【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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83 嫉妬

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「あれでよかったのか?」

 サイモンが去った部屋の中、ガベルトゥスは春輝に疑問を投げかけた。生かしておく利点を春輝に告げたのはガベルトゥス自身であるが、この場で殺せとトビアスに命じてもおかしくはないと思っていたからだ。

「情報は多い方が良いだろう? 殺すのはいつでもできるんだから」

 素っ気なく返してくる春輝にガベルトゥスは少しばかり驚きながらも、衝動的に行動をしない春輝を労うように頭をぐしゃりと撫でる。
 手を払おうと春輝が手を払おうとした瞬間見えた顔には、怒りを納めようと耐えていたのか僅かに口の端から血が見えていた。

「おいハルキ」
「なんだよ、っんぐ!」

 逃げないようにしっかりと春輝の顔を固定したガベルトゥスは、深く口づけその血を舐め取った。
 妖精の粉が入った料理は食べさせてはいないが、その味は未だ元に戻ることはない。舌の上で蕩けるような味は、大分薄まりはしたが苦みが口の中に広がり美味しいとは思えなかった。

「はぁ……まだ不味いな」
「だったら舐めなきゃいいだろうが」

 ぐっと胸元を押し距離を取った春輝だが、その表情はまんざらでもなさそうだった。素っ気ない態度を取りつつも、ガベルトゥスのことを決して拒みはしない春輝は本当に猫のようだ。
 それが可愛いくて堪らず、必要以上に揶揄ってやりたくなるし構いたくもなる。絶妙にガベルトゥスの心をくすぐり離さない。時折見せる底の見えない執着心を持つ春輝はこの上なく堪らない存在だ。

そんなことを考えつつ、ふと壁に所狭しと並べられた絵に視線を移す。その多くはこのオーグリエの王族たちなのだろうとわかる肖像画だった。
 器用に片眉を上げたガベルトゥスは、視線を次々に数多の肖像画へと滑らしていく。トビアスと共に部屋から出ようとした春輝の視線を感じるが、ガベルトゥスは探さずにはいられなかった。

「おいガイル、なにを探して……」
「しー……」

 春輝を黙らせなおも壁に掛けられた絵を見ていけば、奥まったところに目当ての物が飾られてあった。
 王冠を被り傲慢さが絵にすら滲ませる男と、その隣でティアラを着け軽く微笑んでいる男。なんと憎らしい存在か。まるでその時の感情が吹き上がるようにガベルトゥスを襲った。肖像画を見るガベルトゥスは知らずの内に口角が上がり、獰猛な笑みを浮かべる。

「セルジュ」

 そう呟いたガベルトゥスの声を春輝が聞き逃すわけがなかった。聞き覚えがあるその名は誰だったか。
 あと一歩で思い出しそうだったその時、気が付けばいつの間にか王宮を離れ馬車は離宮へと着いていた。
ちらりと見たガベルトゥスは先程の様子からは変わり、いつもと同じ表情をしている。“セルジュ”そう呟かれた名前を思い出した春輝は、腹の底から燃えるような嫉妬が沸き上がっていた。
 その名はガベルトゥスとこの世界に一緒に召喚された、かつての恋人の名で間違いない。そんな存在をわざわざあの場で探すほど、ガベルトゥスは気にしていると言うことだ。
 既に二百年前に死んでいるし、ガベルトゥスを裏切りこの国の王族と結婚した男。だがそれがどうしたというのだ。怒りのあまり魔王にすらなったガベルトゥスが、わざわざそんな男の肖像画を探した理由は一体なんだ。

 部屋に入っても無言の春輝を不思議に思ったのか、ガベルトゥスが気づかわしげに声を掛けてくる。

「どうしたハルキ、やはりアレを殺した方が良かったか?」

 全くの見当違いのことを訪ねてくるガベルトゥスに、春輝は舌打ちをすると考えるまでもなく聖剣の力を借り、ガベルトゥスをベッドの上へと押し倒した。
 驚くガベルトゥスをそのままに、その上半身に馬乗りになった春輝は抜いた聖剣をガベルトゥスの顔の真横に突き立てる。
 その瞬間勢いよく羽毛が空中へと舞い上がる。目を見開いたまま動かないガベルトゥスに、春輝は問いかけた。場合によってはこの場で殺してもいい。

「なぁガイル。セルジュはそんなに大事か?」
「なんでその名が出てくるんだ」
「あの肖像画を見て漏らしてただろうが」

 酷く暗い瞳を向けられたガベルトゥスは、春輝の急な豹変の原因に行き着き思わず目を細めた。
 無意識に声を出していたガベルトゥスだが、これはこれで良かったのではと思えた。春輝が聖剣の力を使ってまでガベルトゥスを押し倒したのは、紛れもない嫉妬ゆえだ。嬉しくないわけがない。
 笑みを浮かべるガベルトゥスに春輝は更に不機嫌さを増していく。そんな春輝の腕を掴みぐっと自身に近付けさせると、ガベルトゥスは春輝の耳元で囁いた。

「なんだハルキ、嫉妬でもしたか?」
「だったらどうする」

 素直にそう答える春輝にガベルトゥスはこの上ない喜悦を覚え、そのまま春輝に深く口づけた。
 遥か昔のかつての恋人への恋情など消え去っている。今は春輝しか必要ではないのだ。あっさりと覆されるちんけな愛情よりも、この上なく暗く深すぎるところまで求めて離そうとしない物の方が何倍にも良い。

「安心しろ、俺はお前だけの魔王だ。そうだろう?」

 そう言ってやれば僅かに安心したのがわかる。だが根の深い所ではその炎はくすぶり続けるのだろう。
 どうすればこの気持ちが伝わるだろうかと、ガベルトゥスはその夜いつも以上に激しく春輝を求めた。
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