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プロローグ3 旅の意思
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爆発が起こる度にソルガの身体が爆炎に包まれる。ザイオンが指を動かすと、それに呼応するように爆発が起こっていた。
ソルガは近接ならば、爆発は起こせないと推測し接近を試みるが、爆煙による視界不良を利用されザイオンは常に一定の距離を取り続けている。
『ザ・ソード』
鞭のようにソルガの腕がしなる度に周囲が紙細工のように刻まれていく。しかし、ザイオンは十分な余裕をもって躱しつつ爆破を継続していた。
『……』
すると、不意にソルガはザイオンへの追撃を止め、その場に立ち尽くす。
「どうした?」
『無駄だと悟った。この身体では貴様の速度にはついていくには性能不足のようだ』
「そうか。なら、大人しく塵になれ」
と、ソルガを囲むように四方から竜の戦士たちが続々と駆け付ける。皆が、実戦を経験した戦士であり、一人一人が一国の中隊に匹敵する戦闘力を持つ。
「お前の負けだ。【魔王】にも伝えろ。ワシらの平和を脅かした代償は高くつくとな」
『必要ない。ワタシの目的は既に達したからだ』
「なに?」
『お前たちは外に出た時点で敗者となった。逃げ場はない』
その場にいる竜たちは少し太陽の光が強くなったと感じた程度だった。
ソレは音もなく、躱す間もなく、強い光を上空に感じる。空からの極太の光線がザイオンを、その場にいる戦士たちを呑み込むように降り注いだ。
高熱の光線は里を焼き尽くす。
「今のは……なに?」
坑道の中に居たセラは外からの猛烈な光を感じて、入り口を向き直った。
時間にして数秒程度の閃光は外を埋め尽くし、もとの光量へと戻る。家屋の殆んどが灰になり、火の手が上がっていた。
「おい、セラ! 何が起こった!?」
坑道内で片腕を治療中だった戦士の男は、先ほどの閃光が何なのかを奥から聞いてくる。
「わからない……」
そして、里の惨劇を目の当たりにして目を疑った。
家屋は一つ残らず火の手が上がり、いくつかの民家はガラガラと崩れ落ちる。地面は草鞋を履いていても焼けるように熱せられており、まるで燃えている様に温度が高い。
「!? まずい!」
セラは坑道の入り口を外で守っていた同胞たちが焼け爛れて倒れている様子に駆け寄る。地面の熱さを気にしている場合ではなかった。
「……うう……」
かろうじて生きていた。意識を失わせないように強く呼びかけながら坑道内へ運び、治療をお願いする。
「セラ。今のは敵の攻撃?」
「私も何が起こったのか……」
治療する女医の言葉にも正確な返答が出来ない。
魔力の反応も魔法陣の展開もなかった。何が空から降って来たのか惨状を目の当たりにした今でも答えが出ない。
他にも倒れている同胞を全員運び終えたところで、同じように外で戦っているザイオンたちの事を思い出す。
「師匠――」
「おい、待て! セラ!!」
制止の声も聞こえぬまま、セラは師の元へ走り出していた。
今のは一体なんだ……?
