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99章 変化し続ける世界の中で
1355. 娘を嫁に出す父親の心境
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「おはようございます、ルシファー様」
さわやかな朝、執務室の扉を開けたら鬼がいた。伸びた金髪を軽く結い上げ、にこやかな笑顔で……なぜか威嚇してくる。逃げ出したい気持ちを抑えながら、曖昧に頷く。
「おはよう。アスタロト、体調はもういいのか?」
「はい。お気遣いいただきまして。何分にも妻がしっかり休ませてくれましたので……ほぼ万全の状態ですよ」
含みのある間を気づかなかったフリで逃げる。こういった場では逃げの一手に徹した方が被害が少ないのだ。過去の経験から判断する魔王は、さらりと流した。
「それはよかった。心配したんだぞ」
さっさと席に座り、今日の処理すべき書類を確認する。こういう日に限って書類が少なかった。ゆっくり処理しないと、早く終わってしまう。ちらりとアスタロトの様子を確認して、慌てて書類に目を戻した。
「私がいない間に、いろいろあったようですね」
世間話のように切り出され、頭の中を様々な出来事が流れる。どれだ? どれを指摘している? 焦りながら、何もなかったように答える。
「予備費の使用か? 今後のベビーラッシュへの備えが必要だからな」
「ええ、それは存じております」
これじゃなかった。焦りながら別の話題を振る。
「オレの部屋に入ってきた新種の魔族の話なら、ストラスが詳しいぞ。黄緑色の綺麗な鳥で、魔法陣で発動する魔法に耐性があるんだ」
「そうですか。珍しいですね」
これも違うのか!? いっそ直接尋ねるか。それとも黙ってやり過ごすか。居心地の悪い時間を過ごしながら、書類を片付けていく。いっそ全部一瞬で処理して、この部屋を出るという手段を選ぶしかない。ぐっと羽根ペンを握り、すごい勢いで署名を始めた。あと5枚!
「ルシファー様」
「なっ、なに、な……」
話しかけられると思わなくて、混乱する。ひとつ深呼吸し、深刻な顔をしたアスタロトを観察した。どうもオレが何かやらかしたわけじゃなさそうだ。別件の相談があると見た。ごくりと喉を鳴らし、最後の書類に署名して押印する。処理済みの箱に放り込みながら、羽根ペンを引き出しに片づけた。隣に印章もしまう。
「どうした? 何かあったなら相談に」
「ルカが、私との食事を断ったのです。その理由が、結婚式の催し物だとか……詳細をご存知ですか? アベルと一緒に過ごすようですが、どうしてでしょうね。元勇者と軽く戦ってみたい気分です」
あ、それ軽くないやつだ。息の根を止めるまで、止まらない戦いになる。絶対に止めなくては。
「その話なら知ってるぞ。ルーサルカだけでなく、シトリー達も全員が婚約者と打ち合わせをしている。ルーサルカだけじゃないから、許してやれないか?」
「もうすぐ私は可愛い娘を奪われる父親です。許せるわけがないでしょう」
「うん、悪かった」
すまない、アベル。守ってやれないかも。鬼の形相で詰め寄られ、まだ父親の心境が理解できないルシファーは顔を引き攣らせた。すると、アスタロトは例え話を始める。
「ルシファー様とリリス様の間に姫君が生まれたとしましょう。きっと可愛いでしょうね。毎日愛情を注ぎ、大切に育てた姫に男が近づいたら」
「抹殺する」
そんな男を許せるわけない。幼い頃のリリスにだって許せなかったし、彼女にそっくりの愛らしい娘だったら……モテるに違いない。誰かに奪われる想像なんてぞっとする。
「お分かりいただけましたか?」
「気持ちはわかる。だが……考えてみろ、アスタロト。ルーサルカはアベルを選び、もう結婚式目前だ。奪い返す余地はない」
流されかけたルシファーだが、何とか立て直して釘を刺す。この状況でアスタロトが邪魔をすれば、ルーサルカは彼を許さないだろう。その点まで踏まえて指摘すると、がくりと机にうつ伏せてしまった。
