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第10章 覇王を追撃する闇

316.無くすな、殺すな、奪われるな

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 王女だったロゼマリアと共にオリヴィエラが、城内の片付けの指揮を執る。離宮や孤児に関してはリシュヤに権限があるため、彼が侍女達と片付けるらしい。恐怖に怯える子供も多いため、外部から救助の手を入れるのも憚られた。

 戻ったアスタルテは、黒い糸の繋がる者を中庭へ集める。彼らが勝手に城内で動き回れば、何かを仕掛けられる可能性があった。敵を捕まえに向かった双子が戻るまで、動きを監視した方がいいだろう。

「うぐっ……」

 声を上げて倒れた文官に続き、数人が頭を押さえて蹲った。倒れる者も現れる。アガレスも膝をついたものの、それ以上の無様は免れた。マルファスがアガレスの腕を掴み、しかし自らも辛そうに顔を顰める。

 頭痛や吐き気などの症状が出ている人間に、まとめて治癒を施す。すべての魔法陣を解体して戻ったウラノスが、感心したように目を細めた。

「対応が早いですな」

「いいえ、遅いくらいだ。何をしている」

 軍服によく似合う厳しい物言いの直後、双子が現れた。魔法陣をほぼ透明にまで変化させたことで、魔法による転移に見える。その技術に感心するウラノスをよそに、子供達はアスタルテに抱きついた。

「アスタルテ、少し遊び過ぎちゃった」

「なんか天井が抜けたみたい。でも確保してきたわ」

 機嫌よく差し出す瓶の中に、真っ黒の何かが蠢いていた。墨色の靄が一番近い表現だろう。覗き込んだアスタルテが眉を寄せる。主君サタンに逆らったのは、この程度の小物か? 違和感を覚え、視線を合わせるために膝をついた。

「他に何かいなかったか?」

「見てないわ」

「気づかなかったよ」

 アナトとバアルが口を揃える様子に、気にし過ぎかと息をついた。それから両手を広げて、双子を抱き締める。

「おかえり」

「「ただいま」」

 会話の内容は母子のようだった。見た目は歳の離れた姉に懐く弟妹だ。

「ククルは起きたの?」

「まだだ」

「あの子、寝起き悪いよね」

 くすくす笑うアナトを叱りながら立ち上がったアスタルテは、闇が入った瓶をどこに片付けるか迷う。現在のサタンはまだ眠っており、せっかく休んでいる彼を起こすほどの事態ではなかった。だが見せる前に収納に入れれば、亜空間で死んでしまう。

 ウラノスとアルシエルを見つめ、後ろで礼を口にする文官達を眺めた。それからしがみ付いた双子に視線を落とし、良い方法を思いついた。

「ククルに預ける」

「「えええ!」」

 不満そうに唇を尖らせた表情は、双子だけあってそっくりだ。アスタルテの作戦通り不満を示した子供達に、瓶を返す。

「ならばお前達が持っていろ。絶対に無くすな、殺すな、奪われるな」

 まだ敵がいると想定したアスタルテの命令に、バアルが不敵な笑みを浮かべる。

「誰に言ってるの、私達が奪われるわけないじゃない」

「昔奪われたから言っているんだ」

 ぐっと言葉に詰まったバアルに代わり、アナトが返事をした。

「奪ったのはアスタルテでしょう!」

「それでも奪われたのは事実だろう」

 にやりと笑うアスタルテに「意地悪」と言い放って逃げ出す双子は、両手を繋いでいた。アナトの手に握られた瓶は、これで安心だろう。あの双子は油断さえしなければ強い。この世界の魔族で、本気になったあの双子に勝てる強者は見当たらなかった。
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