【完結】陰陽師は神様のお気に入り

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

文字の大きさ
119 / 131
第4章 陰陽師の弟子取り騒動

26.***黒血***

しおりを挟む
 脱皮だっぴのように体を脱ぎ捨てた蛇神じゃしんの器は、束石つかいしの根本に冷たく横たわる。しかし霊体や神格を含めた本体は、都から離れた沼地で眠っていた。

 自由に動ける。手足とした乳母の霊を使い、秋の鎮魂と子孫への継承で地上に現れた地祇ちぎを襲った。彼らの霊力や神力は蛇の乾いた身を潤す。他者の神力を貪り、ようやく満ちた気持ちで長縄たる身を木に預けた。

 途中で邪魔が入ったが、霊体を回収すれば回復は容易だ。これほど体が軽いのは久しぶりで、うとうとと微睡まどろむ。

『これで隠れたつもりですか? この程度の神格で我が主を傷つけたなど……千々ちぢに裂いても足りませんね』

 聞こえた見下みくだす声に、シャーと威嚇音を発する。首を持ち上げた蛇神は、腹部に走る激痛に身を捩った。

「ぐぁああああ」

『実体を纏っているのですか。驚くほど下等な存在です。我が主に見せることなく、このまま裂いて消しても構わない気がしてきました』

 溜め息をついた黒葉が、手を上に掲げる。のたうつ蛇の体に突き刺した杭は、闇の神王しんおうである作り主から与えられた己の身の一部。それゆえに簡単に消えることはなく、抜けて敵を逃す心配もない。

 右手を掲げて、容赦なく振り下ろした。首を切り落としてしまいたいが、真桜の許可なく命を断つ愚は犯せない。彼が許可を出せば、すぐにでも裂いて切り刻みたいが。

 昂る感情を抑え、黒葉は緑の瞳を細めた。真桜はこの瞳を、暖かな春の新緑にたとえる。しかし黒葉自身はまったく別の印象を持っていた。澱んで腐った水の色だ。暗い闇の底で、地を濡らす苔の色でもある。明るい印象を持つのは、主人である真桜の心が優しい証拠だった。

 少なくとも人のような優しさを持たぬこの身は、他者には物腰柔らかく見えるらしい。それは誰に対しても同じ、公平に接するからだろう。裏を返せば、彼らにまったく興味がない。主人である真桜以外の存在に心を動かされなかった。

『まず、品のない声をあげる舌を切りましょう』

 苦鳴をあげる蛇の舌先を落とす。呻く蛇から杭を引き抜いた。指先で摘んだ蛇は、抵抗の意思を見せる。鎌首を持ち上げて噛みつこうと牙を剥いた。

『愚かですね。まだ力の差がわかりませんか』

 嘲笑する黒葉が、胴体の傷を強く握った。闇の杭が刺さった傷は癒えない。滴る黒い血を手に纏つかせ、黒葉はにやりと笑った。

『わかりませんか? のろっても闇の眷属には届きません』

 効果はない。それは本来の姿に戻った真桜も同じだった。現在は母親から引き継いだ人としての姿を纏っているため、人と同じようにしゅにかかる。しかし人形ひとがたを捨てて闇の神族となれば、すべての呪いは彼に届かないのだ。

 ぎゅっと握った手の爪をぐいっと傷口に突き立てた。ぬるりとした感触で食い込む。血が流れるたび、小さな光が逃げ出した。中で同化しなかった地祇を闇にかえしながら、黒葉は淡々と数えた。

『ひ、ふ、み……おや、ひとつ足りませんね』

 地上に降りた地祇の数から回収した数を引くと、ひとつ足りない。しかし蛇の中にはもう残っていなかった。同化して吸収した様子もないことから、黒い血で汚れた指先を唇に押し当てる。考え事をする時の癖だった。

 まだ逃げ回っているのだろうか。

『っ! ずるいぞ』

 煩いやつに見つかった。そんな眼差しを向けた上空で、式神が薄い衣をひるがえす。華炎だった。対の華守流もすぐに合流するだろう。もう少し痛めつけたかったのですが……仕方ありませんね。

 気づかれないよう溜め息を吐いた黒葉は、人好きのする笑顔で蛇を手に一礼した。

『真桜様のもとへ戻りましょう』

 黒い血を撒き散らす蛇を強く握る。激痛に身をよじる自業自得の蛇神に、優しく声をかけた。

『我が主が優しいと思わぬことです』

 それは呪術のように蛇神を侵食した。言葉に含まれた恐怖と、声に混ぜた闇が蛇の精神を壊していく。

「待て! その蛇は神だ!」
 
 足元で騒いだ人の魂にちらりと視線を向け、木の上に足をかけた黒葉は少し眉を寄せる。考え込むように口に手を持って行き、すぐに簡単そうに人の魂を回収した。

 くるりと指先で描いた円に囲った魂の濁りに、どうやら元凶にたどり着いたらしいと頬を緩める。手土産が出来たと喜ぶ黒葉は、用済みとなった蛇神を式神に預けた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─

石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」 貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。 「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」 かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。 ときどき舞い込んでくるトラブル。 慌ててミーナを探しているルカ。 果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。 甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。 *サイトより転載になります。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。

しばたろう
ファンタジー
無能だと思い込み、荷物持ちのレンジャーを追放した戦士アレクス。 しかし―― 彼が切り捨てた仲間こそが、 実はパーティを陰で支えていたレアスキル持ちだった。 事実に気づいた時にはもう遅い。 道に迷い、魔獣に襲われ、些細な任務すらまともにこなせない。 “荷物持ちがいなくなった瞬間”から、 アレクスの日常は静かに崩壊していく。 短絡的な判断で、かけがえのない存在を手放した戦士。 そんな彼と再び肩を並べることになったのは―― 美しいのに中二が暴走する魔法使い ノー天気で鈍感な僧侶 そして天性の才を秘めた愛くるしい弟子レンジャー かつての仲間たちと共に、アレクスはもう一度歩き出す。 自らの愚かさと向き合い、後悔し、懺悔し、それでも進むために。 これは、 “間違いを犯した男が、仲間と共に再び立ち上がる” 再生の物語である。 《小説家になろうにも投稿しています》

処理中です...