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本編
15. a special day for you
しおりを挟む昼下がりの執務室。
いつもは主である悠祈がひたすら書類と格闘するその空間に、今日は屋敷の者が勢揃いしている。
家令のエリヤ、側近のエノク、家事担当のウィン、使い魔のイヴ…つまり、綾祇以外の全員だ。
今日は平日のため、綾祇はいつも通り学校へ通っている。
今頃一生懸命授業をきいていることだろう。
なぜそんなタイミングに屋敷の者たちを集めたのかといえば…
「綾祇くんの誕生日をお祝いしようと思うんだ」
悠祈のそんな提案ゆえ。
すでに何度目かになるこの集まりは、ありがたいことにまだ綾祇本人には気づかれていない。
極秘に準備して、思いっきりびっくりさせたいという悠祈の悪戯心…もとい、親心だ。
綾祇。
悠祈が1年ほど前に保護した、とても霊力の高い少年だ。
死神に1度ならず2度までも命を狙われ、悠祈がこの屋敷で保護して養育している。
綾祇の保護にあたり、彼の家族に話をしに行った際の無関心さを思い出して、悠祈は心の中で苦い顔をした。
「綾祇クンの好きな料理、いくつかわかりました!あとはケーキをどうするかなんですケド…」
「ぼっちゃまは甘味がお好きなようですからね。いっそのこと何種類か作って段重ねにしてみては?」
「ぼっちゃんの好きなケーキっていうと…チョコレートケーキにチーズケーキにアップルパイにモンブランだったか」
調理担当のウィンは、綾祇が一緒に暮らすようになってから、様々な料理を出しては彼の反応を確認していたようで、すでに料理の目星をつけていた。
家令のエリヤや側近のエノクも、あまり接点が無いとはいえ、1年近くも一緒に過ごしているので、少しずつ好みを把握してきているようだ。
この調子なら、料理の方は問題なく喜んでもらえるだろう。
なにより綾祇は、ウィンの作る料理がとても好きなのだ。
「問題は…プレゼント、だよねえ」
悠祈のひと言に、全員天を仰いだ。
綾祇に何をプレゼントすると喜んでもらえるのか、皆目見当がつかないのだ。
悠祈の執務机に座り込むイヴも、同じように天を仰ぎ考えている。
「「「「「うーん…」」」」」
しばしの沈黙。
のち、なにかを思いついたのか、ウィンが「あっ」と声を上げる。
なにか名案が?と問う視線が一気にウィンに集まった。
「悠祈サンの持ち物とか、なにか悠祈サンに関係するものだったら喜ぶと思いマス」
「僕?」
「たしかに、それは名案ですね。ぼっちゃまが喜ぶのは間違いないかと」
「ああ見えてユウキ様大好きっ子だからなあ、あのぼっちゃん」
そう。
最初こそ悠祈に反抗的だった綾祇だが、2度目に助けられて以降は悠祈に対する態度が徐々に軟化したのだ。
正式に悠祈が保護者となってからは、少しずつだが打ち解けようと努力しているし、服のセンスが壊滅的な悠祈のためにコーディネートを引き受けるようになった。
それだけでなく、学校に行き始めるようになる前後から、悠祈を尊敬している様子が見受けられる。
最近、悠祈の本職…神聖騎士団の総団長…を知ってからは特に顕著なのだ。
だから、敬愛する悠祈にまつわるものを貰えば間違いなく喜ぶはず、とウィンたちが思い至ったのは当然の流れかもしれない。
「僕に関するものなんて貰っても嬉しくないと思うよ」
悠祈の言葉にがくりと項垂れる面々。
自分に向けられる好意にはとことん鈍いひとだと分かっているのだが。
「主様、ぼっちゃまは間違いなく喜ばれますよ。なにかいい物はありませんか」
「と言われても…」
エリヤの言葉に、何かないかと考えをめぐらせる悠祈。
そんな主を固唾を呑んで見守るエリヤとエノクとウィンとイヴ。
4対の目に晒されながら、うんうん悩んで悩んで悩み抜いて…
「ユウキ、あれはどうだ?」
「あ。そういえば」