ザイオンは不意に受けた高熱に気を失って倒れたと認識した。あたりが焦げ臭い。防衛本能で働いた魔法による防護と、魔力を練り込んで作ってある衣服によって身体は焼け爛れる程度で収まっている。
「……ぐ……」
起き上がろうと地面を触れると掌が焼け、呼吸をすると肺が焼ける様に息苦しい。魔力を集中し周囲の温度を調整する。
周囲では同じように同胞たちが倒れていた。無事な者は一人もおらず、皆が地に伏してかろうじて生きている状況だ。
『言っただろう? お前たちの敗北だと』
ソルガだけが勝者のように立っていた。若干、装甲から煙が出ているものの、行動に支障はない様子でザイオンたちを見下ろしている。
『驚嘆に値する。『サテライト』をまともに受けて、形は元より生きているとはな』
「貴様……」
『ワタシは効率を重視する。今一度、選択の機会をやろう。『太古の結晶』はどこにある?』
「……言うと思うか?」
『同胞が死ぬぞ?』
ザイオンを含むその場に倒れている竜たちは魔力を自らの再生に回し、急速に身体を動かせるだけの状態へ回復させていく。
後、数分だけ時間が稼げれば再び立ち上がる事が出来るのだ。それまで何としてでも時間を――
その時、ザイオンの眼にソルガを背後から強襲するセラの姿が映る。
『新手か』
完全に死角にいるセラにソルガは気づいていた。振り返りつつ、ブレード状態の腕部を薙ぐ。
「セラ!」
セラは身体を逸らしてソルガの股下を滑り抜けるように回避すると、向き直しながら拳と掌を合わせる。
「『古式』地縛り」
地面に魔法陣が現れると、地面が流動しソルガの身体を巻きつくと拘束する。動きが止まった。
「竜弾」
セラは小柄な全身を連動させ、大地を強く踏みしめた掌底打をソルガの胴体に叩き込む。拘束が砕け散る程の衝撃は内部に居たソルガへは数倍の威力となって伝わっていた。
『――――終わりか?』
「!?」
ソルガは倒れないどころか微動だにしなかった。セラは後方にステップで距離を取ると、再び『地縛り』を発動する。
『オーラ・ショック』
蛇のように拘束しようとした地流はソルガに触れる前に、弾けるように吹き飛んだ。そして、その長身からは想像もつかない速度でセラに接近する。
『ザ・ソード』
「竜鱗を出し側面で受けよ!!」
ザイオンからの指示に、セラは咄嗟に両腕に鱗を展開。“竜眼”も同時に発動し、ソルガの手刀による薙ぎ払いを、培った技量と動体視力で受け流していく。
『ほう』
しかし、徐々に斬撃の速度が上がっていき、捌ききれなずに頬や肩に少しずつ傷が入っていく。
『防げていると思うか?』
セラは他に意識を向けるほどの余裕は全くなかった。瞬き一つでも行えば、容易く首か胴体を切断されてしまう極限状態にある。
「ぬぉぉぉ!!」
ザイオンは何とか立ち上がろうと、身体を動かすがどうやっても後一分は起き上がれない。他の戦士達も同じ状況であった。
目の前で仲間が刻まれていく様をただ見ているしかない。
「はぁ……はぁ……」
死が目の前にある。早くなるソルガの斬撃に対し、セラの捌きは徐々に遅くなっていく。それでも、彼女は一心に攻撃を見て受け流し続け――
「あ――」
ピタ、と斬撃を止めたソルガのフェイントに対応できなかった。
『お前は弱いな』
肩から袈裟懸けに斬撃が見舞われる。
斬られた。そう感じた瞬間、セラは全身の力が抜けるのを感じて膝を着いていた。極限の集中が切れた事による反動もあり身体に力が入らない。
痛い……息が……上手くできない……
『もう一度だ』
「く……」
ソルガはセラの首を掴み上げる。セラは抵抗するようにソルガの腕を掴むが、意味は殆どない行動だった。
『十秒後、『サテライト』による砲撃を行う。次は生き残れるかな?』
空を指差すソルガはセラを掲げたまま、衰弱した彼女では“光の砲撃”に耐えられない事を倒れている竜たちに見せつけていた。
