1 / 20
第一章 アルソリオのトゥヴァリ
1 ペルシュとトゥヴァリ
しおりを挟む
鳶色の髪の少年はトゥヴァリと名乗った。差し出した手を、掴んでもらえそうだったその時、
「ペルシュ、そいつは親なしだぜ!」
「ルーディー!」
同じ西地区に住むレニスたちが囃し立てる。二人のやり取りをずっと面白がって見ていたのだ。
「何でそんなこと言うんだ!」
ペルシュが怒鳴りつけると、
「うわっ怒った!」
「ペルシュが怒ったぞ。こえー!」
と、彼らは森の出口へ向かって逃げて行く。
「あいつら!」
「放っておけよ。慣れてるから」
トゥヴァリは無表情になり、ぷいとそっぽを向いてしまう。この子は嘘つきだ、とペルシュは思う。
このまま帰してしまったら、もう一緒に遊ぶ事は二度と無いかもしれない。
「トゥヴァリ、明日行こう。さっきの話、冒険だよ。同じ時間に、ここだからね!」
そう言って、ペルシュは驚く。いつも不機嫌と有名な少年が、すごく嬉しそうに振り向いたからだ。
髪と同じ鳶色の瞳。ペルシュはとても気に入った。
陽が落ちると、アルソリオの町中を飛び回る、丸くぼんやりとした精霊の光がよく見える。日中も光っているけれど、やはり陽が暮れてからの方がはっきり見える。
焼けた肉の香ばしさに誘われ広場へ向かうと、もうたくさんの人が集まっている。
家族を見つけて座る。大体いつも決まった場所だ。
体の大きな父、背が高くて細身の母、体の大きな姉、細身の兄、小さくて細身のペルシュ。精霊がやってくると、目の前にそれぞれに合わせた量の食事が現れる。
ペルシュは温かい肉を掴んでかぶりつく。
「あなた、どこかのルディと遊んだんですって?」
母に言われて、手を止める。さっき逃げて行った内の誰かが、母に告げ口をしたのだ。どうせレニスだろう、とペルシュは思う。
「遊んじゃいけない?」
「ルディに近付くと良くないことが起きるって、昔から言われているわよ」
「なんで? 何が起きるの? 誰が近づいたことあるの?」
ペルシュが聞いても、母は知らんぷりだ。大人は子どもの話には興味が無い。
「ん、んん。水をくれ、今日はいつもより喉が渇くんだ」
父が言うと、水の入ったコップが現れる。それから精霊が寄ってきて父の体の中に入っていく。と思うと、すぐに反対側からふわふわと出て来る。
姉のミルシュカと兄のアーチだけがペルシュの話相手をする。
「誰かがそう言ったんだから、何かあったのよ」
「近づかないに越したことはないさ」
「ルディの子ってどこで生まれたの?」
「どこだって良いじゃないか。精霊王セレニアと宮殿の方々はご存知なんだから」
「いつの間にか、どこかへ居なくなってしまうしね」
「いつの間にかって? どこへ行っちゃうの?」
三人が話し合っていると、
「やあ、こんばんは」
と、誰かに話しかけられる。
「こんばんは、ジェニマスじいさん!」
三人と両親は挨拶を返した。彼は同じ地区に住む一番年上の男性だ。ジェニマスは食事じゃない時にも広場にいるのが好きで、ペルシュやどうしようもないレニスたちに伝説の本を読み聞かせてくれる。
「私の番になったよ。今までどうもありがとう」
ジェニマスはそう言って、全員に握手を求めて歩く。
「そうですか、さようならジェニマスさん」
「こちらこそありがとう」
両親は言う。
ジェニマスの周りを精霊が飛んでいる。ぼんやりと赤い光を放っている。
赤い光は何故か恐ろしい。ペルシュは赤い精霊に近づくのが嫌だったが、唇をきっと結んでジェニマスのそばへ行った。
「嫌だよ、行かないで」
「嫌なんて事はないんだよ。みんな順番に、こうしてきたのだから」
ジェニマスはペルシュの赤毛の頭を撫でながら、穏やかに笑った。
その晩、気持ちの良い布団の中でもペルシュはなかなか眠れないでいた。
(どうして人は死んでしまうんだろう?)
