猫被りの恋。

圭理 -keiri-

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遅すぎる自覚 《高校2年生・春》

第7話 とどかない

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〈SIDE: 蒼夜〉


やっと気づいた淡い想いは、同時に強烈な罪悪感を連れてきた。
ただ純粋に無邪気に想っていられたら良かったのに。
こんな不誠実な想いは、きっと君には届かない。





















時間を刻む秒針の音が耳の奥に響いている。
身体がまるで何かに乗っ取られているかのようにだるい。
何もかも投げ捨ててどこかに消えてしまいたいと思う。



……叶わぬ願いだけれど。





ぼんやりと天井を見上げて思うのは、スイのこと。
俺をとらえて離さない、少し変わった面白いひと。
いつも俺の少し先を歩いてるその背中が眩しくて。
手を伸ばしてみるけれど、触れることはかなわない。



(近くて、遠い…)









わかってた。
スイは俺の記憶の中のあの人と同じじゃない。
猫を被って本心の見せないようにしていた俺をわざと引っ張り出して、何もかも曝け出させようとしたあの人。
冷たさに慣れた俺を、ぬるま湯に放り込んで寒さを思い出させたあの人。
俺が気づいた時には、もう別の道を歩んでいたあの人。

ずっと見ないようにしていた。
気づかないようにしていた。
自覚しないようにしていた。
でもあの人とだぶる君に近付きたいと思った。
今度こそあの人に近づくような気がして。




最低の感情。




違う人なんだってわかってた。
でも夢を見ていたかったんだ。

『俺にたくさんの感情ものを見せてくれた、あなたにもう一度逢えた』って。

だって、あの人は俺に『抱きしめられることが温かいこと』を教えてくれたから。
『思いを向けられることの温かさ』を教えてくれたから。
だから俺はいつも無意識のうちにあの人と同じ温もりを求めていた。
スイのその後ろに、いつもあの人の面影を探していたんだ。




スイに重なるあの人の面影を見なくなったのはいつからだったか。
あの人が全てだった俺の心に、いつの間にかスイの笑顔と声が広がっていた。
ただ俺はその事実に気付くのが遅かった。
夢を見ていたから。
現実から逃げていたから。
あの人の手が俺に触れないという事実を認めたくなかったから。
目の前の彼を見ていなかったから。





氷神ひかみってさ、オレを見てないよな」




スイの言葉に、冷え切った水を頭からかけられたような衝撃だった。
気づいてたんだ、俺の最低な気持ちに。行為に。
それと同時に俺の中にもうあの人の面影がひとかけらもなくて、ただスイだけが溢れているって自覚した。
じゃれ合うような甘ったるい触れ合いも、閉じ込めてしまいたくなるような衝動も。
そうしたいと思うのは、それがスイだから。






(今更気付いたって、遅い)



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