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第2章 手始めに足元から

29.床が血塗れだが、よくやった

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 拾った子供は食事を与えても食べなかった。困惑した顔で麦の雑炊やスープを眺め、首をかしげる。匂いを嗅いで確かめた後は、まったく見向きもしなかった。

「サタン様、私捕まえた!」

 先ほど城が揺れたので、リリアーナが狩猟に出かけて戻ったのは知っている。ロゼマリアのお下がりでもらったワンピースを着て、肉の大きな塊を抱えて飛び込んだ。部屋に誰がいようとお構いなしだ。この後宮もいずれ壊すから構わないが、廊下も床も血だらけだった。

 ちなみに他国から輸入した高級品の絨毯は、穀物と交換するために外してあったので被害はほぼゼロだ。侍女が血の垂れた床に悲鳴を上げる程度だった。

「リリアーナ、肉か?」

「うん。たくさんご飯いるって、言った。だから獲った」

 彼女がそういうのだから、外にまだ肉の塊があるはず。腐る前に収納空間へ放り込む必要があるか。肉を置いた場所へ案内するようリリアーナに命じている後ろから、子供の手が伸ばされた。

「……血、肉」

 呟いていきなり噛みつく。リリアーナは困惑して泣き出した。サタンを喜ばせるために捕獲した獲物を横取りされたと、尻尾で床を叩き割りながら憤慨する。

「落ち着け、リリアーナ」

 頭を撫でると、腰にしがみ付いて泣き続ける。好きなようにさせて、血だらけの肉を齧る子供を観察した。鋭い牙を突き立てて血を啜り、嘔吐する様子がない。人間は血を飲むと吐くが、この子は違うようだ。魔族の子か?

 魔族ならばいくつかの種族に心当たりがあった。

「ヴァンパイア系か」

「……うん」

 血を飲み終えた肉を抱えた子供は先ほど違い、血色がいい。痩せて骨と皮だけだった腕も肉が戻り、子供らしい丸い頬も回復していた。間違いなく人間ではない。

 頷いた子供が「ごめんね」と謝りながら、肉の塊をリリアーナに差し出した。半泣きだが「いいよ」と受け取ったリリアーナを褒めて撫でる。まだ汚いボロを纏っている身体は、幼いながらも女児のようだった。

「これに着替えろ」

 リリアーナと同じくらいの身長なので、たくさん譲り受けたワンピースのひとつを渡せば、リリアーナが地団太を踏んで怒った。自分がもらった服を、どうして見知らぬ子に分け与えるのか理解できないのだ。

「リリアーナ、お前も貰ったのだ。他の子が貰ってもおかしくあるまい」

 なんとか納得させたが、淡いピンクと黄色のドレスは絶対に渡さないよう約束させられた。このオレに対価もなく約束させるとは、ペットにしては優秀な交渉術だ。

「サタン様、血が……あら」

 血の臭いに敏感な魔族であるオリヴィエラが、鼻を垂らして肉を抱くリリアーナと人前でボロを脱いだ少女を見比べる。目を瞠った後、少女に近づいてワンピースを着るのを手伝った。

「詮索は後だ。肉の分配をする」

 リリアーナが用意した肉を、国民に分け与える必要がある。痩せて使い物にならない彼らを元に戻すには、肉や魚は最高の食料だった。栄養価が高く、魔力も回復させられる。歩き出した半歩後ろをついてくるリリアーナが「こっち」と手を繋いで引っ張った。

 大きな肉の塊は血を抜いたら軽くなったのか、ドラゴンである腕力なのか。年若い少女が片手で振り回している。人間ならば3人かかりで運ぶ大きさだが、リリアーナには関係なかった。

 城の外、発着所に指定した召喚の塔跡地に、魔物が山積みだった。見上げる程の高さに積まれた肉を前に、リリアーナは得意げに笑う。頑張った部下には報酬が必要だ。抱き上げて何か欲しいものがあるか尋ねると、真っ赤に照れた顔で呟いた。

「たまに抱っこして欲しい」

 随分と安上がりな部下だ――褒めて抱き上げたまま1日を過ごしたら、ご機嫌で次の日も魔物を狩ってくる。お陰で食料問題は一時的に落ち着いた。
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