縫いが終わっていれば構わないわ。貴女達が祭りを楽しめなくなるなら、他の衣装でも構わないくらいよ」
「絶対に間に合わせます!」
気遣いに感涙するアラクネの脚が、器用に涙を拭う。このままでは祭りそっちのけで働きそうなので、リリスは笑顔で釘を刺した。
「祭りの半分は絶対に遊んでね。もしそれ以上仕事をしたら、私は袖を通さないから」
くすくす笑うお姫様は、それはそれは幸せそうに笑う。穏やかな午後の日差しが差し込む執務室で、祭りは明日に迫っていた。
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