転生勇者と滅びゆく世界

六剣

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プロローグ1 転生する勇者

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 レヴナントは元々は貧困が問題の小国として知られていた。
 それが大国として成り上がった背景には王を補佐する多くの人材によって成し遂げられたと伝わっているが、最も大きな要因は国王――ハイロスの存在だった。
 ハイロスは優秀な一人の文官より多くの指南を受け、それが貧困に喘いでいた祖国を救い、大国へと発展するキッカケとなった。

 文官の名前はシエーナ・グローメル。
 彼女は身内の間ではシーナと言う愛称で呼ばれ、ハイロスも彼女の事は家族の様に信頼していた。
 シーナは難民奴隷の出自だが雇用による選定の時に誰よりも高い成績を収め、ハイロスの護衛兼、教育係として選ばれたのである。
 まつりごとで父との接点が少なく兄妹も居ないハイロスは早くに母も亡くし、シーナを姉のように思っていた。彼女もハイロスの事を家族のように接し、二人の絆は王子と配下の枠を超えて行くのに時間はかからなかった。
 ハイロスが20になる頃、前王が崩御し、王位を継承したハイロスは祖国の民を貧困から救うために、他国の領地を取り込むことを決意する。
 だが、それは武力によるものではなく、互いに手を取り合って協力関係を築こうという意思からだった。
 生まれながらに持つカリスマと英才教育によって培ったの王としての風格は、同じ様に貧困に喘いでいた国々を繋ぐ大きな要素として機能していく。
 小国は同盟国として盟約を誓い、その先頭に立つハイロスは小国から搾取していた帝国を打ち倒さねば後ろの者たちを救うことが出来ないと思うようになっていた。
 歩けば歩くほど、ハイロスの護るモノは大きくなり、それに押しつぶされず乗り越えられたのは妻の存在と、幼少の頃より傍に仕えたシーナが支えてくれたからだった。
 同盟国に賛同する国は日に日に増え、その規模が帝国も無視できないほどに大きくなった時、同盟国の代表であるハイロスは帝国の王と対話する機会を得た。
 しかし、話し合いは決別。帝国はハイロスを殺すために刺客を放ったが、話し合いの場に同席していた仲間たちの命を賭した活躍によって阻止された。
 ハイロスはただ一人帰還したが、多くの友を失った怒りは収まることは無く、同盟国は卑劣な帝国の行動に対して怒りに燃えた。
 当時、シーナはハイロスに命じられて、彼の妻と子供を護る為に傍を離れていたのだった。




「陛下。少しお話をよろしいでしょうか?」
「何用だ? シーナ。これからの動きは先ほどの会議で全て話した」
「存じています。帝国と戦になるのですね……」
「俺が馬鹿だった。帝王は最初からそのつもりで話に応じたのだ。多くの友が俺を生かすために殺された」
「……陛下。帝国と同盟軍の力はほぼ拮抗しています。今の状態で戦になれば民に負担を強いる事になります」
「それでも討たねばならん! そうでなければ、ここまで集った者たちは何のためにこの場に居るのだ!?」
「義は我々にあります。帝国も一枚岩ではなく、こちらに傾こうとする勢力もあるようです。後数年で帝国の力は今の三分の二に落ちるでしょう」
「此度の決裂を忘れ、その数年を内政に向けろとお前は言うのか!?」
「ここまで同盟国が大きくなったのは、陛下の采配で多くの犠牲を抑えてきたからです。賢王ハイロスは、貧民を傷つけず、見捨てず、手を差し伸べる。その意思があるからこそ、皆が陛下の元に集うのです」
「それでは遅いのだ! 此度の奸計かんけいによって話し合いの段階はとうに超えた! お前でも解るだろう!」
「冷静になってください。陛下は後ろから続く者たちの希望にならなければならないのです」
「……この話はここまでだ。俺はお前の話してくれた【勇者】の様にはなれん」
「それではダメなのです! 陛下!」
 去って行くハイロスの背はシーナの声が届かないほどに遠くへ行っていたのだった。





「……やっぱり、ダメなの? 何で……何で……人はこうも間違ってしまうの?」

 レヴナントの中央広場。人気のない深夜にシーナは星空を見上げて呟いていた。
 彼女の手には鞘に収まった一つの剣。世界の果てにいても、【勇者】が望めばその手に戻る『聖剣』の持ち主は、今まで一度も変わったことは無かった。

「それでもロス様。貴方は……貴方こそは、この世界を救ってくれると信じています」

 シーナは『聖剣』を逆手に持つと広場の中央に突き立てた。
 帝国との戦が終わってレヴナントに戻った時、小さい頃に話してくれた夢をもう一度思い出してくれることを願って――

 その数日後、帝国の暗殺者からハイロスの妻子を護る為にシーナは命を落とす。
 それは彼女が50歳になった年だった。
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