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第3章 表と裏
51.契約の繋がりは切れていない
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報告書と心情を綴った便せんをまとめて、今日も転送する。届くかわからないが、何もせずにいられなかった。圧倒的な能力と豊富な魔力量、誰よりも思慮深く優しいのに言葉が不自由な魔王――大切なお方が消えて1年近く経過している。
「アスタルテ、陛下から返事きた?」
隣で細い尻尾を揺らしながら尋ねる赤髪の美女に、首を横に振る。残念そうに溜め息をつきながら、いつも同じ薄緑の封筒を睨みつけた。
「ねえ、色を変えてみたら?」
「ククルは色が関係あると思うか?」
「ううん、思わない」
あらゆる手段を使って探っても、陛下が自室から消えた経緯が分からなかった。部屋の中に残った魔力の痕跡から、魔法陣を再構築したが発動しない。魔法陣に詳しいククルの見立てでは、彼を召喚した可能性があるという。指定された文字が読み解けずに苦戦した様子だが、発動しない理由は不明だった。
文字の解読は1年経った今も継続していた。座標を示す部分が不自然に崩れており、復元の限界にククルも頭を悩ませたが……普段は飽き性の彼女が、諦めずに修復作業を続ける姿は頭が下がる。
「まあよい。このまま同じ封筒で試すとしよう」
ペンを手に取って別の書類処理を始めたアースティルティトの前で肘をつき、ククルが手元を覗き込む。事務仕事は苦手と放り出し、先ほどまで魔王軍の兵士を鍛錬していた彼女は軽装だった。書類には興味がないので視線をそらし、豊満なアースティルティトの胸に注目する。無造作に手を伸ばして握ると、溜め息と一緒に手を弾かれた。
「何をする! お前はそれでも……」
あの方の腹心かと文句を口にしようとして、アースティルティトの赤い唇が震えて勢いを失う。もう二度と会えないかもしれない主人だが、契約の繋がりは切れていなかった。まだ生きているのだ。自分達が到達できないどこかで。
「ねえ……陛下がもう戻ってこないなら、僕らは何してんだろう」
「決まっている。あの方を探すために必要な戦力を維持する」
この世に未練はない。もし黒髪の魔王が死んだなら後を追う。別世界にいるなら、この世界を捨てればよいだけだった。あの方を取り戻せるなら、敵対勢力も潰せばいい。どんな汚い手でも、麗しい主人の傍らに侍る手段なら厭わなかった。卑怯でも残酷でも構わない。
覚悟を決めた同僚が紫の瞳を細めた。彼が名乗りを上げるまで、魔王に最も近いと揶揄された吸血鬼の始祖の覚悟は定まっている。戦いで初めて負けたあの日、差し伸べられた主人の手を取った瞬間から、この命も能力もすべてはあの方に捧げた。
心や忠誠はすでに捧げている。彼が求めるなら身も捧げたいと考えた矢先の、不自然な失踪の原因は今も探り続けていた。アスタルテは諦めていないのだ。
「さっき、バアルとアナトが変な実験してたけど」
「それを先に言え」
慌てて立ち上がる。あの双子の兄妹は以前に魔王城半壊の騒動を起こしている。悪戯気分で国をひとつ二つ滅ぼし、けろりとしていた。罪悪感のない、まさに悪魔と表現するにふさわしい子供達だった。
書類を放り出して駆け出すアースティルティトが落としたペンを拾って机に置いたククルが、くすくす笑い出す。あの双子はアースティルティトに構ってもらいたいのだ。だから騒動を起こして気を引こうとする。幼子の気持ちを理解できない彼女の苦労に肩を竦め、ククルは前髪をかき上げ後を追った。
「アスタルテ、陛下から返事きた?」
隣で細い尻尾を揺らしながら尋ねる赤髪の美女に、首を横に振る。残念そうに溜め息をつきながら、いつも同じ薄緑の封筒を睨みつけた。
「ねえ、色を変えてみたら?」
「ククルは色が関係あると思うか?」
「ううん、思わない」
あらゆる手段を使って探っても、陛下が自室から消えた経緯が分からなかった。部屋の中に残った魔力の痕跡から、魔法陣を再構築したが発動しない。魔法陣に詳しいククルの見立てでは、彼を召喚した可能性があるという。指定された文字が読み解けずに苦戦した様子だが、発動しない理由は不明だった。
文字の解読は1年経った今も継続していた。座標を示す部分が不自然に崩れており、復元の限界にククルも頭を悩ませたが……普段は飽き性の彼女が、諦めずに修復作業を続ける姿は頭が下がる。
「まあよい。このまま同じ封筒で試すとしよう」
ペンを手に取って別の書類処理を始めたアースティルティトの前で肘をつき、ククルが手元を覗き込む。事務仕事は苦手と放り出し、先ほどまで魔王軍の兵士を鍛錬していた彼女は軽装だった。書類には興味がないので視線をそらし、豊満なアースティルティトの胸に注目する。無造作に手を伸ばして握ると、溜め息と一緒に手を弾かれた。
「何をする! お前はそれでも……」
あの方の腹心かと文句を口にしようとして、アースティルティトの赤い唇が震えて勢いを失う。もう二度と会えないかもしれない主人だが、契約の繋がりは切れていなかった。まだ生きているのだ。自分達が到達できないどこかで。
「ねえ……陛下がもう戻ってこないなら、僕らは何してんだろう」
「決まっている。あの方を探すために必要な戦力を維持する」
この世に未練はない。もし黒髪の魔王が死んだなら後を追う。別世界にいるなら、この世界を捨てればよいだけだった。あの方を取り戻せるなら、敵対勢力も潰せばいい。どんな汚い手でも、麗しい主人の傍らに侍る手段なら厭わなかった。卑怯でも残酷でも構わない。
覚悟を決めた同僚が紫の瞳を細めた。彼が名乗りを上げるまで、魔王に最も近いと揶揄された吸血鬼の始祖の覚悟は定まっている。戦いで初めて負けたあの日、差し伸べられた主人の手を取った瞬間から、この命も能力もすべてはあの方に捧げた。
心や忠誠はすでに捧げている。彼が求めるなら身も捧げたいと考えた矢先の、不自然な失踪の原因は今も探り続けていた。アスタルテは諦めていないのだ。
「さっき、バアルとアナトが変な実験してたけど」
「それを先に言え」
慌てて立ち上がる。あの双子の兄妹は以前に魔王城半壊の騒動を起こしている。悪戯気分で国をひとつ二つ滅ぼし、けろりとしていた。罪悪感のない、まさに悪魔と表現するにふさわしい子供達だった。
書類を放り出して駆け出すアースティルティトが落としたペンを拾って机に置いたククルが、くすくす笑い出す。あの双子はアースティルティトに構ってもらいたいのだ。だから騒動を起こして気を引こうとする。幼子の気持ちを理解できない彼女の苦労に肩を竦め、ククルは前髪をかき上げ後を追った。
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