精霊は人の死期を感じると、前の日の晩に赤く光ってそれを伝える。赤い精霊が寄った人はみんなにお別れを言う。ジェニマスは夜のうちに生気が抜けて、宮殿の精霊王の元に運ばれる。抜け殻は森に撒かれて動物が食べる。
その話を教えてくれたのは、ジェニマスだ。
「”人が動物を食い、動物が人を食う。大昔はそうじゃなかったらしいが、もっと大昔はそれが当たり前だった。精霊は魔法で人間を大昔に戻したのだ。“」
窓がぼんやりと光っている。白い光の精霊がペルシュを覗いている。その光がだんだんと近づいて来て、目の前いっぱいに広がっていって、頭の中のごちゃごちゃは全部、真っ白にかき消され――。
(魔法...)
ペルシュは心地の良い眠りについた。
夜が明ける。
目覚めたペルシュは身支度を整え、広場へ走って向かう。
いつもの場所に座る人影が見える。近付くと、人影はいつもより小さくて、座り方も違っていて、ジェニマスではなくて。
「レニス」
「本当に抜け殻だった」
祖父を失った少年は呟く。
昨日、ペルシュたちにちょっかいをかけていたような元気は無いようだ。
「それからパッと、消えたんだ。もう動物に食べられちゃったのかな」
「ジェニマスさんが教えてくれたことじゃないか。きっとそうに違いないよ」
そう答えながら、ペルシュはひっそりと冒険の目的を決めていた。
死んだジェニマスの体がどこへ行ったのかを探す。
居ても立っても居られない気持ちになる。何かすごいことが起きそうな感じがする。
朝食の気配にみんなが集まり始める。精霊がペルシュの体を通り抜けて行った。
「ペルシュ、そいつは親なしだぜ!」
「ルーディー!」
同じ西地区に住むレニスたちが囃し立てる。二人のやり取りをずっと面白がって見ていたのだ。
「何でそんなこと言うんだ!」
ペルシュが怒鳴りつけると、
「うわっ怒った!」
「ペルシュが怒ったぞ。こえー!」
と、彼らは森の出口へ向かって逃げて行く。
「あいつら!」
「放っておけよ。慣れてるから」
トゥヴァリは無表情になり、ぷいとそっぽを向いてしまう。この子は嘘つきだ、とペルシュは思う。
このまま帰してしまったら、もう一緒に遊ぶ事は二度と無いかもしれない。
「トゥヴァリ、明日行こう。さっきの話、冒険だよ。同じ時間に、ここだからね!」
そう言って、ペルシュは驚く。いつも不機嫌と有名な少年が、すごく嬉しそうに振り向いたからだ。
髪と同じ鳶色の瞳。ペルシュはとても気に入った。
陽が落ちると、アルソリオの町中を飛び回る、丸くぼんやりとした精霊の光がよく見える。日中も光っているけれど、やはり陽が暮れてからの方がはっきり見える。
焼けた肉の香ばしさに誘われ広場へ向かうと、もうたくさんの人が集まっている。
家族を見つけて座る。大体いつも決まった場所だ。
体の大きな父、背が高くて細身の母、体の大きな姉、細身の兄、小さくて細身のペルシュ。精霊がやってくると、目の前にそれぞれに合わせた量の食事が現れる。
ペルシュは温かい肉を掴んでかぶりつく。
「あなた、どこかのルディと遊んだんですって?」
母に言われて、手を止める。さっき逃げて行った内の誰かが、母に告げ口をしたのだ。どうせレニスだろう、とペルシュは思う。
「遊んじゃいけない?」
「ルディに近付くと良くないことが起きるって、昔から言われているわよ」
「なんで? 何が起きるの? 誰が近づいたことあるの?」
ペルシュが聞いても、母は知らんぷりだ。大人は子どもの話には興味が無い。
「ん、んん。水をくれ、今日はいつもより喉が渇くんだ」
父が言うと、水の入ったコップが現れる。それから精霊が寄ってきて父の体の中に入っていく。と思うと、すぐに反対側からふわふわと出て来る。
姉のミルシュカと兄のアーチだけがペルシュの話相手をする。