『五』
ソルガの言葉は先ほどの“光の砲撃”が自らで制御しているものだと告げていた。
『四』
誰も立ち上がれない。ザイオンはようやく肘が動くようになるが、たとえ立ち上がったとしてもセラを救う事は――
『三』
選択が必要だった。同胞の命か、全てを犠牲にし世界を救うと決めた【勇者】の意思を無駄にするのかを――
『二』
セラの身体から力が抜けて、ただソルガに吊るされるがままになる。袈裟懸けの傷から致死量の血が流れ出ていく。
『一』
「わかった! やめろ!」
ザイオンが叫んだ。セラは僅かに眼を開けて師を見る。
「『太古の結晶』はここにはない」
『どこにある?』
「セクメトゥームの遺跡だ。そこに【勇者】が隠した」
ソルガはセラを放し、何かを確認するように額に手を当てる。
『嘘ではないようだな。他の三つはどこだ?』
「それは知らん……【魔王】を封印した時に世界に散った。ワシが知っているのはそれだけだ」
『……良い選択をしたな、空襲竜ザイオン。こちらも約束は護ろう』
すると空間がねじれる様に円形の穴が目の前に開く。その穴の向こうは周囲とは別の景色が見えていた。
『考えておくと良い。【勇者】と【魔王】のどちらにつくのかをな』
それだけを言い残し、ソルガは穴の向こうへと去って行った。
セラは朦朧とする意識の中、僅かにも届かなかったソルガの背を見ている事しか出来なかった。
数日後。ソルガの襲撃による傷もある程度癒えた竜たちは、里の家屋の建て直しを行っていた。
建築に関する知識を持つ者が率先して指示を出しながら、包帯の取れない戦士たちも無理をせずに時間をかけて、必要な建物から優先していく。
「いやぁ、久しぶりに負けたのぅ! かっかっか」
臨時で建てた屋根付きの診療所に、ザイオンは包帯まみれで治療を受けていた。
竜族は全種族では再生力も高い部類だが、ソルガの放った『サテライト』は少し特殊であったらしく思ったように治癒が進まない。
「笑い事じゃないですよ、長老。敵の攻撃もわからない以上、この地は安全ではありません」
女医は呆れながらも、まだ100年は死にそうにない里長に薬湯を手渡す。
「攻撃は空からだ。それも相当なエネルギーが一瞬で降って来た」
ザイオンは里を焼き尽くした攻撃の正体を見抜いていた。ソルガが空を指刺した事と、地面が猛烈な熱を帯びていた事からも空からの攻撃であると結論は出ている。
「結界を張る。それも隕石の直撃にも耐える奴をな。それで、とりあえずは大丈夫だ」
「本当に大丈夫ですか?」
「昔、あの手の敵と戦ったことがある。奴らは魔法を使わず、数字の積み重ねで動く兵隊だ」
「数字の積み重ね?」
「なんといったかの。カナクとか【勇者】は言っとった。まぁ、考えても始まらん。そういう敵がいる、と認識してるだけでも十分だろう」
ザイオンとその場で治療を受けている竜たちは既に敗北者から、戦士の眼に戻っている。
「次は勝つぞ」
「……包帯まみれで何言ってるんですか。皆さんは全治二週間ですからね。それまでは包帯を取ったらダメですよ」
「恰好がつかんのぅ。どれ、リハビリでもするか」
と、ザイオンは立ち上がる。運ばれた当日よりはしっかり身体は動く。だが、再生能力の衰えは年を重ねる度に実感していた。
セラは一人、山の中でいつも修業をしてる場所に来ていた。特に傷が深かった事もあり、里の復興作業にはまだ入れないので、リハビリと称して山まで歩いてきたのである。
「…………」
身体には肩から斜めに通る傷が未だ残る。それは自分が未熟である事、到底敵うような相手ではなかったと、知らされた証拠だった。
お前は弱いな――
ソルガの言葉を思い出し岩を殴る。いつも拳を鍛えるために打を行っている鍛錬用の岩だが、今回は特に痛く感じた。
私は……一体どうすれば良かったの?
「安静にしていろと、言われなかったか?」
そこへ、ザイオンが姿を現した。彼の姿を見たセラは顔を見られないように背を向ける。
「身体が動くようになったので、リハビリです」
「奇遇だな。ワシもだ」
ザイオンはセラの鍛錬によって踏み均された地面と、血の跡がついた岩などを見てまわる。
「ふむ。ここで鍛錬を積んでおったか」
「はい。ですが、それは無意味であったとわかりました。こんなことをしていては強くなれなかった」
お前は弱い――
言われなくても分かっている。
お前は弱いな――
何度も言われなくても……
「分かっているんだ!! 私は弱い! 弱いんです!! 師匠……私は何もできなかった! 何も……出来なかったんです!」
セラは振り向きながらザイオンに告げる。感情があふれ、涙が止まらない。
里を、仲間を、師匠を傷つけられて何も出来なかった。それどころか、何もなす術もなく敵に殺されかけた。
「弱くない……そう証明したかった! でも……でも師匠……何をしても強くなれない私は……どうやって強くなればいいんですか?!」
その場に崩れ落ち、セラは俯く。師がどんな顔をして自分を見ているのか見たくなかったのだ。きっとこんな事を言う自分には失望しただろう。
「次は勝て」
師の言葉にセラは顔を上げる。ザイオンは背を向けて歩いて行く所だった。
「お前に頼みたい事がある。もし、受けるつもりなら声をかけろ」
夕飯までには戻って来いよ、と彼は片手を上げて去って行った。
強くなりたかった。
理不尽な物事に抗うだけの強さが欲しかった。
兄弟子に“弱い”と言われて闘志が湧いた。彼が里を出るまで何度も何度も手合わせを重ねたが、結局は一度も勝つことは出来なかった。
私は這いつくばってばかりだったのだ。
それから、何年も一人で修業をした。兄弟子を見返したくて、自分は弱くないのだと証明したくて、日が昇る前から日が暮れるまで延々と鍛え続けた。私は諦めたくなかった。
お前は弱いな――
決定的だった。まるで相手にならず、一方的に負けた。
兄弟子の言っていたことが紛れもない真実であると証明された瞬間だったのだ。
これ以上、迷惑はかけられない。これ以上、我儘を言ってはいられない。戦士なら戦士の仕事がある様に、女には女の仕事があるからだ。
次は勝て――
けど、師匠は……師匠だけは私の事を私以上に疑っていなかった。
夜になり、大きな焚火を囲って里の者達は集まって炊き出しを食べていた。
里の食糧庫は保存用も兼ねて強固に造ってあり、魔法による防護もあったため完全には崩壊せず、一部の食材は使用できた為である。
ザイオンは焼けた手紙の事を思い出し、同時に里を離れている四人の同族にどのように現状を知らせようかと考えている所だった。
「やはり、『ハイライン』に連絡を頼むしかないか」
「鳥族の通話組織ですか?」
と、セラはザイオンの分の炊き出しを持って現れた。彼に手渡すと隣に座る。
「四人の内一人はそろそろ帰ってきそうな気がするが、状況が状況だからのぅ」
現在里を離れている四体の竜。
四人はザイオンからの頼まれごとだったり、自身の意思だったりと、各自異なる事情で里を離れている。セラの兄弟子であるゼスもその内の一人だった。
「師匠。私に出来る事はありますか?」
その言葉にザイオンはセラが前に進む事を選んだのだと理解し思わず笑みを浮かべる。
「お前には直接連絡を取りに行ってほしい」
「兄弟子にでしょうか?」
「いや、【勇者】だ」
600年前に【魔王】を封じた張本人。その一族に接触するのが師の頼みたかったことであるとセラは察する。
「わかりました。今、【勇者】の一族はどこに?」
「何を言っておる。【勇者】に直接会いに行くのだ」
「【勇者】は私たちのように長寿なのですか?」
「そんなわけはない。奴は人間だ」
「では……600年も生きているハズは無いですよね?」
セラの質問にザイオンはようやく合点が行き、ちゃんと説明しなかった自分が悪かったと額を軽く叩く。
「すまんすまん、事情を説明しよう。【勇者】は転生を繰り返しているのだ。今はレヴナントに居る」
ザイオンはソルガの襲撃があった日に呼んでいた手紙の内容を思い返していた。
【勇者】は今、レヴナントの王都で暮らしているとの事である。
ソルガは近接ならば、爆発は起こせないと推測し接近を試みるが、爆煙による視界不良を利用されザイオンは常に一定の距離を取り続けている。
『ザ・ソード』
鞭のようにソルガの腕がしなる度に周囲が紙細工のように刻まれていく。しかし、ザイオンは十分な余裕をもって躱しつつ爆破を継続していた。
『……』
すると、不意にソルガはザイオンへの追撃を止め、その場に立ち尽くす。
「どうした?」
『無駄だと悟った。この身体では貴様の速度にはついていくには性能不足のようだ』
「そうか。なら、大人しく塵になれ」
と、ソルガを囲むように四方から竜の戦士たちが続々と駆け付ける。皆が、実戦を経験した戦士であり、一人一人が一国の中隊に匹敵する戦闘力を持つ。
「お前の負けだ。【魔王】にも伝えろ。ワシらの平和を脅かした代償は高くつくとな」
『必要ない。ワタシの目的は既に達したからだ』
「なに?」
『お前たちは外に出た時点で敗者となった。逃げ場はない』
その場にいる竜たちは少し太陽の光が強くなったと感じた程度だった。
ソレは音もなく、躱す間もなく、強い光を上空に感じる。空からの極太の光線がザイオンを、その場にいる戦士たちを呑み込むように降り注いだ。
高熱の光線は里を焼き尽くす。
「今のは……なに?」
坑道の中に居たセラは外からの猛烈な光を感じて、入り口を向き直った。
時間にして数秒程度の閃光は外を埋め尽くし、もとの光量へと戻る。家屋の殆んどが灰になり、火の手が上がっていた。
「おい、セラ! 何が起こった!?」
坑道内で片腕を治療中だった戦士の男は、先ほどの閃光が何なのかを奥から聞いてくる。
「わからない……」
そして、里の惨劇を目の当たりにして目を疑った。
家屋は一つ残らず火の手が上がり、いくつかの民家はガラガラと崩れ落ちる。地面は草鞋を履いていても焼けるように熱せられており、まるで燃えている様に温度が高い。
「!? まずい!」
セラは坑道の入り口を外で守っていた同胞たちが焼け爛れて倒れている様子に駆け寄る。地面の熱さを気にしている場合ではなかった。
「……うう……」
かろうじて生きていた。意識を失わせないように強く呼びかけながら坑道内へ運び、治療をお願いする。
「セラ。今のは敵の攻撃?」
「私も何が起こったのか……」
治療する女医の言葉にも正確な返答が出来ない。
魔力の反応も魔法陣の展開もなかった。何が空から降って来たのか惨状を目の当たりにした今でも答えが出ない。
他にも倒れている同胞を全員運び終えたところで、同じように外で戦っているザイオンたちの事を思い出す。
「師匠――」
「おい、待て! セラ!!」
制止の声も聞こえぬまま、セラは師の元へ走り出していた。
今のは一体なんだ……?
ザイオンは不意に受けた高熱に気を失って倒れたと認識した。あたりが焦げ臭い。防衛本能で働いた魔法による防護と、魔力を練り込んで作ってある衣服によって身体は焼け爛れる程度で収まっている。
「……ぐ……」
起き上がろうと地面を触れると掌が焼け、呼吸をすると肺が焼ける様に息苦しい。魔力を集中し周囲の温度を調整する。
周囲では同じように同胞たちが倒れていた。無事な者は一人もおらず、皆が地に伏してかろうじて生きている状況だ。
『言っただろう? お前たちの敗北だと』
ソルガだけが勝者のように立っていた。若干、装甲から煙が出ているものの、行動に支障はない様子でザイオンたちを見下ろしている。
『驚嘆に値する。『サテライト』をまともに受けて、形は元より生きているとはな』
「貴様……」
『ワタシは効率を重視する。今一度、選択の機会をやろう。『太古の結晶』はどこにある?』
「……言うと思うか?」
『同胞が死ぬぞ?』
ザイオンを含むその場に倒れている竜たちは魔力を自らの再生に回し、急速に身体を動かせるだけの状態へ回復させていく。
後、数分だけ時間が稼げれば再び立ち上がる事が出来るのだ。それまで何としてでも時間を――
その時、ザイオンの眼にソルガを背後から強襲するセラの姿が映る。
『新手か』
完全に死角にいるセラにソルガは気づいていた。振り返りつつ、ブレード状態の腕部を薙ぐ。
「セラ!」
セラは身体を逸らしてソルガの股下を滑り抜けるように回避すると、向き直しながら拳と掌を合わせる。
「『古式』地縛り」
地面に魔法陣が現れると、地面が流動しソルガの身体を巻きつくと拘束する。動きが止まった。
「竜弾」
セラは小柄な全身を連動させ、大地を強く踏みしめた掌底打をソルガの胴体に叩き込む。拘束が砕け散る程の衝撃は内部に居たソルガへは数倍の威力となって伝わっていた。
『――――終わりか?』
「!?」
ソルガは倒れないどころか微動だにしなかった。セラは後方にステップで距離を取ると、再び『地縛り』を発動する。
『オーラ・ショック』
蛇のように拘束しようとした地流はソルガに触れる前に、弾けるように吹き飛んだ。そして、その長身からは想像もつかない速度でセラに接近する。
『ザ・ソード』
「竜鱗を出し側面で受けよ!!」
ザイオンからの指示に、セラは咄嗟に両腕に鱗を展開。“竜眼”も同時に発動し、ソルガの手刀による薙ぎ払いを、培った技量と動体視力で受け流していく。
『ほう』
しかし、徐々に斬撃の速度が上がっていき、捌ききれなずに頬や肩に少しずつ傷が入っていく。
『防げていると思うか?』
セラは他に意識を向けるほどの余裕は全くなかった。瞬き一つでも行えば、容易く首か胴体を切断されてしまう極限状態にある。
「ぬぉぉぉ!!」
ザイオンは何とか立ち上がろうと、身体を動かすがどうやっても後一分は起き上がれない。他の戦士達も同じ状況であった。
目の前で仲間が刻まれていく様をただ見ているしかない。
「はぁ……はぁ……」
死が目の前にある。早くなるソルガの斬撃に対し、セラの捌きは徐々に遅くなっていく。それでも、彼女は一心に攻撃を見て受け流し続け――
「あ――」
ピタ、と斬撃を止めたソルガのフェイントに対応できなかった。
『お前は弱いな』
肩から袈裟懸けに斬撃が見舞われる。
斬られた。そう感じた瞬間、セラは全身の力が抜けるのを感じて膝を着いていた。極限の集中が切れた事による反動もあり身体に力が入らない。
痛い……息が……上手くできない……
『もう一度だ』
「く……」
ソルガはセラの首を掴み上げる。セラは抵抗するようにソルガの腕を掴むが、意味は殆どない行動だった。
『十秒後、『サテライト』による砲撃を行う。次は生き残れるかな?』
空を指差すソルガはセラを掲げたまま、衰弱した彼女では“光の砲撃”に耐えられない事を倒れている竜たちに見せつけていた。
