便箋小町

藤 光一

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河童編

7.出張先はおまかせを

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 M市は僕の自宅から電車でおよそ一時間ほど離れた場所に位置する。
事務所と真逆の方向ではあるが通勤時間としては、然程変わらないので苦ではない。
出張所初日は流石に苦戦を強いられた、特に電車での移動時だ。
チップは、そもそも交通機関というモノを使った事がなかったのでどれも衝撃的だったようだ。

 切符売り場では、アナウンスする券売機に向かって「こいつ喋るぞ!」と
喧騒した表情で僕を捲し立て、健気に案内するタッチパネルを恐る恐る触れていた。
路線図を見たと思えば、その目紛しい迷路のような路線を見て狼狽えてしまい、
「なんだ、この迷宮は⁉︎どこのダンジョンマップだ‼︎」などと怯えてしまう。
改札口で切符を通さずゲートを潜ろうとして、進行を妨げるドアが勢い良く胸部を直撃し悶えながら、「て、手形はあるだろう・・!な、なぜ通さねぇ‼︎」と怒り出す。
駅のホームで電車を待っている際も通過していく快速電車を見るや否や、
「おいっ!鋼鉄のワームか⁉︎むちゃくちゃな速度で走り回ってるぞ‼︎
しかも、おい、見ろ!人を腹にため込みながら!」と、電車に向かって指を差していた。
「あれに乗るんだぞ、僕らは。」と回答したら、伸ばした腕は力を失い表情が青ざめていた。
電車に乗る際が特に酷く、ドアの端にがっしりと掴まり出したと思えば、
「嫌だ!まだ死にたくないッ!あの時の事はあやまるからーーッ‼︎出して、出してくれーー!」
と交差する人の流れを物ともせず、大声で懇願した時は、流石に恥ずかしかった。
乗っている間も、落ち着かない様子で座席の上で普段はしない正座をしながら
プルプルと身体を震わせ、「まだか?まだ着かないのか。」と終始涙目だ。

 そんなチップも三日目には慣れてきて、通勤の間はヨダレを垂らしながら寝ている。
ただ、この一週間未だ成果は無く、依頼を拾えていないのが現状だ。
特にここ数日は、終業報告が一番億劫だ。
レポートを送信し終えた一分後には直ぐに電話が鳴り響き、社長の怒号が飛んでくる。
ノイズ混じりの罵声が無秩序にも僕の携帯電話から炸裂弾のように響き渡り、
いつかスピーカーが壊れるんじゃないかと不安を抱いてしまう。
それもあって今日で5日目の通勤は、冷や汗が止まらなかった。
余程、心情が顔に出ていたのかチップに肩をポンっと叩かれて慰められる程だ。不甲斐無い。

 出張所と称したモノは、デパートにあるような催事場とは異っている。
M市の駅前広間に用意されているのは、一見するとクレープ屋の移動販売キッチンカーである。
事務所同様の結界が施されているのか一般の人には、ただのクレープ屋にしか見えないようだ。
しかし、“ギフト”案件を抱えている者には別の物に見えると云うらしい。

 僕自身も高校時代にクレープ屋で、多少ではあるがバイト経験はある。
ただ、ここは経費削減だったのかクレープなのにトッピングが一切無いのは斬新だ。
案件が拾えなくても、このクレープの売上で底上げしようというのが見え見えだ。
トッピングフルーツ無しのオール五百円。売る度に罪悪感を抱いてしまう。

 肩書はクレープ屋の為、僕とチップはベージュ色のエプロンを羽織っており
僕が調理担当でチップが売り子担当となっている。
意外にもチップの売り子についてだが、ぶっきらぼうな口調とその見た目が好評のようだ。
僕には良く分からないが、このギャップが良いようで特に女子ウケしている。
当の本人は、相変わらず終始ムスっとした応対で笑顔は薄い。
「なぁ、お前さぁ・・・。」そんな新人ウェイトレスがこちらへ詰め寄る。
両手を腰に当てて不満げに話しかける。
「顔は悪くねぇんだよ、うん。その目つきどうにかならねーのか?」

 まさかこいつに見た目の指摘を受けるとは思っても見なかった。
確かに学生時代から目つきが悪いとはよく言われていた。曰く目が見開いていないんだとか。
僕自身は特に怒っているわけではないのだが、そう見られ勘違いを引き起こすみたいだ。

