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第1章 陰陽師は神様のお気に入り
21.***祓呪***
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「いい加減、僕も覚悟を決めた方がいいのだろうね」
行儀悪く御簾の裏で足を崩し、口元を扇で隠して呟く。
わかっているのだ、黒雨の原因が奥にいる彼女だという事実―――親友である真桜を苦しめ、守護すべき民を傷つけ、龍神すら巻き込んだ騒動の決着を付ける必要があった。
青葛の名を持つ美しい金髪の女性……戸籍上の従姉妹であり、己の婚約者であり、いずれは皇后となる人だ。
天照の血を強く受け継いだ彼女の外見は、抜けるように白い肌と金髪という祝福されたものだった。しかし本質は真桜に近く、闇に沈んでいる。それを表わすように、彼女の瞳は濃い菫色に沈んでいた。
山吹の本質が光であるからこそ、真桜も青葛も惹かれる。だが環境の違いから、彼と彼女は正反対の対応を見せた。
外界で「鬼よ」と罵られ虐げられた真桜は、山吹の親友の位置を勝ち得た。自らが傷ついた経験を味合わせたくないと、護ることに存在意義を見出している。
あくまでも友情の域を出ない、お互いに好意的な関係だ。
それに対し、彼女は異性であり我が強すぎた。才能豊かな彼女は籠の中の鳥として不自由な思いをし、山吹への想いすら歪めてしまう。
結果、山吹を好きなのに恨んで呪詛を吐くのだ。
「彼女が悪いわけじゃない……わかってる」
自分に言い聞かせ、ゆっくりと息を吐いた。全身から力が抜ける。
人払いをした御簾の中、そっと御簾を持ち上げて庭へ目を向けた。しとしと降り続ける雨に、紫陽花が鮮やかな花びらを濡らす。美しい梅雨の時期特有の姿は、しかし霊力の高い山吹の目には違う色で映った。
黒い雨に塗り潰される国、花、人、大地……天で苦しみのたうつ龍神。
僅かに目を伏せて御簾を下ろす。手に握った扇を開いて、ぱちんと音を立てて閉じた。
「帝、御呼びでしょうか?」
人を呼ぶ扇の音に柔らかい女官の声が応じる。衣擦れの音で立ち上がったと察した彼女が、そっと御簾を持ち上げた。そこを潜って足を踏み出す。
「瑠璃へ、先触れを……」
頭を下げて応じた彼女が、少し先で待つ別の女官に伝える。
仰々しい仕来りが面倒だが、この際しかたない。ゆったりした足取りで先へ進んだ。真っ直ぐに向かえば近いが、先触れと準備の時間を稼ぐ為に、わざわざ別の棟を回ってから彼女の住まう奥へ踏み入った。
身振りで人払いを命じ、山吹は畳に座る。今上帝としては多少行儀が悪いが、別に取り繕う相手でもないと気軽に声をかけた。
「久し振りだね、青葛」
普段は忌名として、彼らの本質を示す名は使われない。青葛の実に似た瞳の色と瑠璃瓢箪の異名から、瑠璃の姫と呼ばれる彼女へ、柔らかく微笑んで呼びかけた。
「……帝が、何のご用?」
そっけない返答に苦笑が浮かぶ。昔は声をかけても答えてくれなかったのに、こうして返事があるだけでも上出来だ。それだけ彼女は孤独だったという裏返しの意味に気づいて、放置してしまった己を責めた。
三尺几帳で姿を隠した彼女と最後に顔を合わせたのは、昨年だったか。
夜桜を見に奥庭で笛を吹いていた折、彼女が琴の音を合わせてくれたのを思い出す。
「知ってた? 僕は君が好きなんだよ……青葛」
想いをこめて名を呼び、彼女の返答を待った。
長い身を捩り、龍神が咆哮をあげる。
言霊の約束が龍神の脳裏をよぎり、僅かに瞳の苛烈さが和らいだ。しかし己が身を縛る呪詛は解けたわけではなく……苛立ちに尾を振った。
地上に降り注ぐ雨は黒く、恵みではなく穢れを撒き散らす。
