【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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 春輝はそのまま、夜が明ける頃まで起きてガベルトゥスと話をしていた。朝になり、悪夢を見ないことをいいことに春輝は眠りにつく。
 控え目なノックがなされ、睡眠を必要としないトビアスが扉を開ければアルバロが立っていた。

「朝食の用意ができて御座います」

 春輝が昼間に眠ることを伝えていなかったトビアスは、アルバロにそう伝えると一瞬、眉を僅かに動かした。

「昨夜もお食べにはなっていらっしゃいません。どこかお悪いのですか?」
「いや、ただ夢見が悪く夜は寝付けないと言うだけだ。昼過ぎには起きてこられる」
「左様で、ではトビアス様の分だけ。食堂でなさりますか?」
「あぁ……いや、こちらで頂く。ハルキ殿も部屋でしか食事を取られないから、昼食も晩餐も全て部屋に持ってきてくれ」
「晩餐もですか? ……かしこまりました」

 怪訝そうな顔をしながら去るアルバロに、トビアスは溜息を吐いた。ドラゴンの鱗がもたらした変化は睡眠を必要としないこと以外にもあった。人間が食べるような食事が食べられないのだ。
 正確には、食べられはするが人間の時のように、それが栄養になることはない。ガベルトゥスが訪れる度に持って来る魔獣か魔物の肉の方が美味く感じてしまうのだ。
 トビアスはアルバロが持ってきた食事は暖炉に捨て、青白い炎を出して跡形もなく消し去ると、春輝が起きるまで静かに周りに気配を探る。
 これもドラゴンの恩恵だ。屋敷の周りぐらいであれば、人がどのように動いているか察知ができるし、聴覚視覚を強化すれば見聞きすることもできる。人間離れする己の変化にトビアスはいちいち驚くのを早々に止めていた。
 王都では結界の影響かこの能力が使えることはなかったため、領地に来るまでの間トビアスは一人この能力を高めることに専念していた。

 多く少なくもない人数の使用人達は朝早くから動き出す。ガベルトゥスが夜毎訪れるので使用人達の行動を監視するのはトビアスにとって重要な仕事の一つだ。
 キャッキャとはしゃぐように洗濯をするメイドや、調理場の音、庭師が庭を整える様子。脳内に次とに浮かんでくる光景と音を見聞きしながら、トビアスは頭に使用人達の動きを叩きこんでいった。
 アルバロの様子を見ようと使用人達の暮らす場所まで覗き見ようとすれば、なにかに阻害され見ることができなかった。



「使用人達の居住場所が見えない?」
「えぇ、何度か試しましたが何かに阻まれているようで」
「怪しいな。何かはあるんだろうが……確かめるか?」

 春輝がそういうと、トビアスは緩く首を振る。使用人が暮らす場所へと立ち入ることなど貴族ではありえないことだ。それは仮にも勇者と英雄とされている春輝とトビアスにも当てはまる。下手に動けば敵に気づかれてしまうだけだ。

「他の場所は問題ないのか」
「あとは霊廟ぐらいですね」
「霊廟か……なぁトビアス。いちかの棺だけど、お前が燃やしてくれないか」
「燃やすのですか?」

 春輝はずっと考えていたことを口にする。王都にも置いておけず、領地に持ってきてはいたが、やはりここにも棺を埋める気にはならなかった。トビアスの、ドラゴンの炎であれば塵の一つも残さず燃やしてしまえる。離れがたいが、元の世界のように火葬してしまうのが最善に思えたのだ。



 夜になり、使用人達が寝静まったことを確認した春輝達は、広大な敷地の奥まった場所にある池まで来ていた。
 棺をひと撫でした春輝はトビアスに目配せをする。すると春輝が棺から十分に離れたことを確認したトビアスが、青白い炎を出し棺を包んだ。
 パチパチと燃える棺を見ながら、春輝はどうしようもない憤りを感じていた。元の世界でも、この世界でも、いちかが心の底から幸せだったかと言われればそうではない。
 必死に守りお互いを支えてきたが結局、最後の時すら守ってやれなかった上に、側にすらいれなかった。小さな妹はどれだけ心細かっただろうか。
 揺らめく火を見ながら、春輝が見ていたのは在りし日のいちかの姿だった。まるで走馬灯のように駆け巡る記憶は、いいものばかりではない。
 けれども記憶の中のいちかは常に春輝に笑顔を向けていた。

 ふと大きな手に顔を掴まれ、上を向かされる。意識が浮上すれば見上げた先には、ガベルトゥス瞳があった。

「燃やしたのか」

 知らずに流れていた涙を拭われ、春輝は視線をガベルトゥスから逸らした。
 色々な感情が綯い交ぜになり、胸の奥底から込み上げ、溢れた涙は止まらない。
 ふわりとガベルトゥスに抱き込まれれば、慣れ親しんでしまった香りと体温に包まれ、春輝は更に感情が乱された。

「俺ならそれを理解してやれる。お前と同じ世界の俺なら」

 激情も、憤りも、確かガベルトゥスであるならば深く理解し共感してくれるだろう。
 一人異世界に取り残され、心細く寂しい思いすらも。同じで合ったガベルトゥスならば。
 それがどれほど、今の春輝には有難いか。離してはならないと強く思うほどに。

 それはガベルトゥスも同じなのだろう。ずっと探していたと言う同じ熱量を持った人間が目の前にやっと現れたのだ。
 お互いに利害の一致から始まってはいるが、今ではそれ以上の感情が乗っていることに流石の春輝も気がついていた。
 だがこれは愛だの恋だのと言うにはあまりにも歪んでいる。
 骨の髄まで、血の一滴まで求めてしまうほどの物は、決して綺麗な感情ではない。
 だがそれすらも一致してしまう辺りには、運命すら感じてしまう。

「物好きなやつ」
「お互い様だろう」

 堕ちる先が一緒なら、怖いものは何も無い。二人はどちらともなく、唇を重ねた。
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