クズ人間

メランコリーおばけ

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クズ人間

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「アルコールってなんで こんなに美味しいんだろう」 
そう言って、橘茜音は半分ほど残っているワインのグラスをくるくる回した。
もう何杯飲んだだろう。
頭はぼうっとして心地がいい。
姉の美琴が
「飲み過ぎ注意だよ。明日は学校でしょう。」
と促す。
茜音は気にも留めない様子で雲に隠れかけている三日月をじっと見つめた。
美琴は説得を諦めたのか、ため息をついてリビングから去っていった。
ちっ。
美琴に向かって舌打ちをした。
別に飲みすぎたっていいじゃない。
二日酔いしたら学校を休めばいいだけ。
優等生には学校をサボるという考えがないのか。
でも、がらんとしたひとりぼっちのリビングは少し寂しかったので年季の入ったレコードでクラシック音楽を流す。
こうしていると、自分の周りだけ時間が止まったような気分になる。
日常の退屈な時間を取り戻しているような、そんな感覚になる。
 もうすぐ零時を回る。
「やっぱり美味しい」
もう一杯、と注ぎながらそう呟いた。

「茜音、そろそろ起きな。学校行けるでしょう?」
母の声で目が覚めた。
眠い目を擦り、身体を起こそうとすると
「痛っ!!」 
頭に激痛が走った。
「当たり前よ。ゆうべ一瓶飲みきったんだから。」
そう言えば途中から記憶が曖昧だ。
飲み切っちゃったのか。
「学校どうする?」
少し心配そうな顔をして母は言う。
本当はちっとも心配していないくせに。
「行く。」
それだけ返事をして痛むこめかみあたりを押さえて重い身体を無理やり起こす。
制服に着替えて行ってきますも言わずに家を出た。

だるい。
どうして人間は歩かないと進まないのだろう。
足を動かすのが面倒で仕方がない。
かかとが地に着く度に、脳が揺れて二日酔いの私を苦しめる。
学校に近づくにつれ、同じ制服の人がちらほら。
スマホを食い入るように見つめる人。
友達を見つけて「おはよう」と眠そうに声をかける人。
周りの目を伺って挙動不審になっている人。
この人達を横目で見ながら、深くため息をついた。
自分は何が楽しくてこの窮屈な学び舎へ足を運んでいるのだろう。
人間の関わりなんて、たった一本の糸みたいなものだ。 
少し尖った刃先に当たるだけですぐにプツンと切れてしまう。
そんな脆いものに、何を求めているのか。
昇降口で上履きには着替えていると、後ろから声をかけられた。
「今日も朝から憂鬱そうな顔してんな。」
そんなんじゃ一日中もたねえぞ、そう言って頭をぽんっと叩いた彼は柳田奏。
私の悪友だ。
「いいとこにいた、一限から物理で出る気しないしアレ、頂戴よ。二本でいいから。」
「お、俺も同じこと考えてた。屋上行こうぜ。」
そう言って奏は軽快に歩き出した。
若いなぁ、そう思って私もゆっくりと後に続いた。

屋上は、珍しく鍵がかかっていた。
「まじかよ…。俺の憩いの場所が…。」
嘆く奏に
「最近ピッキング練習してるから試してみる。」と言ってポケットから針金を取り出した。
「お前、なんでそんなん練習してんだよ。」
「煙草入手してる人に言われたくないですぅ。」
「あぁ?じゃあいらねーのか?」
「ごめんなさい、要ります」
軽口を叩き合っていると
ガチャッ
「お、開いた」
そう言って屋上に足を踏み入れた。
秋の空気を吸い込んで、風を感じる。
春と秋は屋上で風にあたりながら暇を潰せるからいい。
奏から一本もらって火をつける。
初めて吸った時、肺が煙を嫌がってたが、最近は進んで受け入れてくれる。
今日は特に美味しい。
ふと、いつもと少し味が違うことに気づいた。
「あれ、銘柄変えた?」
奏は少しびっくりして答えた。
「よく気づいたね、煙草の味覚えてきたんじゃない?」
「そうかも、いつもより美味しい。」
少し嬉しかった。
奏といると、ありのままの自分になれる気がする。
学校には笑顔を見せられる友達はいないし、先生も授業をまともにでない私の話を聞こうとなんてしない。
家では姉と母に呆れられている。
軽口を叩き合える人なんて、奏くらいだ。
彼と私は恋人ではない。
けれど、恋人以上に信頼している存在かもしれない。
「煙草のお礼だ!」
そう言って缶コーヒーを投げた。
「なんで酒じゃねーんだよ。」
奏は少し残念そうだったが
「私は真面目だから酒なんか人に勧められないの。」
そう返した。 
「いや、持ってるだろ?」
奏はなんでもお見通しだ。
仕方なく缶酎ハイを渡した。

ようやく学校が終わった。
といっても奏と屋上で飲みながら駄弁っていただけなのだけど。
「じゃあ行くね。」
私は奏に声をかけた。
「おう、死ぬなよ。」
そう返事が返ってきた。
さあね、そう言って屋上を後にした。
廊下で運悪く担任と出くわしてしまった。
「おい橘。学校にいるなら授業しっかり受けなさい。大体お前は身だしなみがなってない!なんだその髪の毛の色は……。」
あぁ、これは長くなりそうだ。
これ以上加齢臭のきつい担任と顔を合わせるのは億劫だったので
「すいませんでしたー。でも私これから彼氏とデートなんで失礼しまーす。」
と答えて歩き始めた。
「まだ話は終わってないぞ!」
そう怒鳴る担任の声を無視して。

彼氏とデートと言うのは嘘ではない。
30分後、駅前のハンバーガーショップで待ち合わせということになっている。お化粧直しをしていると、リップを家に置いてきたことに気づいた。
やらかした…。
盗るしかないか。
物を誰にも気づかれずに盗むのは私の特技中の特技だ。
スッとドラッグストアへ入り、男受けしそうな2つのリップを品定めするフリをして、1個を何気ない動作と共に自分のバッグへ入れる。
そして何事もなかったかのようにもう1個を棚へ戻す。
防犯カメラなんて、大して役に立たない。
そして私は堂々と店を出る。
ほら、今日も気づかれずにすんだ。

トイレで盗ったリップを器用に塗り、ハンバーガーショップへ向かう。
彼はもう待ち合わせ場所に来ていた。
「ごめん祐樹、待った?」
「ううん、全然。ていうか茜音今日リップの色いつもと違うね、可愛い。」
「本当?ありがとう!」
祐樹はイケメンで気配り上手だ。 
そして私の欲しいものをなんでも与えてくれる。
バイト代を全て私に使ってくれるほど一途なのだ。
彼氏としては申し分ない。
「今日はどこ行く?」
「んー、新しいワンピースとバッグが欲しいんだよね。買い物付き合ってくれる?」
「勿論いいよ。」
ありがとう、いつも私のいいお財布になってくれて。

「ありがとう、いつも買ってもらっちゃってなんか悪いな。」 
「いいんだよ、好きでやってることだから。その代わり、そのワンピース姿今度見せてね?」
本当に祐樹は私の事が好きだ。
こんなクズ人間のどこがいいというのだろう。
「じゃあ、俺もう行くね。これから塾だから。」
「うん、またね。勉強ファイト!」
祐樹は私の頬に軽くくちづけをして改札へと向かっていった。
完全に駅の中へ消えていったのを確認してから私は電話をかけた。
「もしもし聖夜?今どこ?駅にいるんだけど車で迎え来てくんない?」

「お前は相変わらず人使い荒いなぁ」
「聖夜!待ってたよ。」
「いつものホテルでいいよな?」
聖夜はアイドルのように可愛らしい彼女がいる。
私に彼氏がいることも知っている。
でもお互いにこの関係を止めない。
相性がいいっていうのもある。
けれど、1番はやっぱり足りないのだと思う。
欠けているピースの一部をお互いに埋め合うように、身体を重ねる。
愛情がないから相手のことを気にせず自分の欲だけを考えていられる。
その関係が心地いい。
シャワーを浴びた後、聖夜が私のボタンに手をかける。
それを制し、聖夜の首の後ろに手をかけて深い深いキスをする。
キスをすると、聖夜はいつもスイッチが入る。
欲の魔に取り憑かれたような獣の眼になる。
その瞬間がこの世の何より綺麗で美しいと思うのだ。
聖夜の荒い息遣いが私の気分を高揚させる。
1番奥に来る度、ベットが私と一緒にないている。
意識が朦朧とする中でつぶやく。
「もっと激しく、もっと愛して。」

絶頂に達したあと、二人で互いの温度を確かめ合うように抱きしめ合う。
聖夜の綺麗な目を見ながら考える。
私は結構なクズだ。
酒、たばこ、窃盗、二股…。
しかし、世間が俗にいう『悪い事』は私をゾクゾクさせてやめることを許さない。
家族への、奏への、担任への、祐樹への、聖夜への顔はそれぞれ違ってどれが本当の自分なのか分からない。
でもいいんだと思った。
人間に生まれた時点で、みんなどこかしらクズなんだから。
利益だけを求める大人。
恐喝して金を奪い取る不良。
ゲームに打ち込んでばかりのニート。
自己主張ばかりのクラスメイト。
発言力のある人の金魚の糞に成り下がっている人。
何のために生きているのかと、答えのない答えを求めている子供。
社会はクズで成り立っているのだから、私がクズでなんの問題もないじゃない。

ホテルから出て聖夜と別れた後、一人で家路へと向かう。
最初は自分のクズさに頭を悩ませたこともあった。
けれど今はそんな無為な事はしない。
どうせクズならクズを楽しんじゃった方が得だもの。
昨日よりほんの少しだけまあるくなった月を眺めながら無邪気に嗤う。
「今夜の晩酌は梅酒にしよう!」
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