「誰かがそう言ったんだから、何かあったのよ」
「近づかないに越したことはないさ」
「ルディの子ってどこで生まれたの?」
「どこだって良いじゃないか。精霊王セレニアと宮殿の方々はご存知なんだから」
「いつの間にか、どこかへ居なくなってしまうしね」
「いつの間にかって? どこへ行っちゃうの?」
三人が話し合っていると、
「やあ、こんばんは」
と、誰かに話しかけられる。
「こんばんは、ジェニマスじいさん!」
三人と両親は挨拶を返した。彼は同じ地区に住む一番年上の男性だ。ジェニマスは食事じゃない時にも広場にいるのが好きで、ペルシュやどうしようもないレニスたちに伝説の本を読み聞かせてくれる。
「私の番になったよ。今までどうもありがとう」
ジェニマスはそう言って、全員に握手を求めて歩く。
「そうですか、さようならジェニマスさん」
「こちらこそありがとう」
両親は言う。
ジェニマスの周りを精霊が飛んでいる。ぼんやりと赤い光を放っている。
赤い光は何故か恐ろしい。ペルシュは赤い精霊に近づくのが嫌だったが、唇をきっと結んでジェニマスのそばへ行った。
「嫌だよ、行かないで」
「嫌なんて事はないんだよ。みんな順番に、こうしてきたのだから」
ジェニマスはペルシュの赤毛の頭を撫でながら、穏やかに笑った。
その晩、気持ちの良い布団の中でもペルシュはなかなか眠れないでいた。
(どうして人は死んでしまうんだろう?)
精霊は人の死期を感じると、前の日の晩に赤く光ってそれを伝える。赤い精霊が寄った人はみんなにお別れを言う。ジェニマスは夜のうちに生気が抜けて、宮殿の精霊王の元に運ばれる。抜け殻は森に撒かれて動物が食べる。
その話を教えてくれたのは、ジェニマスだ。
「”人が動物を食い、動物が人を食う。大昔はそうじゃなかったらしいが、もっと大昔はそれが当たり前だった。精霊は魔法で人間を大昔に戻したのだ。“」
窓がぼんやりと光っている。白い光の精霊がペルシュを覗いている。その光がだんだんと近づいて来て、目の前いっぱいに広がっていって、頭の中のごちゃごちゃは全部、真っ白にかき消され――。
(魔法...)
ペルシュは心地の良い眠りについた。
夜が明ける。
目覚めたペルシュは身支度を整え、広場へ走って向かう。
いつもの場所に座る人影が見える。近付くと、人影はいつもより小さくて、座り方も違っていて、ジェニマスではなくて。
「レニス」
「本当に抜け殻だった」
祖父を失った少年は呟く。
昨日、ペルシュたちにちょっかいをかけていたような元気は無いようだ。
「それからパッと、消えたんだ。もう動物に食べられちゃったのかな」
「ジェニマスさんが教えてくれたことじゃないか。きっとそうに違いないよ」
そう答えながら、ペルシュはひっそりと冒険の目的を決めていた。
死んだジェニマスの体がどこへ行ったのかを探す。
居ても立っても居られない気持ちになる。何かすごいことが起きそうな感じがする。
朝食の気配にみんなが集まり始める。精霊がペルシュの体を通り抜けて行った。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
Re:コード・ブレイカー ~落ちこぼれと嘲られた少年、世界最強の異能で全てをねじ伏せる~
たまごころ
ファンタジー
高校生・篠宮レンは、異能が当然の時代に“無能”として蔑まれていた。
だがある日、封印された最古の力【再構築(Rewrite)】が覚醒。
世界の理(コード)を上書きする力を手に入れた彼は、かつて自分を見下した者たちに逆襲し、隠された古代組織と激突していく。
「最弱」から「神域」へ――現代異能バトル成り上がり譚が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる