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第10章 覇王を追撃する闇

352.醜くとも構わぬのか

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 黒い竜の鱗がぴたりと寄り添うように触れ、不思議と気持ちが落ち着いた。溢れる魔力を体内に取り込もうと呼吸を整える。濃色で漂う魔力の流れる方角が変わり、外へ向かう魔力が内側へ吸収され始めた。

 これらをすべて回収しなくては、危険だ。警告めいた本能が示すまま、大量の魔力を体内へ回収する。

「サタン様、今なら私と一緒」

 曖昧な表現に、眉を寄せる。獣の毛皮と竜の鱗が混じった体は、がしゃりと硬い音を立てた。その冷たく硬い表皮に、リリアーナは黒銀の鱗を擦り付ける。毛皮部分もごわごわと硬い毛が多く、触れても柔らかさはない。しかしリリアーナは擦り寄せた頬を離そうとしなかった。

 竜の短い手で必死にしがみつく。

「ずっとこのままでいい」

 リリアーナの小さな本音が溢れる。途端に、なんとも言えぬ気持ちが胸を満たした。このままで良い、その響きに滲んだ気持ちは温かく沁みる。

 この姿は混血種であり、元の種族が不明な母からの遺伝だ。ほとんど覚えていない母は、白い肌に鱗を生やした美しい人だった。だがその身のうちに様々な種族の血を受け継ぎ、先祖返りとして生まれたオレは醜い。人の姿にこだわるのは、誰かが言い放った「醜い」の一言が胸に刺さったから。

 誰が言った言葉かも忘れてしまった。ひどく昔、まだ母の腕に抱かれていた頃に聞いたのだろう。ずっと父の言葉だと思っていたが、違ったかも知れない。

 膨大すぎる魔力は、抑え込む精神力が足りずに暴走した。母を傷つけ、父を弾く。獣の姿から変化することもなく過ごした幼少期は、ひどく曖昧な記憶しかなかった。ただ、母はいつも白い手で抱き寄せてくれた気がする。

 だから母を殺した父に憎しみを向けた。怒りと憎悪をすべて叩きつけ、全力で挑んだ。それを望むように敵を配置し、配下を差し向け……ああ、あの男はオレを育てたのか。ただ魔族として強くある方法を示した。その手段が不器用だっただけ……くつりと喉が震えた。

「怖くないか」

「全然! 私より強くて大きい雄の姿をした、サタン様も好き」

 他種族に好まれる人型でなくても、認める。それが小娘の独占欲の滲む言葉であっても……耳に心地よかった。

 湯気や煙のように纏わりつく魔力が可視化される。強烈すぎて、中てられたアスタルテが額を押さえて座り込んだ。ククルやバアル、アナトも動けずに心配そうな眼差しを向ける。

 アルシエルは娘の行動に呆然としながらも、いざとなれば動く気だろう。片膝を立てて控えている。ウラノスは孫娘や子供達を結界で隔離しながら、緊張した面持ちでこちらの出方を窺っていた。

 漏れ続ける魔力を一気に吸い、体内に押し込んだ。ぐらりと巨体が傾ぐ。貧血に似た症状だが、気分は悪くなかった。

 世界中を覆った魔力の網を、少しずつ消していく。もう黒い神アペプの気配はない。戦いで足りなかった魔力を解放したことで、彼の神は吹き飛ばした。粉々に砕いて魔力で焼いた神は、二度と蘇ることはないだろう。

「あとすこし、こうしておれ」

 戻るまで、後少しだ。そう示してオレは闇色の目を閉じた。
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