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48 二人きりの部屋
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手にしたカップは既に空になってから随分と立っていると言うのに、フェリチアーノはそのカップをテーブルに置く事も無くただ手に持ったまま空虚に眺めていた。
いつの間にかロイズは退室していたが部屋の中の重い空気が無くなる事は無かった。先を考えなければならないが、決まり切っている先など考えたくもない。
軽く唇を噛み締め自身の立場と境遇を嘆いた。ただ唯一良い事と言えば、己の命が短い事だ。
明確に恋心を自覚したからこそ湧き上がるのは紛れも無く醜い独占欲と嫉妬心で、見た事も無い隣国の姫に言いようもない仄暗い感情を向けてしまうのだ。
婚約し結婚すればそんな二人の話を聞かない事などない程に、あちらこちらからフェリチアーノの元に面白おかしく話を持ってくる者が絶えずに現れる事だろう。
いかに彼等がお互いに相応しいか、如何に相思相愛であるだとか、どこに出かけ何を贈りどんな愛の言葉を囁いた。
今まさにフェリチアーノとテオドールがされている事と同じような事が、今度はフェリチアーノを嘲る為に直接的に言われる様になるのは明白だった。
しかし己の命の期限はあと僅か。彼等が仲睦まじそうに寄り添う姿も、王都中に鳴り響くであろう結婚式の鐘の音も、彼らを祝福する吟遊詩人の歌も、そしてフェリチアーノを嘲り笑おうとする人々の声も何もかも聞かなくて済むのだ。
何より嫉妬に狂うであろう醜い姿をテオドールに見せなくて済む。病で苦しむ姿も見せたくは無いが、そんな醜く汚い姿も見せたくはない。
愛する人には綺麗なままの姿と想いを残したままでいて欲しいのだ。
物思いに耽っていれば突然持っていたカップを取られ、視線を上げれば心配そうにフェリチアーノの顔を覗くテオドールが居た。
「何度も呼んだんだけど反応が無かったから心配した」
フェリチアーノの隣に腰を下ろしたテオドールは肩から力を抜くと、腰に腕を回し引き寄せ肩口に頭を預ける。
「少し考え事をしていただけですよ」
「これからの事か?」
その問いにフェリチアーノは曖昧な笑みを返すに留め、話を逸らそうとミリアと何の話をしたのかと聞く。
「姉上にもっとしっかりしろと怒られた。後はそうだな、フェリチアーノの事を大切にしろとも。姉上は俺達の事に賛成らしい」
テオドールの情けなさを詳らかにする様な事ばかりをミリアには言われたが、それをそのままフェリチアーノに言う事を流石にテオドールはしなかった。
ミリアから言われた事はどれも正しい物だとわかるが、それと同時に自分の愚かさや頼りなさまで露呈するものだ。
情けない姿をフェリチアーノには既に見られ知られてはいるが、これ以上そんな無様な姿を晒して嫌われる様な事などしたくはない。
困った様に笑いながら話すテオドールに微笑みながら相槌を打つフェリチアーノは内心ほっとしていた。
ミリアが賛成してくれている事もそうだが、この様子だとミリアが知るのはテオドールが知っている部分だけと言う事だ。
王や王太子はフェリチアーノの体の事はどうやら伏せてくれているらしい。それがどれ程有難いか。
恋情が同情になど変わるなど今更耐えられるわけがない。そんな物を抱えながら悲壮感と共に一緒に居るなどお互い苦しくなるだけなのだから。
一通り話し終えるとテオドールは何処かそわそわと落ち着かない様子をしだし、まだ何かあるのかとテオドールが話し出すのを待ったが、それは一向に来なかった。
「どうしたんですか?」
「あっいや、その」
歯切れが悪くなり少し距離を取ったテオドールにグッと距離を詰めれば、コトンと何かが落ちる音がした。
音の方向に視線を向ければ小さな小瓶が床に転がっている。
「これは……」
ピシリと固まり動かないテオドールを無視し、転がる小瓶を拾い上げればその中身にフェリチアーノは見覚えがあり思わずテオドールを見た。
耳まで赤く染め上げ視線をフェリチアーノから逸らしていたテオドールは、おろおろとしながら小声でミリアから渡されたのだと呟いた。
「成る程……なんというか、お膳立てが凄いですね?」
一緒の部屋にされた時点でまさかとは思っていたが、こうも分かりやすく房事を進められるとは思わず、フェリチアーノは驚きが隠せない。
「姉上は昔から突っ走る癖が凄くて……だからその、これもその一つだと思うから、気にしなくていい」
言葉尻が段々と小さくなっていき未だに目を合わせないテオドールに、これを渡されたテオドールはどう思ったのかとフェリチアーノは聞きたくて仕方がなかった。
逸らされているテオドールの顔に手を当て、そっと自身に向かせ瞳を覗き込みそこにある色がどんな物であるかを探る。
「フェリ……」
赤く染まった顔は熱く、その瞳には僅かに情欲が伺える。
これまで何人もの男女の相手をしてきたが、その誰からであっても欲が灯った目を向けられ、嬉しいと感じた事は無かった。