『五』
ソルガの言葉は先ほどの“光の砲撃”が自らで制御しているものだと告げていた。
『四』
誰も立ち上がれない。ザイオンはようやく肘が動くようになるが、たとえ立ち上がったとしてもセラを救う事は――
『三』
選択が必要だった。同胞の命か、全てを犠牲にし世界を救うと決めた【勇者】の意思を無駄にするのかを――
『二』
セラの身体から力が抜けて、ただソルガに吊るされるがままになる。袈裟懸けの傷から致死量の血が流れ出ていく。
『一』
「わかった! やめろ!」
ザイオンが叫んだ。セラは僅かに眼を開けて師を見る。
「『太古の結晶』はここにはない」
『どこにある?』
「セクメトゥームの遺跡だ。そこに【勇者】が隠した」
ソルガはセラを放し、何かを確認するように額に手を当てる。
『嘘ではないようだな。他の三つはどこだ?』
「それは知らん……【魔王】を封印した時に世界に散った。ワシが知っているのはそれだけだ」
『……良い選択をしたな、空襲竜ザイオン。こちらも約束は護ろう』
すると空間がねじれる様に円形の穴が目の前に開く。その穴の向こうは周囲とは別の景色が見えていた。
『考えておくと良い。【勇者】と【魔王】のどちらにつくのかをな』
それだけを言い残し、ソルガは穴の向こうへと去って行った。
セラは朦朧とする意識の中、僅かにも届かなかったソルガの背を見ている事しか出来なかった。
数日後。ソルガの襲撃による傷もある程度癒えた竜たちは、里の家屋の建て直しを行っていた。
建築に関する知識を持つ者が率先して指示を出しながら、包帯の取れない戦士たちも無理をせずに時間をかけて、必要な建物から優先していく。
「いやぁ、久しぶりに負けたのぅ! かっかっか」
臨時で建てた屋根付きの診療所に、ザイオンは包帯まみれで治療を受けていた。
竜族は全種族では再生力も高い部類だが、ソルガの放った『サテライト』は少し特殊であったらしく思ったように治癒が進まない。
「笑い事じゃないですよ、長老。敵の攻撃もわからない以上、この地は安全ではありません」
女医は呆れながらも、まだ100年は死にそうにない里長に薬湯を手渡す。
「攻撃は空からだ。それも相当なエネルギーが一瞬で降って来た」
ザイオンは里を焼き尽くした攻撃の正体を見抜いていた。ソルガが空を指刺した事と、地面が猛烈な熱を帯びていた事からも空からの攻撃であると結論は出ている。
「結界を張る。それも隕石の直撃にも耐える奴をな。それで、とりあえずは大丈夫だ」
「本当に大丈夫ですか?」
「昔、あの手の敵と戦ったことがある。奴らは魔法を使わず、数字の積み重ねで動く兵隊だ」
「数字の積み重ね?」
「なんといったかの。カナクとか【勇者】は言っとった。まぁ、考えても始まらん。そういう敵がいる、と認識してるだけでも十分だろう」
ザイオンとその場で治療を受けている竜たちは既に敗北者から、戦士の眼に戻っている。
「次は勝つぞ」
「……包帯まみれで何言ってるんですか。皆さんは全治二週間ですからね。それまでは包帯を取ったらダメですよ」
「恰好がつかんのぅ。どれ、リハビリでもするか」
と、ザイオンは立ち上がる。運ばれた当日よりはしっかり身体は動く。だが、再生能力の衰えは年を重ねる度に実感していた。
セラは一人、山の中でいつも修業をしてる場所に来ていた。特に傷が深かった事もあり、里の復興作業にはまだ入れないので、リハビリと称して山まで歩いてきたのである。
「…………」
身体には肩から斜めに通る傷が未だ残る。それは自分が未熟である事、到底敵うような相手ではなかったと、知らされた証拠だった。
お前は弱いな――
ソルガの言葉を思い出し岩を殴る。いつも拳を鍛えるために打を行っている鍛錬用の岩だが、今回は特に痛く感じた。
私は……一体どうすれば良かったの?