「もっと、こう・・、伸びた前髪を上げるとか、その黒い髪を染めるとかさ、あるだろ?」

「ほっとけ。」

 まじまじと僕の顔を凝視し、ぶっきらぼうに改善案を提供し出した。
生憎、少しくらいセットはするけれども、この髪型で気に入ってるんだ。
僕らがそんな何気ない会話をしていると、物語はどうやら動き出したようだ。

 トタタっと、こちらへ近づく足音が聞こえる。大人の足取りとは違い軽快である。
その足音のする方へ目を向けると、そこには帽子を被った少年がこちらへ近付いている事に気付く。
ターコイズブルーの帽子を深々と被り、深緑の半袖に迷彩柄のズボン。
歳は見たところ、十歳前後だろうか。やけに凄い汗を掻いているのは気になるところだが。
しかし駅前広間だというのに、この少年の親は近くに見当たらない。一人なのか?
迷う事無くこの臨時クレープ屋まで走り込み、クレープメニュー表の前で立ち止まった。

「君、どうしたんだい?一人?」

 勢い良く駆け込んだ少年に対し声をかけたが、僕の顔を見るや「ひっ!」と怯え出し
ただでさえ深く被っていた帽子をさらに深く顔を隠すように塞ぎ込む。

「んー、迷子かな。」

 顎に親指を当て考えている横目に、チップはその異変に気付き始めた。

「ある意味、まちがいじゃねーぞ。こいつはくせぇ。」

「こらっ、失礼だろ!」

「そうじゃねぇ、生臭いんだ。」

 真紅の瞳が疑心暗鬼の眼差しで少年を見つめる。生臭いってどういう事だ?
チップは少年へと近付き、迷い無く少年の帽子を掴んで奪い取るように取り上げる。

「ギっ⁉︎」

「やっぱりな、イサム。」

 チップは、取り上げた帽子をこちらへと渡す。その帽子は汗なのかどうかわからないが
妙に湿っているを通り越して濡れていた。触れた指に水滴が付着する程だ。
いくら気温が高いとはいえ、この濡れ具合は異常だ。そう水に浸かってない限りは。

「こいつは、“ギフト”だ。本業開始だぜ?」

 帽子を取り上げた刹那、そこには少年の姿は無く、代わりに異形の存在が佇んでいた。
体格は少年の姿と余り変わらないが、全身は緑色で鱗のような物で覆われている。
口は短い嘴、背中は亀のような甲羅、手足の指の間には水掻きのような扁平したヒレがあった。
髪は茶髪、頭頂部には皿がある。言うまでもない、僕でも知っている“ギフト”だ。

「ゴゴ、ギンゲンゴガギ?」

 河童の容姿をした少年が問いかけるが、明らかに言語が違う。
何を言っているのか全然分からない。疎通出来ない事に気付いたのか当の河童も困惑していた。
身振り手振りでジェスチャーを施すが、お互いやはり伝わらない。
便箋小町に用があるくらいなのだから、こちらに敵意は無いのだろう。
何かを必死に伝えようとしているからこそ、言語の壁は険しくもどかしい。

 現状を改善しようと考える中、ふと出張する前に社長から預かっていた物を思い出す。
古臭くも拳でもう一方の掌を叩いてしまったが、今は気にしない。
キッチンカーの中に忍ばせていたアタッシュケースを取り出し、その場でケースを開ける。
『便箋小町七つ道具』と書かれているが明らかに四つしかない。嫌味だろうか。
社長が予め用意してくれた物で、“ギフト”と対峙した時に使えと言われ渡された。
説明書のような冊子を開き、それらしいものに掴み取る。
見た目は栄養ゼリー剤のような包装で飲み口があるタイプ。
パッケージには『ほんにゃくゼリー・いちご味』と書かれている。
大丈夫か、色んな著作的に?