使い魔のイヴの言葉になにかを思い出した悠祈が、引き出しから取り出したのは…手のひらにのるほど小さな青い化粧箱。
ぱかりと開くと、その中には1組のピアス。
銀色の台座に深い緑の石がはめこまれただけのシンプルなものだが、そこには悠祈の霊力が込められている。
「近いうちに渡そうと思って用意していたんだけど…どうだろう?」
誕生日のプレゼントとして用意したものではないからか、はたまたここ1年ほどで自分のセンスのなさを自覚したからなのか。
少し心配そうに3人を見遣る悠祈に、無言で大きく頷いた。
これほどまでに嬉しいプレゼントはないだろう。
銀色と深い緑色、まるで悠祈を示すかのような色の組み合わせだ。
しかも、化粧箱の青色は、神聖騎士団総団長のみに許された色でもある。
おそらく、騎士団の伝手を頼りに選んだものなのだろう。対応した商人の気遣いが窺えた。
前から悠祈の夕焼け色のピアスに興味を持っていた綾祇を知っているウィンは、心の中で大きくガッツポーズをしたくらいだ。
「主様の加護がついたこのピアスでしたら、ぼっちゃまもより安全になりますね」
「なによりも固い守りだな!」
エリヤもエノクも文句なしで賛成のようだ。
チョイスが間違っていなかったことに、悠祈は密かに安堵した。
これで少しでもあの少年が喜んでくれたらいい、と願いながら。
■■■
ある日の昼下がり。
今日は遅めの昼食になると言われていた綾祇は、ウィンに呼ばれて食堂に向かっていた。
なんのことはない、いつものヒトコマ。
大扉を開けて中に足を踏み入れた瞬間
「誕生日おめでとう、綾祇くん」
扉の向こうには、王子様のように着飾ったこの屋敷の主が、両手いっぱいの花を抱えて佇んでいた。
驚きのあまり1歩も動けなくなった少年の背中を、ウィンがそっと押す。
そのまま辺りに視線を向けると、笑顔で彼を見つめるエリヤとエノク。
嬉しそうに飛び回って花びらを撒き散らすイヴ。
テーブルいっぱいの色とりどりの料理。
いつの間にか隣にやってきた、お母さんのように優しい笑顔を浮かべたウィン。
そして目の前の、まるで悪戯が成功したこどものように楽しそうに目を細めている悠祈。
綾祇は一体何が起きているのか、全く理解出来ていなかった。
これまで綾祇が家族に誕生日を祝ってもらったことなど1度もない。
だからこの目の前の光景が、自分のために用意されたものだと言われても理解が追いつかないのだ。
ウィンに手を引かれ、いつもは悠祈が座る席に案内されると、目の前にはタワーのような5段重ねのケーキ。
よくよく見てみると、一番下からチョコレートケーキ、チーズケーキ、アップルパイ、モンブラン、そしててっぺんにはシュークリーム。
どれもこれも、綾祇がこの屋敷にきてから食べて大好きになったスイーツだった。
何も言えず、少し目を潤ませながらケーキを見つめる綾祇の姿を見て、エリヤとエノクがとても嬉しそうに目を細めた。双子らしくまったく同じ顔だ。
「どうやらエノクの勘はあたりだったようですね」
「だろ?ぼっちゃんの好きなケーキはこれだと思ってたんだよな」
「ウィンの事前調査も大成功のようですよ。料理も気に入っていただけているようです」
「綾祇クンの好みもきちんと把握しましたからネ」
エリヤとエノクとウィンの軽快なやりとりから、今日のこの日はだいぶ前から準備されていたのだと遅まきながら理解する。
あらためてテーブルを見渡すと、どれをとっても綾祇が好きでしかたない料理たち。
「…あ、りがと…」
慣れない場で、何を言っていいかわからず、口にできたのはたったひと言。
でも、ちいさな声も聞き漏らさなかったのか、その場の全員がとても嬉しそうに笑った。
それからは、ウィンが甲斐甲斐しく世話を焼き、綾祇にあれこれとひっきりなしに給仕して、悠祈たち大人組は少しのお酒も嗜みつつ、穏やかで優しい雰囲気の誕生日会が進んでいく。
5段重ねのケーキタワーをどのケーキから食べるのか真剣に悩んでいたかと思えば、どれも美味しかったらしくおかわりまでしている綾祇。
