【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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55 それぞれの血の色

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 話し終えたガベルトゥスは、話しながら薄れかかっていた記憶が鮮明に蘇るのを感じていた。
 同時にその時に感じていた憤りも、この世界に対する怒りも。そして途方もない時間、ただただ同じだけの熱量を持って己の隣に立ってくれるような、そんな協力者を求め焦がれ続けていたことも。
 横に座る春輝の頬に軽く触れれば、今度は叩かれることは無かった。待ち望んでいた協力者、けれども今ではそれ以上の感情を齎す存在。するすると指の腹で肌を撫でながら、ガベルトゥスは目を細める。

「人間から魔族に……まさかそんなことが可能だとは」
「仲間を増やそうと大昔に実験したことがあったが、誰も適合せず死んだな。トビアスには死なれたら困るから確実な方法を取ったというわけだ」
「じゃあなんでお前は適合したんだ」
「さぁなぁ、それは俺のもわからない。この世界の人間では適合しないのかもしれない。あぁ、送り込まれてきた勇者で実験すればよかったな」

 ちらりと視線を向けられた春輝はまさかと眉を潜めた。

「まさか俺で実験しようなんて考えてないだろうな」
「そんなことするわけがないだろう? お前に死なれたら困る」

 腰を引き寄せられ、まるで大事だと言わんばかりにすり寄られる。随分とこの気安さにも慣れてしまった。
 春輝は己の手を啄ばむようにしていたガベルトゥスが、己の尖った犬歯で肌を突き破る痛みにガベルトゥスを睨みつける。

「その噛み癖をなんとかしろ。あちこち痛くてしょうがない」

 肌を重ねるごとに噛まれ、まるでマーキングのごとく付けられるそれが嫌ではないのだが、痛みだけはどうにもならない。
 滲む血を見ながら、ふとガベルトゥスの血が魔族や魔獣の色とは別の色だったことを思い出した。

「だからお前の血は紫なのか」
「混ざりものだからなぁ。そのうち青くなるかと思ったが、いくら魔獣やら魔族を食らっても紫のままだ。ハルキの血を見ると、俺が赤かったことを思い出して落ち着く」
「だから噛むのか」
「所有印の意味合いが強いがな?」

 呆れたように春輝が溜息を吐く。だが所有印と言う言葉が春輝の中にしっくりときて、悪くないと思ってしまい、薄く血が滲む場所を撫でてしまう。
 気の利くトビアスが差し出してきたハンカチで血を拭いながら、春輝はトビアスの血の色も変わったのだろうかと疑問に思った。

「トビアスはどうなんだ?」
「私ですか? さぁ何色でしょうか」

 少し考える素振りを見せたトビアスだったが、懐に隠してある護身用の短剣を抜くと、自身の指先を軽く一突きした。
 ガベルトゥスの話を聞き好奇心に耐えられなかったのだ。元は人間であるのはガベルトゥスと同じであるが、成り立ちが違う己の血は何色に変化したのかと。
 春輝もガベルトゥスも興味があるのか、じっとトビアスの行動を観察していた。トビアスは二人が見えやすいようにソファに近づき膝を着く。

「へぇドラゴンの鱗を呑んだやつは青なのか」
「完全に魔族……いえ魔獣になったと言うことでしょうか」
「そういうことだろう。そのうちドラゴンの姿にもなれるだろうよ」
「ドラゴンの姿ですか」

 唖然とするトビアスだったが、対して春輝は楽し気に口元を緩ませたのをガベルトゥスは見逃さなかった。

「なんだハルキ、ドラゴンが見たいのか?」
「それは、まぁ多少は。向こうにはいなかっただろ。それに映画とかゲームに出てくるような奴なら格好いいじゃないか」
「俺も初めて見た時は驚いたし、その気持ちはわからなくはないが……アイツ相手に嬉しそうにされると嫉妬してしまうんだがな」

 余裕がある風な態度を取りながらも、気に食わないとばかりに見つめてくるガベルトゥスに、春輝はニヤリと笑う。

「魔王様が嫉妬か。一体俺の何が良いんだか」
「魔王だろうが関係ないな。お前が肌身離さず持っているそのうさぎのぬいぐるみにまで嫉妬してしまうんだ。哀れに思うなら早く俺に溺れて欲しいものだ」

 演技がかったように言ってくるガベルトゥスだが、ぬいぐるみにまで嫉妬してしまうと言う発言に、春輝は思わず笑いを堪えられず噴き出してしまう。

「笑うなハルキ。それがお前にとって大事なものだとわかっているから消さないだけだぞ? それはトビアスも同じだ」
「これに手を出したらもう一度俺が殺すからな」
「ははっ怖いことだな。せいぜい殺されないように努めたいところだが、それはハルキ次第だ」
「エロおやじ」
「どうとでも」

 楽しそうにじゃれ合う二人の光景に、トビアスは胸を撫でおろす。いちかが居なくなってからと言うもの、春輝がこうして気を緩めて接する相手はトビアス以外にはいなかった。
そのトビアスですらも、ガベルトゥスに対して見せるような表情は見せることはない。お互いがお互いを深く求めているのが見ていて分かるほどの感情を、トビアスには向けはしないのだ。
恋人同士のそれではあるが、それ以上に深い繋がりを二人は持っているようにトビアスは感じていた。
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