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35.立派な奥さんだ(ベルSIDE)

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 ウェパルが攫われた。召喚の気配も魔法陣もないのに、突然姿が消える。以前、ウェパルに出会った頃の話を聞いた。母親と寝ていたのに、突然召喚された、と。それと同じ現象だとしたら?

 ドラゴンは魔力に聡い生き物だ。それなのに母竜が抱く子を奪うなど、話がおかしいと感じた。あの違和感は、正しかったのだ。こうして何の形跡も残さず、連れ去られたのなら納得できる。

 魔法か魔術か。どちらでもない力だとしても関係ない。俺の伴侶を奪って、逃げ切れると思うなよ!

「ヴラド、来い!」

 名を捧げた吸血鬼の長を呼び出す。魔力を対価に届けた声は、すぐに返答があった。本人が目の前に現れる。さっと膝をついた彼に、救出した幼子六人を預けた。

「まだ二人いる、仲間を呼べ。俺はウェパルの救出に向かう」

「陛下?」

 この場で起きた出来事を知らないヴラドが、慌てた声を上げる。だがこれ以上、説明する時間が惜しかった。魔力を拡散して探す先で、ウェパルの気配に行き着く。飛ぼうとした直後、必死の叫び声が聞こえた。

 ベル様! ベル様

 感覚が繋がる。ウェパルの感じる恐怖と痛み、不快感。全てが流れ込んできた。ぐっと拳を握って、移動する。現れた部屋は窓がない。しかし明るかった。

 ウェパルが反撃したのだろう。燃え盛る炎の中に、崩れ落ちる二人の男がいた。幼い銀竜の体には鎖が巻きつき、背中に大きな傷がある。四つ足で踏ん張る彼の右前足は、不自然に曲がっていた。

 遅くなったことを詫びた俺に、人間が攻撃を仕掛ける。剣を振りかざすものの、技量も魔力も乗っていない攻撃など児戯に等しい。叩きのめして刻んだ。ケガは右前足が一番酷いのか。そう思いながら話しかけた俺に、ウェパルは謝った。

 痛い顔をさせて、ケガをしちゃって、ごめんなさい。痛いはずの右前足を動かそうとする。慌てて止めた。抱き上げて治癒を施す。応急処置で痛みを止め、内部から丁寧に癒した。ほっとした顔のウェパルだが、動いた瞬間にきゅっと目を閉じる。

「背中も酷いケガだ。動くな」

「うん」

 素直に頷いた幼竜だが、よく見れば翼も傷ついていた。全身、至る所に傷がある。緊張や興奮もあって、まだ気づいていないようだ。一つずつ指先で触れて消した。

「あ! ベル様、僕ね……初めてブレスをしたの」

 思い出したように、ウェパルは炎を指差した。炎の核となる死体が燃え尽きたことで、かなり火は消えている。それでも炭を通り越して灰になった様子から、高温だったことが推測できる。

「立派なドラゴンだ」

「違う、僕はベル様の奥さんだよ」

 どきっとした。胸が高鳴る。この子はなんと誇り高いのか。魔王の妻であることの意味を、無意識に感じ取っている。それを拙い言葉で伝えていた。僕を誇ってよ、と。

「ああ、そうだ。立派な奥さんがいて、俺は幸せだ」

 肯定されて嬉しそうな顔を見せた。この子にどんな秘密があろうと、誰が奪いにこようと、絶対に渡さない。ウェパルは俺の伴侶だ。そう心で宣言し、ぐるりと部屋を見回した。扉は一つしかない。

 歩いて灰を踏みつけ、残った火を越える。片手を振って、魔力で扉を吹き飛ばした。その先に……小さな卵が二つ。誘拐された八人のうち、姿が見えなかった二人だろう。

「これ、翼のお兄さんのところの卵だ」

 ハルピュイアのことか。人に近い姿を持つが、髪はトサカの形をして腕が翼の種族だった。鳥に近い習性を持ち、卵生なのも特徴だ。魔族の卵で間違いない。確信を持って、卵を手に取ろうとして……ウェパルと見つめ合う。

 両手が塞がっても問題ないが、今はウェパルと離れたくない。迷ったのは一瞬だった。卵を魔力で包んで浮遊させる。そのまま一緒に転移した。
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