今はエリヤやエノクたちから心ばかりのプレゼントを貰い、嬉しそうな笑みを見せている。
そんな姿を微笑ましく見つめながら、悠祈はふと懐かしい日を思い出した。
両親に家を追い出された悠祈を拾ってくれた養父も、こんな風に初めての誕生日を盛大に祝ってくれたのだ。
無意識に耳元に手を伸ばして触れたのはピアス。
鮮やかな赤ともオレンジとも見える夕焼け色のそれ。
あの日、あの時、養父がくれた大切なお守り。
悠祈は、テーブルの端に置いた小さな化粧箱の中身を思い出して、思わず笑みをこぼす。
自分が養父にしてもらった事を、同じように綾祇にしようとしている自身にくすぐったさを覚えた。
そっと化粧箱を手に取り、ウィンやイヴと楽しそうに食事を楽しむ綾祇のもとへ足を向けた。
「綾祇くん。あらためて、誕生日おめでとう。僕からきみへのプレゼントだよ」
椅子に座ったままの綾祇に視線を合わせるように跪き、差し出された悠祈の手のひらにのった小さな青い化粧箱。
きょとんとしつつ、そっと手を伸ばして箱を受け取り、ゆっくり開けた途端、綾祇の目が大きく見開かれて潤みだした。
まるであのときの自分を見ているかのような姿に、悠祈は思わず小さく笑った。
おそらく、後ろに控えているエリヤとエノクも同じことを思い出したのだろう。
ウィンにいたっては、綾祇につられて涙が浮かんでいる。
「きみの身が安全であるように。僕の力を練りこんだピアスだよ。できれば身に付けて欲しいけど、あまり好みでなかったらごめんね。僕はその…綾祇くん曰く、センスが壊滅的だから」
手元のピアスと悠祈の瞳を何度も何度も見比べていた綾祇は、少し自信なさげに目尻を下げる悠祈に、勢いよく横に首を振った。
違う、そうじゃない。
そう必死に伝えるかのような仕草に、悠祈はほっと息をついた。
綾祇はといえば、御伽噺の王子様のように珍しく着飾った悠祈が、自分の目の前に跪きこちらを見ている様に軽く混乱し始めている。
それを知ってか知らずか、剣士なのにいまだに細く白い指でするりと綾祇の耳たぶに触れると、柔らかな笑顔を見せた。
「ピアスの穴を開けるのは、僕よりもエリヤに任せる方が間違いないから。綾祇くんが身に付けたくなった時にはエリヤに相談してね」
耳たぶに触れた指先で、今度は綾祇の目じりに溜まった涙を軽く拭う悠祈。
破壊力抜群の王子様アクションに言葉をなくした綾祇は、ただひたすらコクコクと頷くだけ。
それでも手元の化粧箱はぎゅっと胸元で抱きしめられていて、よほど嬉しかったのだということが誰の目にも伝わった。
普段は鈍い悠祈でさえも、喜んでもらえていることがわかったのか、嬉しそうに目を細めている。
「ぼっちゃま。いつ開けましょうか?」
「…あの…今、でも…いいですか…」
■■■
月明かりの差し込む悠祈の自室。
ひと通りの見回りを終えて屋敷に戻ると、すでに綾祇は眠った後で。
できるだけ音を立てないように気を配りつつ、エリヤの手を借りながら寝支度を整えた悠祈は、静かに窓際のソファーで外を眺めていた。
思い出したのは昼間の綾祇のこと。
まさかあんなに喜んで貰えるとは思わず、ほんのり温かい気持ちになった。
「よろしゅうございましたね、ユウキ様。とても懐かしい気持ちになりましたよ」
珍しく悠祈を名前で呼んだ美貌の家令が、音もなく紅茶のおかわりを注いでいく。
きっとこの家令は、悠祈が初めて誕生日を祝ってもらった日のことを言っているのだろう。
応えるように悠祈は小さく笑みを浮かべた。
「養父上のようにはなれないけれど…兄のように思ってもらえたら嬉しいかな」
誰にともなく呟いた言葉は、月明かりの部屋に溶けて消えていく。
側で聞いていた家令は嬉しそうに目元を緩めた。
主のささやかな願いはすでに叶っていることは、美貌の家令以外まだだれも知らない。
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