「イサム、それ何?ゼリー?マスカット味は、無いのか?」

「お前のじゃないし、無い物強請りしないの!」

 チップは物欲しそうな表情でこちらを、というよりはゼリーを見ていた。
欲しがる悪魔を手で払いのけ、ゼリーの飲み口の蓋を開けた状態で河童へ差し出す。
少し警戒気味だったが、その震える手で掴み取り口元へと持っていく。
嘴を大きく開き、勢い任せで包装を握り込み一気にゼリーを押し出す。
流し込むようにゼリーを口の中へと放り込んだ時、その味に気付いたのか大きく目を開く。
そのハニーイエローの瞳を瞬きし、こちらへと振り向く。

「・・・い、苺の味だ。」

 先程の濁音混じりの声は微かに残るが、しっかりと言語が聞き取れる。

「おっ!言葉がわかるぞ、成功じゃないか?」

「おいらの言葉がわかるのかい?」

 ようやく互いの言語が理解できるようになり、少し歓喜したのと同時に安堵する。
お互いに自分の胸に手を当て、浅く呼吸をし気持ちを落ち着かせる。
チップは、どうやらこの河童の臭いが苦手なのか終始眉を歪ませ鼻を摘んでいる。

「ようやく君と話せるようになったね、君はなぜここに?」

「君たちは便箋小町なのだろう?おいらは、君たちを探していたんだ。」

 やはり河童の少年は、便箋小町に用があったようだ。

「僕たちを?」

「これを・・・、これをある人に届けたいんだ。」

 そう言って、背中の甲羅に忍ばせていたモノを取り出す。その時の顔は深刻だった。
何か詰まるような表情で、こちらの顔を伺う。

「いや、正確には・・。おいらは、これを返してあげたいんだ。」

 河童は首を左右に振り、先程の自分の言葉を撤回して何かを決心するように目を合わせた。
取り出したモノは、パール模様に輝くビー玉くらいの大きさの珠だった。
淡く青と緑が混じり合ったような色合いで揺らぐように発光しているこの珠は
一つの生命を包み込むように封じ込め、暖かさすら感じる程、不思議な力を感じる。

「これは?」

 河童の掌に置かれた珠を見つめながら問い出す。
同じく不思議な珠を見ていたチップは目を細めていた。恐らくこれは自分の知っているモノ。
確証は無いがチップは確かめるように指を差す。

「たぶん、これは尻子玉だ。俺も見るのは初めてだけどな。
これを取られると人は、フヌケになると言われるんだ。」

 尻子玉。確かに名前くらいは聞いたことがある。
河童に取られると不味いモノなのだという程度だが。一種の魂みたいなモノなのだろうか。
淡く発光しているのはその為なのか。
ビー玉程度の大きさだと云うのに、それ以上の大きさの力を感じる。
もしこれが一種の魂であれば、その犠牲者が出ている事になる。
つまり、この尻子玉を抜き取られた者がいると云う事になるだろう。

「そんな大層なモノを返すってことは、訳アリなんだよね。」

 仮説を立て、その疑問をぶつける。まずは本人の意思から確認する必要がある。
心情を察するに他者から無理矢理、押し付けられた命令では無いのだろう。
河童は、どこか思い詰めた表情で掌にある尻子玉を見つめていた。

「うん・・・、あの子に返してあげたいんだ。」
 
 深く頷き、ハニーイエローの潤んだ瞳と目が合う。間違いなく本人の意思だった。
誰が決めた訳ではない。この河童の少年本人が覚悟して決心した目だ。
もう疑う必要は無いだろう。こんな時、社長ならどうするかなんて聞くまでもない。
ただ、救いを求める者へ手を差し伸べるだけだ。

「わかった。君の希望のモノを無事に届けよう。」

「おいおい、イサム!勝手に決めていいのかよ?」

 チップが焦るように横槍を入れてきたが気にはしなかった。
僕には、皆のような特別の力は無い。話を聞く事ぐらいだ。だからこそ。

「構わないさ。河童くん、そういえば君の名前は?」

「コツメ。おいらの名前はコツメって言うんだ。」

 コツメと名乗る河童は、憂いを帯びた眼差しでこちらを見ていた。
それは暗がりの部屋から覗き込む一筋の光を掴み取るようにコツメは手を伸ばす。

「コツメ君。」

 差し出されたコツメの手を握り取る。湿った彼の手もバトンを受け取るように握り返す。
まさか僕がこの台詞を言うとは思わなかった。

「便箋小町におまかせを。」

また奇妙な一日が始まるのだろう。
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