だがしかしそれが愛しいと感じる人から向けられるとこんなにも違うのかと、フェリチアーノは嬉しさで満たされていき、テオドールに僅かに灯る情欲の炎を育てる様に自ら深く口付けた。
いつの間にかロイズは退室していたが部屋の中の重い空気が無くなる事は無かった。先を考えなければならないが、決まり切っている先など考えたくもない。
軽く唇を噛み締め自身の立場と境遇を嘆いた。ただ唯一良い事と言えば、己の命が短い事だ。
明確に恋心を自覚したからこそ湧き上がるのは紛れも無く醜い独占欲と嫉妬心で、見た事も無い隣国の姫に言いようもない仄暗い感情を向けてしまうのだ。
婚約し結婚すればそんな二人の話を聞かない事などない程に、あちらこちらからフェリチアーノの元に面白おかしく話を持ってくる者が絶えずに現れる事だろう。
いかに彼等がお互いに相応しいか、如何に相思相愛であるだとか、どこに出かけ何を贈りどんな愛の言葉を囁いた。
今まさにフェリチアーノとテオドールがされている事と同じような事が、今度はフェリチアーノを嘲る為に直接的に言われる様になるのは明白だった。
しかし己の命の期限はあと僅か。彼等が仲睦まじそうに寄り添う姿も、王都中に鳴り響くであろう結婚式の鐘の音も、彼らを祝福する吟遊詩人の歌も、そしてフェリチアーノを嘲り笑おうとする人々の声も何もかも聞かなくて済むのだ。
何より嫉妬に狂うであろう醜い姿をテオドールに見せなくて済む。病で苦しむ姿も見せたくは無いが、そんな醜く汚い姿も見せたくはない。
愛する人には綺麗なままの姿と想いを残したままでいて欲しいのだ。
物思いに耽っていれば突然持っていたカップを取られ、視線を上げれば心配そうにフェリチアーノの顔を覗くテオドールが居た。
「何度も呼んだんだけど反応が無かったから心配した」
フェリチアーノの隣に腰を下ろしたテオドールは肩から力を抜くと、腰に腕を回し引き寄せ肩口に頭を預ける。
「少し考え事をしていただけですよ」
「これからの事か?」
その問いにフェリチアーノは曖昧な笑みを返すに留め、話を逸らそうとミリアと何の話をしたのかと聞く。
「姉上にもっとしっかりしろと怒られた。後はそうだな、フェリチアーノの事を大切にしろとも。姉上は俺達の事に賛成らしい」
テオドールの情けなさを詳らかにする様な事ばかりをミリアには言われたが、それをそのままフェリチアーノに言う事を流石にテオドールはしなかった。
ミリアから言われた事はどれも正しい物だとわかるが、それと同時に自分の愚かさや頼りなさまで露呈するものだ。
情けない姿をフェリチアーノには既に見られ知られてはいるが、これ以上そんな無様な姿を晒して嫌われる様な事などしたくはない。
困った様に笑いながら話すテオドールに微笑みながら相槌を打つフェリチアーノは内心ほっとしていた。
ミリアが賛成してくれている事もそうだが、この様子だとミリアが知るのはテオドールが知っている部分だけと言う事だ。
王や王太子はフェリチアーノの体の事はどうやら伏せてくれているらしい。それがどれ程有難いか。
恋情が同情になど変わるなど今更耐えられるわけがない。そんな物を抱えながら悲壮感と共に一緒に居るなどお互い苦しくなるだけなのだから。
一通り話し終えるとテオドールは何処かそわそわと落ち着かない様子をしだし、まだ何かあるのかとテオドールが話し出すのを待ったが、それは一向に来なかった。
「どうしたんですか?」
「あっいや、その」
歯切れが悪くなり少し距離を取ったテオドールにグッと距離を詰めれば、コトンと何かが落ちる音がした。
音の方向に視線を向ければ小さな小瓶が床に転がっている。
「これは……」
ピシリと固まり動かないテオドールを無視し、転がる小瓶を拾い上げればその中身にフェリチアーノは見覚えがあり思わずテオドールを見た。
耳まで赤く染め上げ視線をフェリチアーノから逸らしていたテオドールは、おろおろとしながら小声でミリアから渡されたのだと呟いた。
「成る程……なんというか、お膳立てが凄いですね?」
一緒の部屋にされた時点でまさかとは思っていたが、こうも分かりやすく房事を進められるとは思わず、フェリチアーノは驚きが隠せない。
「姉上は昔から突っ走る癖が凄くて……だからその、これもその一つだと思うから、気にしなくていい」
言葉尻が段々と小さくなっていき未だに目を合わせないテオドールに、これを渡されたテオドールはどう思ったのかとフェリチアーノは聞きたくて仕方がなかった。
逸らされているテオドールの顔に手を当て、そっと自身に向かせ瞳を覗き込みそこにある色がどんな物であるかを探る。
「フェリ……」
赤く染まった顔は熱く、その瞳には僅かに情欲が伺える。
これまで何人もの男女の相手をしてきたが、その誰からであっても欲が灯った目を向けられ、嬉しいと感じた事は無かった。
だがしかしそれが愛しいと感じる人から向けられるとこんなにも違うのかと、フェリチアーノは嬉しさで満たされていき、テオドールに僅かに灯る情欲の炎を育てる様に自ら深く口付けた。
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