76 / 159
第75話 もう契約済みでした
しおりを挟む
深刻な顔で悩む姉二人をよそに、アイリーンは子犬姿の狗神に手を伸ばす。まだ名づけを行っていないから、正確には契約獣ではなかった。のそのそと太い脚で不器用に歩く狗神は、全力で尻尾を振る。
差し伸べた手に鼻を押し付ける狗神は、ココへ話しかけた。
『相談せず悪かったよ、でも……制約の呪いが見えたから』
断ち切ろうと思ったんだ。狗神の言葉に、神狐はもそもそと鼻先を覗かせた。じとっと恨みがましい目で眺めたあと、膝の上に座り直す。呪いは承知の上だとぼやくココは、アイリーンと契約したことで能力の制限を受けていた。
その呪いを吹き飛ばそうと考えた狗神の気持ちは、理解できる。倭国の皇家に連なる親族が放った黒い感情は、彼を苦しめた瘴気のようにアイリーンにのしかかった。霊力を倒れる限界まで使うなど、普通は契約獣が許さない。危険を察知して止めるココの能力を、呪詛が縛り上げた。
恩人に掛かった重く暗い闇を祓おうとする。恩に厚い狗神らしい選択だった。二柱目の神が契約したことで、アイリーンの霊力は増している。もう少しで呪詛の鎖は弾けるだろう。それが良い結果を齎すか、悪い方へ転ぶか。
ココの心配はそこにあった。人の感情はねっとりと沁み込む。妬み、嫉み、嫌悪、憎悪、様々な感情が神々すら呑み込んできた。狗神に瘴気を植え付けたのも、人の感情が発端だ。折角自由になったのだから、離れていればいいのに。神狐ココの優しさに気づき、狗神はくーんと鼻を鳴らした。
『呪いが君に掛かったらどうするのさ。リンが悲しむんだよ』
『一度は消滅したようなものだから、彼女に恩返しできるならいいかな。と思って』
瘴気に蝕まれた時のうじうじした思考が嘘のように、狗神はへらりと舌を出して笑った。二匹の会話から、契約したことを理解したアイリーンはこてりと首を傾ける。
「名前がいるわよね」
契約獣には、巫女が名を付ける。契約が強固な繋がりとして世界に刻まれるために、必要な手続きだった。少し悩んで、にっこり笑う。
「狗神様は希望がある?」
『君に任せるよ』
「じゃあ、ネネなんてどうかしら。可愛いと思うの」
ナナでもいいけれど、数字みたいだし。ふふっと笑う巫女の手をぺろりと舐めて、狗神は『我が名はネネ、契約の証を』と呟いた。額に浮かぶ契約印に、新しい模様が加わる。ココと契約した時は瞳と同じ青紫の紋章だった。
狗神ネネが刻んだのは、赤紫の模様だ。ココの紋章を引き立たせるように美しく重ねられた。
「アオイ姉様、手鏡貸していただけますか?」
いつも持ち歩く姉に頼み、貸してもらった鏡で額の紋章を確認する。霊力によって浮かぶ模様は鮮やかに光っていた。
「綺麗だわ。ありがとう、ネネ。これからよろしくね」
『こちらこそ、リン』
穏やかに返すネネの前で、膝にべたりと懐いて拗ねるココ。
『知らないからね、僕のせいじゃないもん』
先輩なんだから、いじめたりしたらダメよ。ココに言い聞かせるアイリーンは気付いていない。白蛇神がちろちろと舌を覗かせながら、見物と洒落込んでいた。
差し伸べた手に鼻を押し付ける狗神は、ココへ話しかけた。
『相談せず悪かったよ、でも……制約の呪いが見えたから』
断ち切ろうと思ったんだ。狗神の言葉に、神狐はもそもそと鼻先を覗かせた。じとっと恨みがましい目で眺めたあと、膝の上に座り直す。呪いは承知の上だとぼやくココは、アイリーンと契約したことで能力の制限を受けていた。
その呪いを吹き飛ばそうと考えた狗神の気持ちは、理解できる。倭国の皇家に連なる親族が放った黒い感情は、彼を苦しめた瘴気のようにアイリーンにのしかかった。霊力を倒れる限界まで使うなど、普通は契約獣が許さない。危険を察知して止めるココの能力を、呪詛が縛り上げた。
恩人に掛かった重く暗い闇を祓おうとする。恩に厚い狗神らしい選択だった。二柱目の神が契約したことで、アイリーンの霊力は増している。もう少しで呪詛の鎖は弾けるだろう。それが良い結果を齎すか、悪い方へ転ぶか。
ココの心配はそこにあった。人の感情はねっとりと沁み込む。妬み、嫉み、嫌悪、憎悪、様々な感情が神々すら呑み込んできた。狗神に瘴気を植え付けたのも、人の感情が発端だ。折角自由になったのだから、離れていればいいのに。神狐ココの優しさに気づき、狗神はくーんと鼻を鳴らした。
『呪いが君に掛かったらどうするのさ。リンが悲しむんだよ』
『一度は消滅したようなものだから、彼女に恩返しできるならいいかな。と思って』
瘴気に蝕まれた時のうじうじした思考が嘘のように、狗神はへらりと舌を出して笑った。二匹の会話から、契約したことを理解したアイリーンはこてりと首を傾ける。
「名前がいるわよね」
契約獣には、巫女が名を付ける。契約が強固な繋がりとして世界に刻まれるために、必要な手続きだった。少し悩んで、にっこり笑う。
「狗神様は希望がある?」
『君に任せるよ』
「じゃあ、ネネなんてどうかしら。可愛いと思うの」
ナナでもいいけれど、数字みたいだし。ふふっと笑う巫女の手をぺろりと舐めて、狗神は『我が名はネネ、契約の証を』と呟いた。額に浮かぶ契約印に、新しい模様が加わる。ココと契約した時は瞳と同じ青紫の紋章だった。
狗神ネネが刻んだのは、赤紫の模様だ。ココの紋章を引き立たせるように美しく重ねられた。
「アオイ姉様、手鏡貸していただけますか?」
いつも持ち歩く姉に頼み、貸してもらった鏡で額の紋章を確認する。霊力によって浮かぶ模様は鮮やかに光っていた。
「綺麗だわ。ありがとう、ネネ。これからよろしくね」
『こちらこそ、リン』
穏やかに返すネネの前で、膝にべたりと懐いて拗ねるココ。
『知らないからね、僕のせいじゃないもん』
先輩なんだから、いじめたりしたらダメよ。ココに言い聞かせるアイリーンは気付いていない。白蛇神がちろちろと舌を覗かせながら、見物と洒落込んでいた。
83
あなたにおすすめの小説
夜の声
神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。
読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。
小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。
柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。
そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。
プライベート・スペクタル
点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。
この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。
その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。
(※基本 隔週土曜日に更新予定)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
寡黙な男はモテるのだ!……多分
しょうわな人
ファンタジー
俺の名前は磯貝澄也(いそがいとうや)。年齢は四十五歳で、ある会社で課長職についていた。
俺は子供の頃から人と喋るのが苦手で、大人になってからもそれは変わることが無かった。
そんな俺が何故か課長という役職についているのは、部下になってくれた若者たちがとても優秀だったからだと今でも思っている。
俺の手振り、目線で俺が何をどうすれば良いかと察してくれる優秀な部下たち。俺が居なくなってもきっと会社に多大な貢献をしてくれている事だろう。
そして今の俺は目の前に神と自称する存在と対話している。と言ってももっぱら喋っているのは自称神の方なのだが……
うちの弟がかわいすぎてヤバい無理!
はちみつ電車
恋愛
3歳の時、弟ができた。
大学生に成長した今も弟はめっちゃくちゃかわいい。
未だに思春期を引きずって対応は超塩。
それでも、弟が世界で一番かわいい。
彼氏より弟。
そんな私が会社の人気者の年上男性とわずかに接点を持ったのをきっかけに、どんどん惹かれてしまう。
けれど、彼はかわいがってくれる年下の先輩が好きな人。好きになってはいけない.......。
王子様と過ごした90日間。
秋野 林檎
恋愛
男しか爵位を受け継げないために、侯爵令嬢のロザリーは、男と女の双子ということにして、一人二役をやってどうにか侯爵家を守っていた。18歳になり、騎士団に入隊しなければならなくなった時、憧れていた第二王子付きに任命されたが、だが第二王子は90日後・・隣国の王女と結婚する。
女として、密かに王子に恋をし…。男として、体を張って王子を守るロザリー。
そんなロザリーに王子は惹かれて行くが…
本篇、番外編(結婚までの7日間 Lucian & Rosalie)完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる