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第2章 手始めに足元から
15.民を捨てた愚王よ、今度は己の命を捨てに来たか
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王が口にした決定は、最終的に決行されるもの――順番が多少入れ替わっても、オレは自分が決めて吐いた言葉を飲む気はない。すなわち、オレの口にした言葉はすべて現実にする。誤りを正すことも恐れない。
リリアーナが一度目を閉じて呼吸を整えた。魔力を高めていく。ぞくりとする魔力の高まりの直後、リリアーナの金瞳が開かれた。彼女が持つ魅了眼は、その目を見る必要はない。彼女の放つ魔力の範囲内にいれば影響下に置かれるが、直接目を合わせればさらに効果が高まる。
リリアーナが視線を合わせたのは、門をよじ登った男だった。屈強な筋肉がついた腕の主は、リリアーナを見るなりするすると門から下りる。
「食料配布が終わるまで、大人しくさせておけ」
「うん、わかった」
リリアーナは無邪気に笑う。よくやったと褒める意味を込めて、彼女の金髪をくしゃりと撫でた。嬉しそうに頬を崩すリリアーナが袖に抱き着く。
「また、高いの……してくれる?」
子供は庇護対象であり、甘え方を覚えている途中だ。優しく数回なでて頷けば、ぱっと表情が明るくなった。ずるずると黒衣を引きずる姿に気づいて、少し考えた。子供らしく闊達に過ごすにあたり、長いスカートは歩きづらいだろう。
人間の女性は足を隠す風習があったとしても、それは魔族のリリアーナには適用されない。歩きやすい服を用意してやるべきだ。ロゼマリアか侍女に命じるか。
顔をあげて彼女らを探すと、神官達と鍋の前にいた。豆と麦を放り込んだ鍋をかき回す女性達に混じり、一緒に働いている。服の調達は後にするか。
「奴らを並ばせろ」
頷いたリリアーナが願うように命じると、兵士が門を開く。列を作った民が並んで大人しく待っていた。皿や器を持った人々に、女性達が食料を分けていく。途中で足りなくなり、芋や雑穀を混ぜた麦はほぼ全員にいきわたった。
「もういい?」
魅了をかけ続けるリリアーナは、ずっと魔力を込めていたらしい。額に汗をかいて苦しそうに尋ねる。まさか能力の使い方も知らないとは思わなかった。目を閉じてぐらりと倒れかけた少女を抱きとめ、膝をついて抱き上げる。
「もうよい。ご苦労だった」
ほっとした様子で魔力の供給を切る。魅了眼を持つ子が生まれると、親は使い方を教えるものだ。一度かけた術を維持するための魔力制御や供給量の調整など、魅了を使いこなすために必要な手順を知らないのに発動だけ出来るのは異常だった。
「ん……」
冷たい手が気持ちいいのか。目を閉じたリリアーナがすり寄る。両手が塞がるが抱き上げた状態で、オレは溜め息を吐いた。
教える親がいなかったのだ。失念したオレのミスだった。この世界の魔王に侍る父とは疎遠な様子で、母の記憶がない。つまり彼女に魅了眼の使用方法を教える者はいなかった。それでも発動できるのは、食料調達の過程で彼女が会得した可能性を意味する。
獲物を捕らえるために発動させ、制御を知らぬまま活用してきた。すぐに殺す餌に使う分には、それでも不都合がなかったのだろう。
異世界に来て動揺したとはいえ、彼女の言葉から察せられる事態だった。最低限の言葉から、最大の情報を得る。今までの自分がこなせた当たり前のことを、この世界で出来ぬはずがない。
「悪かったな」
声をかけると、リリアーナはうっすら目を開く。潤んだ目はすぐに閉じられ、疲れから眠ったようだった。向けられる無防備な信頼に、口元が緩む。
今回の詫びだ。彼女がある程度自立するまで、100年は面倒を見てやってもいい。
「サタン様」
駆け寄ったロゼマリアが声をかけたとき、城の先から騎馬の音が聞こえた。魅了が切れた民は怯えて蹲り、体力のある者は逃げ帰る。この場に残ったのは動けない弱者と、最強の魔王のみ。
城門前を埋め尽くす騎馬隊を率いるのは、国王だった。逃げ出した後、都の守備隊や砦に駐屯する兵をかき集めたらしい。大通りを埋め尽くす兵力をかさに、男は叫んだ。