「安静にしていろと、言われなかったか?」
そこへ、ザイオンが姿を現した。彼の姿を見たセラは顔を見られないように背を向ける。
「身体が動くようになったので、リハビリです」
「奇遇だな。ワシもだ」
ザイオンはセラの鍛錬によって踏み均された地面と、血の跡がついた岩などを見てまわる。
「ふむ。ここで鍛錬を積んでおったか」
「はい。ですが、それは無意味であったとわかりました。こんなことをしていては強くなれなかった」
お前は弱い――
言われなくても分かっている。
お前は弱いな――
何度も言われなくても……
「分かっているんだ!! 私は弱い! 弱いんです!! 師匠……私は何もできなかった! 何も……出来なかったんです!」
セラは振り向きながらザイオンに告げる。感情があふれ、涙が止まらない。
里を、仲間を、師匠を傷つけられて何も出来なかった。それどころか、何もなす術もなく敵に殺されかけた。
「弱くない……そう証明したかった! でも……でも師匠……何をしても強くなれない私は……どうやって強くなればいいんですか?!」
その場に崩れ落ち、セラは俯く。師がどんな顔をして自分を見ているのか見たくなかったのだ。きっとこんな事を言う自分には失望しただろう。
「次は勝て」
師の言葉にセラは顔を上げる。ザイオンは背を向けて歩いて行く所だった。
「お前に頼みたい事がある。もし、受けるつもりなら声をかけろ」
夕飯までには戻って来いよ、と彼は片手を上げて去って行った。
強くなりたかった。
理不尽な物事に抗うだけの強さが欲しかった。
兄弟子に“弱い”と言われて闘志が湧いた。彼が里を出るまで何度も何度も手合わせを重ねたが、結局は一度も勝つことは出来なかった。
私は這いつくばってばかりだったのだ。
それから、何年も一人で修業をした。兄弟子を見返したくて、自分は弱くないのだと証明したくて、日が昇る前から日が暮れるまで延々と鍛え続けた。私は諦めたくなかった。
お前は弱いな――
決定的だった。まるで相手にならず、一方的に負けた。
兄弟子の言っていたことが紛れもない真実であると証明された瞬間だったのだ。
これ以上、迷惑はかけられない。これ以上、我儘を言ってはいられない。戦士なら戦士の仕事がある様に、女には女の仕事があるからだ。
次は勝て――
けど、師匠は……師匠だけは私の事を私以上に疑っていなかった。
夜になり、大きな焚火を囲って里の者達は集まって炊き出しを食べていた。
里の食糧庫は保存用も兼ねて強固に造ってあり、魔法による防護もあったため完全には崩壊せず、一部の食材は使用できた為である。
ザイオンは焼けた手紙の事を思い出し、同時に里を離れている四人の同族にどのように現状を知らせようかと考えている所だった。
「やはり、『ハイライン』に連絡を頼むしかないか」
「鳥族の通話組織ですか?」
と、セラはザイオンの分の炊き出しを持って現れた。彼に手渡すと隣に座る。
「四人の内一人はそろそろ帰ってきそうな気がするが、状況が状況だからのぅ」
現在里を離れている四体の竜。
四人はザイオンからの頼まれごとだったり、自身の意思だったりと、各自異なる事情で里を離れている。セラの兄弟子であるゼスもその内の一人だった。
「師匠。私に出来る事はありますか?」
その言葉にザイオンはセラが前に進む事を選んだのだと理解し思わず笑みを浮かべる。
「お前には直接連絡を取りに行ってほしい」
「兄弟子にでしょうか?」
「いや、【勇者】だ」
600年前に【魔王】を封じた張本人。その一族に接触するのが師の頼みたかったことであるとセラは察する。
「わかりました。今、【勇者】の一族はどこに?」
「何を言っておる。【勇者】に直接会いに行くのだ」
「【勇者】は私たちのように長寿なのですか?」
「そんなわけはない。奴は人間だ」
「では……600年も生きているハズは無いですよね?」
セラの質問にザイオンはようやく合点が行き、ちゃんと説明しなかった自分が悪かったと額を軽く叩く。
「すまんすまん、事情を説明しよう。【勇者】は転生を繰り返しているのだ。今はレヴナントに居る」
ザイオンはソルガの襲撃があった日に呼んでいた手紙の内容を思い返していた。
【勇者】は今、レヴナントの王都で暮らしているとの事である。
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そんな関係のあたしたち。
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