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第10章 覇王を追撃する闇

315.我らに、貴様如きが逆らうか!

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 吸い込まれる力は強く、抵抗できずに闇は中に閉じ込められた。覗き込む銀と緑の瞳、オッドアイだ。アナトは興味深そうに瓶の外から突くような仕草を見せた。

「これでしばらく遊べるね」

「先に陛下に見せなくちゃ。壊すのは私に任せて」

 蝶の羽をもぐ子供の残酷さで呟いたアナトへ、バアルが注意する。仕留めた獲物は、きちんと主君に献上しなくてはならない。その後で下げ渡してもらえば、好きに遊んでも構わないんだから。ルールを口にした兄に、妹の意識が逸れた。

 その瞬間、瓶がぱりんと乾いた音で割れる。破片が飛び散り、手を離したアナトの肌を傷つけた。すぐに塞がる傷だが、赤い血が数滴地面に落ちる。

 闇の必死の抵抗で、瓶の強度が保たなかったのだ。そこに関しては、闇の能力を読み誤ったアナト自身のミスだった。しかし兄バアルが同じように考えるかは別の話だ。

 私の半身である妹に、傷をつけられた。魔王の側近として認められた我らに、貴様ごときが逆らうか!

 怒りが逆巻く。地下の壁が崩れ始め、闇は逃げ場を求めて地下水の流れに手を伸ばした。雷に撃たれたような痺れを伴う痛みが走り、闇は身を竦める。

「もういい、死体を持ち帰っても許してくれるよ。生かす価値はない」

「え? 遊ぶのよ、残して」

 鮮血を見た兄の怒りを、妹は理解しない。傷はもう消えた。痛みも感じない。だから遊ぶ研究材料を灰にしないで。単純だが真っ直ぐな言葉を向ける。

「アナトを傷つけた」

「そうだけど……アスタルテに叱られるわ」

 舌打ちしたバアルが、怒りで纏った雷を抑える。地下の空間を壊し続ける雷が消えたことで、逆に崩壊が進んだ。この空間はすぐに崩れて埋まる。そう判断したアナトが、闇を新しい瓶で包んで回収した。

「外、行こう。バアル」

 手を差し出す。繋ごうと微笑む妹へ、兄は苦笑いして掴んだ。病弱でよく倒れるのに、研究が大好きで不摂生する。頑固なのはバアルに見えるが、実際はアナトの方が譲らない。いつだって妹に譲歩し、甘やかすのは兄の役目だった。

「いいよ。でも殺すときは私がやるね」

 女言葉が抜けないバアルに、アナトはあっさり頷いた。研究して飽きれば、兄に処分してもらおう。残酷な会話をしながら地上へ飛んだ双子は、陥没した穴を見て顔を見合わせた。

「なんか地形が変わったね」

「知らないよ、早く帰って褒めてもらおう」

「うん」

 他者の迷惑を顧みない。その意味で、魔王の配下は皆同じ気質を持っているらしい。帰還のための魔法陣を足元に作り出し、主君ではなくアスタルテを終点にした。入手した闇が入った瓶を抱えた双子は、壊した神殿跡を振り返ることもしない。

 彼と彼女が消えた大地で、神殿の奥の洞窟が激しい音を立てて崩壊した。中の空洞が消えたことで、地上を支えきれなくなったのだろう。神殿を巻き込んで崩れた場所に、もう封印の気配はなかった。

 やがて月が昇って沈み、もう一度昇る頃……瓦礫の間から何かが現れる。その影を月光が大地に映す前に、それは消えた。
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