どうやら自分でも理解できているらしい。数十年もすれば自分にも巡ってる可能性がある現実、ルシファーはそこから目を逸らした。
さわやかな朝、執務室の扉を開けたら鬼がいた。伸びた金髪を軽く結い上げ、にこやかな笑顔で……なぜか威嚇してくる。逃げ出したい気持ちを抑えながら、曖昧に頷く。
「おはよう。アスタロト、体調はもういいのか?」
「はい。お気遣いいただきまして。何分にも妻がしっかり休ませてくれましたので……ほぼ万全の状態ですよ」
含みのある間を気づかなかったフリで逃げる。こういった場では逃げの一手に徹した方が被害が少ないのだ。過去の経験から判断する魔王は、さらりと流した。
「それはよかった。心配したんだぞ」
さっさと席に座り、今日の処理すべき書類を確認する。こういう日に限って書類が少なかった。ゆっくり処理しないと、早く終わってしまう。ちらりとアスタロトの様子を確認して、慌てて書類に目を戻した。
「私がいない間に、いろいろあったようですね」
世間話のように切り出され、頭の中を様々な出来事が流れる。どれだ? どれを指摘している? 焦りながら、何もなかったように答える。
「予備費の使用か? 今後のベビーラッシュへの備えが必要だからな」
「ええ、それは存じております」
これじゃなかった。焦りながら別の話題を振る。
「オレの部屋に入ってきた新種の魔族の話なら、ストラスが詳しいぞ。黄緑色の綺麗な鳥で、魔法陣で発動する魔法に耐性があるんだ」
「そうですか。珍しいですね」
これも違うのか!? いっそ直接尋ねるか。それとも黙ってやり過ごすか。居心地の悪い時間を過ごしながら、書類を片付けていく。いっそ全部一瞬で処理して、この部屋を出るという手段を選ぶしかない。ぐっと羽根ペンを握り、すごい勢いで署名を始めた。あと5枚!
「ルシファー様」
「なっ、なに、な……」
話しかけられると思わなくて、混乱する。ひとつ深呼吸し、深刻な顔をしたアスタロトを観察した。どうもオレが何かやらかしたわけじゃなさそうだ。別件の相談があると見た。ごくりと喉を鳴らし、最後の書類に署名して押印する。処理済みの箱に放り込みながら、羽根ペンを引き出しに片づけた。隣に印章もしまう。
「どうした? 何かあったなら相談に」
「ルカが、私との食事を断ったのです。その理由が、結婚式の催し物だとか……詳細をご存知ですか? アベルと一緒に過ごすようですが、どうしてでしょうね。元勇者と軽く戦ってみたい気分です」
あ、それ軽くないやつだ。息の根を止めるまで、止まらない戦いになる。絶対に止めなくては。
「その話なら知ってるぞ。ルーサルカだけでなく、シトリー達も全員が婚約者と打ち合わせをしている。ルーサルカだけじゃないから、許してやれないか?」
「もうすぐ私は可愛い娘を奪われる父親です。許せるわけがないでしょう」
「うん、悪かった」
すまない、アベル。守ってやれないかも。鬼の形相で詰め寄られ、まだ父親の心境が理解できないルシファーは顔を引き攣らせた。すると、アスタロトは例え話を始める。
「ルシファー様とリリス様の間に姫君が生まれたとしましょう。きっと可愛いでしょうね。毎日愛情を注ぎ、大切に育てた姫に男が近づいたら」
「抹殺する」
そんな男を許せるわけない。幼い頃のリリスにだって許せなかったし、彼女にそっくりの愛らしい娘だったら……モテるに違いない。誰かに奪われる想像なんてぞっとする。
「お分かりいただけましたか?」
「気持ちはわかる。だが……考えてみろ、アスタロト。ルーサルカはアベルを選び、もう結婚式目前だ。奪い返す余地はない」
流されかけたルシファーだが、何とか立て直して釘を刺す。この状況でアスタロトが邪魔をすれば、ルーサルカは彼を許さないだろう。その点まで踏まえて指摘すると、がくりと机にうつ伏せてしまった。
どうやら自分でも理解できているらしい。数十年もすれば自分にも巡ってる可能性がある現実、ルシファーはそこから目を逸らした。
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