「異世界の魔王め、滅びるがいい!!」
ついさきほど悲鳴を上げて逃げた男のセリフとは思えぬ。ドラゴンの脅威が去り、こちらはオレ1人と軽んじた経緯が手に取るように伝わった。くつりと喉を鳴らし、馬上の愚か者を睥睨する。リリアーナを抱いたまま、オレは傲慢に言い放った。
「民を捨てた愚王よ、今度は己の命を捨てに来たか」
リリアーナが一度目を閉じて呼吸を整えた。魔力を高めていく。ぞくりとする魔力の高まりの直後、リリアーナの金瞳が開かれた。彼女が持つ魅了眼は、その目を見る必要はない。彼女の放つ魔力の範囲内にいれば影響下に置かれるが、直接目を合わせればさらに効果が高まる。
リリアーナが視線を合わせたのは、門をよじ登った男だった。屈強な筋肉がついた腕の主は、リリアーナを見るなりするすると門から下りる。
「食料配布が終わるまで、大人しくさせておけ」
「うん、わかった」
リリアーナは無邪気に笑う。よくやったと褒める意味を込めて、彼女の金髪をくしゃりと撫でた。嬉しそうに頬を崩すリリアーナが袖に抱き着く。
「また、高いの……してくれる?」
子供は庇護対象であり、甘え方を覚えている途中だ。優しく数回なでて頷けば、ぱっと表情が明るくなった。ずるずると黒衣を引きずる姿に気づいて、少し考えた。子供らしく闊達に過ごすにあたり、長いスカートは歩きづらいだろう。
人間の女性は足を隠す風習があったとしても、それは魔族のリリアーナには適用されない。歩きやすい服を用意してやるべきだ。ロゼマリアか侍女に命じるか。
顔をあげて彼女らを探すと、神官達と鍋の前にいた。豆と麦を放り込んだ鍋をかき回す女性達に混じり、一緒に働いている。服の調達は後にするか。
「奴らを並ばせろ」
頷いたリリアーナが願うように命じると、兵士が門を開く。列を作った民が並んで大人しく待っていた。皿や器を持った人々に、女性達が食料を分けていく。途中で足りなくなり、芋や雑穀を混ぜた麦はほぼ全員にいきわたった。
「もういい?」
魅了をかけ続けるリリアーナは、ずっと魔力を込めていたらしい。額に汗をかいて苦しそうに尋ねる。まさか能力の使い方も知らないとは思わなかった。目を閉じてぐらりと倒れかけた少女を抱きとめ、膝をついて抱き上げる。
「もうよい。ご苦労だった」
ほっとした様子で魔力の供給を切る。魅了眼を持つ子が生まれると、親は使い方を教えるものだ。一度かけた術を維持するための魔力制御や供給量の調整など、魅了を使いこなすために必要な手順を知らないのに発動だけ出来るのは異常だった。
「ん……」
冷たい手が気持ちいいのか。目を閉じたリリアーナがすり寄る。両手が塞がるが抱き上げた状態で、オレは溜め息を吐いた。
教える親がいなかったのだ。失念したオレのミスだった。この世界の魔王に侍る父とは疎遠な様子で、母の記憶がない。つまり彼女に魅了眼の使用方法を教える者はいなかった。それでも発動できるのは、食料調達の過程で彼女が会得した可能性を意味する。
獲物を捕らえるために発動させ、制御を知らぬまま活用してきた。すぐに殺す餌に使う分には、それでも不都合がなかったのだろう。
異世界に来て動揺したとはいえ、彼女の言葉から察せられる事態だった。最低限の言葉から、最大の情報を得る。今までの自分がこなせた当たり前のことを、この世界で出来ぬはずがない。
「悪かったな」
声をかけると、リリアーナはうっすら目を開く。潤んだ目はすぐに閉じられ、疲れから眠ったようだった。向けられる無防備な信頼に、口元が緩む。
今回の詫びだ。彼女がある程度自立するまで、100年は面倒を見てやってもいい。
「サタン様」
駆け寄ったロゼマリアが声をかけたとき、城の先から騎馬の音が聞こえた。魅了が切れた民は怯えて蹲り、体力のある者は逃げ帰る。この場に残ったのは動けない弱者と、最強の魔王のみ。
城門前を埋め尽くす騎馬隊を率いるのは、国王だった。逃げ出した後、都の守備隊や砦に駐屯する兵をかき集めたらしい。大通りを埋め尽くす兵力をかさに、男は叫んだ。
「異世界の魔王め、滅びるがいい!!」
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