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20.一族の姫君の帰還に歓喜する
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屋敷の警備を固めるアロルドの後ろで、ランベルトは淡々と己の職務をこなしていた。というのも、シモーニ公爵の兄君であるメーダ伯爵は気性が荒い。足音高らかに歩き回る軍人に怯える侍女達を宥め、仕事をするよう言い聞かせた。執事として、屋敷内の騒動を収めるのも役職のひとつだ。
「ランベルト、この階段に仕掛けを……」
「アロルド坊ちゃま、いい加減になさいませ。お嬢様や旦那様が使う階段です。仕掛けるなら裏の階段をお勧めします」
「坊ちゃまと呼ぶな! 敵は正面から来るのだぞ」
むっとした顔で訂正を求められ、ランベルトは少し考えて仰々しい呼び名に変えた。
「そこを誘導するのが閣下のお役目では?」
幼い頃からよく知る負けん気の強いアロルドに、ランベルトは「出来ないのですか」と匂わせて答えを待つ。舌打ちしかけたが我慢して溜め息をつく姿に、少しは成長したのかと見直した。以前なら舌打ちして怒鳴っていただろう。
「言われんでも分かっている!」
高らかと表現するより、乱暴の方が近い足音で階段を降りていく元公爵家嫡男の後ろに続いた。坊ちゃまだった頃よりかなり丸くなり、我慢を覚えたようだ。メーダ伯爵家を継いだ後、かなりご苦労されたようですな。孫の成長を見守る爺のような心境で微笑むランベルトの耳に、馬車の音が聞こえた。
「旦那様とお嬢様がお帰りのようです」
「ジェラルディーナ姫とお会いするのは久しぶりだ。美しくなられただろう」
屋敷中を点検する鬼の形相が嘘のようだった。穏やかで優しい表情を浮かべ、アロルドは残った数段を飛び降りる。大股で玄関まで歩き、侍従が開ける前に自ら扉を開け放った。呆然とする侍従に、旦那様の帰還を伝えて準備をさせる。侍女達も大急ぎで動き出した。
門をくぐった馬車は、まっすぐに屋敷へ進む。入り口の前にあるロータリーは中央に噴水を飾っていた。白く美しい女神の傾ける壷から溢れる水が、光を弾いて輝く。煉瓦ではなく特殊な石材を敷き詰めた石畳を馬車が回り込み、玄関先で止まった。
「よくぞ無事で帰った、我らが一族の姫よ!」
御者が足元の台を用意する間に、アロルドは膝をついて待つ。騎士の所作は身についており、違和感なくさらりとこなした。将軍に望まれるほどの実力に加え、近衛騎士の礼儀作法も学んだ伯父の出迎えに、ジェラルディーナはその手を借りる。
白い手袋に覆われた未婚令嬢の手は、馬車の中で父が支え、外へ出ると伯父に預けられた。淑女としての扱いで丁寧にエスコートする伯父を見上げ、ジェラルディーナは頬を緩める。
「お久しぶりですわ、アロルド伯父様」
「姫も元気そうで何よりですな。さて、この伯父に美しき姫君のエスコートを任せてくだされ」
おどけた調子で首をかしげるアロルドに「もちろんです」と返して歩き出す。後ろに続くリベルトは執事からの報告を聞いて、軽く額を押さえた。諸外国との国境を守る砦より大量の武器や兵士が配置された屋敷は、王宮並みに安全が確保されている。
「旦那様、安全は何より大切ですぞ」
「分かっている。王都脱出の準備を頼む」
こそこそと話を進める二人に、アロルドは満足げに頷く。自分の代わりに本家を継ぎ、苦労させた弟の家族に手出しなどさせない。王都脱出の手配はすでに整えた。あとは……彼らの身の回りの品を積むだけ。すべてはアロルドの作戦通り、順調にことは進んでいた。
「ランベルト、この階段に仕掛けを……」
「アロルド坊ちゃま、いい加減になさいませ。お嬢様や旦那様が使う階段です。仕掛けるなら裏の階段をお勧めします」
「坊ちゃまと呼ぶな! 敵は正面から来るのだぞ」
むっとした顔で訂正を求められ、ランベルトは少し考えて仰々しい呼び名に変えた。
「そこを誘導するのが閣下のお役目では?」
幼い頃からよく知る負けん気の強いアロルドに、ランベルトは「出来ないのですか」と匂わせて答えを待つ。舌打ちしかけたが我慢して溜め息をつく姿に、少しは成長したのかと見直した。以前なら舌打ちして怒鳴っていただろう。
「言われんでも分かっている!」
高らかと表現するより、乱暴の方が近い足音で階段を降りていく元公爵家嫡男の後ろに続いた。坊ちゃまだった頃よりかなり丸くなり、我慢を覚えたようだ。メーダ伯爵家を継いだ後、かなりご苦労されたようですな。孫の成長を見守る爺のような心境で微笑むランベルトの耳に、馬車の音が聞こえた。
「旦那様とお嬢様がお帰りのようです」
「ジェラルディーナ姫とお会いするのは久しぶりだ。美しくなられただろう」
屋敷中を点検する鬼の形相が嘘のようだった。穏やかで優しい表情を浮かべ、アロルドは残った数段を飛び降りる。大股で玄関まで歩き、侍従が開ける前に自ら扉を開け放った。呆然とする侍従に、旦那様の帰還を伝えて準備をさせる。侍女達も大急ぎで動き出した。
門をくぐった馬車は、まっすぐに屋敷へ進む。入り口の前にあるロータリーは中央に噴水を飾っていた。白く美しい女神の傾ける壷から溢れる水が、光を弾いて輝く。煉瓦ではなく特殊な石材を敷き詰めた石畳を馬車が回り込み、玄関先で止まった。
「よくぞ無事で帰った、我らが一族の姫よ!」
御者が足元の台を用意する間に、アロルドは膝をついて待つ。騎士の所作は身についており、違和感なくさらりとこなした。将軍に望まれるほどの実力に加え、近衛騎士の礼儀作法も学んだ伯父の出迎えに、ジェラルディーナはその手を借りる。
白い手袋に覆われた未婚令嬢の手は、馬車の中で父が支え、外へ出ると伯父に預けられた。淑女としての扱いで丁寧にエスコートする伯父を見上げ、ジェラルディーナは頬を緩める。
「お久しぶりですわ、アロルド伯父様」
「姫も元気そうで何よりですな。さて、この伯父に美しき姫君のエスコートを任せてくだされ」
おどけた調子で首をかしげるアロルドに「もちろんです」と返して歩き出す。後ろに続くリベルトは執事からの報告を聞いて、軽く額を押さえた。諸外国との国境を守る砦より大量の武器や兵士が配置された屋敷は、王宮並みに安全が確保されている。
「旦那様、安全は何より大切ですぞ」
「分かっている。王都脱出の準備を頼む」
こそこそと話を進める二人に、アロルドは満足げに頷く。自分の代わりに本家を継ぎ、苦労させた弟の家族に手出しなどさせない。王都脱出の手配はすでに整えた。あとは……彼らの身の回りの品を積むだけ。すべてはアロルドの作戦通り、順調にことは進んでいた。
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