地上はゆっくり……ゆっくり闇色に染まっていく。そして地の乱れは天の乱れ、高天原すら例外ではなかった。
行儀悪く御簾の裏で足を崩し、口元を扇で隠して呟く。
わかっているのだ、黒雨の原因が奥にいる彼女だという事実―――親友である真桜を苦しめ、守護すべき民を傷つけ、龍神すら巻き込んだ騒動の決着を付ける必要があった。
青葛の名を持つ美しい金髪の女性……戸籍上の従姉妹であり、己の婚約者であり、いずれは皇后となる人だ。
天照の血を強く受け継いだ彼女の外見は、抜けるように白い肌と金髪という祝福されたものだった。しかし本質は真桜に近く、闇に沈んでいる。それを表わすように、彼女の瞳は濃い菫色に沈んでいた。
山吹の本質が光であるからこそ、真桜も青葛も惹かれる。だが環境の違いから、彼と彼女は正反対の対応を見せた。
外界で「鬼よ」と罵られ虐げられた真桜は、山吹の親友の位置を勝ち得た。自らが傷ついた経験を味合わせたくないと、護ることに存在意義を見出している。
あくまでも友情の域を出ない、お互いに好意的な関係だ。
それに対し、彼女は異性であり我が強すぎた。才能豊かな彼女は籠の中の鳥として不自由な思いをし、山吹への想いすら歪めてしまう。
結果、山吹を好きなのに恨んで呪詛を吐くのだ。
「彼女が悪いわけじゃない……わかってる」
自分に言い聞かせ、ゆっくりと息を吐いた。全身から力が抜ける。
人払いをした御簾の中、そっと御簾を持ち上げて庭へ目を向けた。しとしと降り続ける雨に、紫陽花が鮮やかな花びらを濡らす。美しい梅雨の時期特有の姿は、しかし霊力の高い山吹の目には違う色で映った。
黒い雨に塗り潰される国、花、人、大地……天で苦しみのたうつ龍神。
僅かに目を伏せて御簾を下ろす。手に握った扇を開いて、ぱちんと音を立てて閉じた。
「帝、御呼びでしょうか?」
人を呼ぶ扇の音に柔らかい女官の声が応じる。衣擦れの音で立ち上がったと察した彼女が、そっと御簾を持ち上げた。そこを潜って足を踏み出す。
「瑠璃へ、先触れを……」
頭を下げて応じた彼女が、少し先で待つ別の女官に伝える。
仰々しい仕来りが面倒だが、この際しかたない。ゆったりした足取りで先へ進んだ。真っ直ぐに向かえば近いが、先触れと準備の時間を稼ぐ為に、わざわざ別の棟を回ってから彼女の住まう奥へ踏み入った。
身振りで人払いを命じ、山吹は畳に座る。今上帝としては多少行儀が悪いが、別に取り繕う相手でもないと気軽に声をかけた。
「久し振りだね、青葛」
普段は忌名として、彼らの本質を示す名は使われない。青葛の実に似た瞳の色と瑠璃瓢箪の異名から、瑠璃の姫と呼ばれる彼女へ、柔らかく微笑んで呼びかけた。
「……帝が、何のご用?」
そっけない返答に苦笑が浮かぶ。昔は声をかけても答えてくれなかったのに、こうして返事があるだけでも上出来だ。それだけ彼女は孤独だったという裏返しの意味に気づいて、放置してしまった己を責めた。
三尺几帳で姿を隠した彼女と最後に顔を合わせたのは、昨年だったか。
夜桜を見に奥庭で笛を吹いていた折、彼女が琴の音を合わせてくれたのを思い出す。
「知ってた? 僕は君が好きなんだよ……青葛」
想いをこめて名を呼び、彼女の返答を待った。
長い身を捩り、龍神が咆哮をあげる。
言霊の約束が龍神の脳裏をよぎり、僅かに瞳の苛烈さが和らいだ。しかし己が身を縛る呪詛は解けたわけではなく……苛立ちに尾を振った。
地上に降り注ぐ雨は黒く、恵みではなく穢れを撒き散らす。
地上はゆっくり……ゆっくり闇色に染まっていく。そして地の乱れは天の乱れ、高天原すら例外ではなかった。
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