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外伝

4.この場に長く留まることは出来ぬ

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 アナトが摘んだ花に触れても消えない。幻覚の可能性はほぼ消えた。オレはかがみ込んで足元の石を拾う。茶色く乾燥した塊は、石ではなかった。乾燥した土だ。それをアナトに差し出すと、彼女はその手に受け止めた。

「完全に乾いてるね。今、足元から拾ったのに」

 綺麗な花畑が見えているアナトの視界に、この茶色い土は存在しないだろう。草や花で埋め尽くされたはずの大地を、不思議そうに見つめて足を持ち上げて覗く。その所作におかしな点はなかった。

 つまり、互いに見ている物が違うが共有は出来ている。不思議な感覚に襲われて、アナトの肩に手を置こうとした。なぜか、彼女がこの場にいないような喪失感が広がり、手を伸ばさずにいられない。

 手は肩ではなく、首に近い鎖骨の上に触れた。驚きに目を見開いたオレに、アナトは無邪気に首を傾げる。彼女にしたら、突然触れられただけの話だ。

「アナト、オレの中指に触れてみろ」

 手のひらを上にして指を開いた。何も持たない手に触れろという奇妙な指示に、アナトは察したらしい。手を伸ばして慎重に指を握った。だが、それは薬指で中指ではない。掴んでから首を傾げ、アナトは中指を握り直した。

 間違いない、認識がズレている。

「一度山頂へ戻る。花と土を持ち帰る」

「わかった」

 土をしっかり握ったアナトの表情が強張った。過去にもオレが突然撤退を口にしたことを思い出したのだろう。あの時は大地が割れ、仲間になった魔族が大勢失われる事故があった。あの時と同じ緊迫感を共有しながら、オレは単独で転移した。アナトは背に広げた羽で舞い上がる。咄嗟のことで、別の方法を選んだことに意味はなかった。

 アナトはふわりと魔力を使って着地し、オレは思わぬ事態に眉を顰めた。山頂のリリアーナの魔力を終点に指定した。にもかかわらず、転移した先は数歩先の荒地の上――やはり認識のズレが起きている。それもかなり広範囲で、何らかの作為を持って作られた罠に近かった。

 背の翼を広げて魔力で舞い上がると、なんの苦もなく脱出が出来る。目で見ての移動は認識のズレを多少なり修正しているのだろう。アナトが一度目は失敗し、二度目は中指を握れたのと同じ現象と考えられた。

「この地の調査は慎重に行う必要がある。アスタルテとウラノスが必要だ」

 クリスティーヌもいた方がいいか。彼女はリリアーナと一緒で、本能的な感知能力に優れている。頭の中で計算しながら、オレは手の中の花に視線を向けた。

「サタン様もアナトも、何を持ってきたの?」

 無邪気に尋ねるリリアーナに、オレは答える言葉が見つからない。なぜなら、アナトが摘んだ白い花は……銀色の棒に変わっていたからだ。隣でアナトが無言で手を開いた。持ち帰ったはずの茶土は……砂金に似た金属に変わっている。

「……っ、このまま持ち帰る。離脱だ」

 待っていたマーナガルム達の背に跨り、急いで山の中腹まで駆け降りた。
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