幻獣を従える者

暇野無学

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005 身支度

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 「旦那様、ユリアン様を送っていった馬車が戻りましたが・・・」

 「それがどうした?」

 「領境まで送りました所で問題が起きた様です」

 「もっとはっきりと言え!」

 「ブルザス達が、ユリアン様を亡き者にしようとして失敗した様です」

 「糞ッ、又コリンヌが勝手な事をしたのか」
 「それで、ブルザス達は死んだのか」

 「それが御者のホルスの申しますに、全員衣服を剥ぎ取られて数珠繋ぎにされ、馬車の所まで連れてこれたそうです。その際に、ユリアン様が不穏な事を申されたそうです。その内容と同じ物が、馬車の背後に貼り付けられていたので御座います」

 そう言って執事のロベルトが一枚の紙を差し出した。

 エラートが用紙を受け取り目を通すと、苦々しげに「父上不味い事になりましたよ」と告げる。
 エラートの差し出した用紙を受け取り読み進む伯爵の顔が怒りに震える。

 「コリンヌを呼べ! 来なければマルセンス侯爵家にも傷が付くと言ってやれ」
 「御者のホルスも呼べ」

 呼ばれてやって来たホルスは、ユリアンの言った事を詳しく問い質された後で、問題の用紙を突きつけられて責められた。
 だが、ブルザス達を制圧したユリアンに脅されて、ファブリスの街に向かったホルスの罪は問えなかった。

 「それで、ファブリスの門を通過したところで衛兵に呼び止められて此を渡されたのだな」

 「はい、そうで御座います。ユリアン・・・様の申しました事を一刻も早くお伝えしようと急いでおりましたもので、全然気付きませんでした」

 「此を、衛兵以外の者達も見ていると思うか?」

 「入門待ちの列が出来ておりましたものですから・・・」

 「ユリアンの言った事や此のことは忘れろ!」

 エラートはそれだけを告げてホルスを下がらせた。

 * * * * * * *

 「貴方、何を騒いでいますの」

 「これを見ろ! 何故ユリアンを殺せと命じた!」
 「コリンヌ夫人、黙っていれば騒ぎにならないものを、何故騒ぎを大きくしようとするのですか」

 「あの女の血が気に入らないからよ」

 「お忘れでしょうが、それは私も同じですよ。余り好き勝手をなさるのなら私にも覚悟があります。マルセンス侯爵家を道連れにしてみせますから」

 「あら、中々のお覚悟。大恩あるマルセンス侯爵家を敵に回すと仰いますの」

 「それは父上のことだ。私の覚悟を見せてあげましょうか」

 怒りに震える顔で睨み付けられて、コリンヌの顔色も変わり腰が引けた。

 「エラート落ち着け。今は対策を考える時だ」

 「落ち着けですと。アルベール街道でブルザス達を並べて、これと同じ言葉をペラペラ喋られては我が家の面子は丸潰れです。此の女の所業が噂になれば、マルセンス侯爵もさぞやお喜びでしょう。貴女も相応の覚悟はしておいた方が宜しいですよ」

 「そんな馬鹿な。お父様が私を・・・」

 「馬鹿な娘や息子を切り捨てて放り出した家など、山程あります。ご存じないのですか。貴女も気に入らないからと、ユリアンを放り出させたではないですか」

 自分の失態に震えるコリンヌを無視して、ロベルトを側に呼ぶ。

 「我が伯爵家を誹謗中傷する噂や文書が広められていると、警備兵や騎士達に伝えろ。噂をしている者達を捕らえて噂の元を確かめる様に命じろ。宜しいですね、父上」

 「だが、噂の元となるユリアンを捨て置く訳にはいかないぞ」

 「彼奴は時々変な事を口走るが、馬鹿ではありません。彼奴を手配したり殺そうとすれば噂が真実だと思われますので、噂する者達だけを取り締まらせましょう。他家や王家から問い合わせが来るでしょうが、少々性格に難があり行状不届きに付き放逐したと申せば宜しいかと」

 「そうだな、騒げば彼奴の思い通りになる。コリンヌも静かにしていてくれ。マルセンス侯爵殿には、私から話を通しておこう」

 マルセンス侯爵が仕組んだことか、それとも行状の悪かったコリンヌを押しつける為か、まんまと嵌められて好き勝手をさせる父親に苛立っていた。
 それと、コンラートとレオナルトにヘルディナの3人には、母親同様余計な事をしない様に釘を刺しておかねばならない。

 「ロベルト、使用人達にはユリアンは頭の出来が少々思わしくなく、性格粗暴にして伯爵家の一員に相応しからぬ故に、放逐したと伝えておけ。彼奴の事を訊ねられたら、そう答える様に言い含める事をわすれるな!」

 エラートがロベルトに命じている間に、コリンヌ夫人は執務室を抜け出して自室に逃げ戻った。

 「エラート、マルセンス侯爵家を敵に回す気か?」

 「敵に? 父上はあの女の噂をご存じないのですか、マルセンス侯爵の遣り口もです。この街にも王家の手の者が潜んでいるのは御存知でしょう。噂になれば呼び出されて問い質されます。その時に、あの男が助けてくれるとお思いですか。我々が危うくなれば、あの女と奴の子供達が我が家を食い荒らしてくれるでしょう。裏で操るのはあの男です」

 * * * * * * *

 ラッフェルの街を過ぎればオルソンで、この先が領境をはさんでプラシドの街が在る。
 プラシドは近すぎるので、その先のウルフレントで必要なものを手に入れる事にした。
 ホルスの話ではウルフレントはフルンベルト伯爵領なので、オリブィエ伯爵の影響は少ないだろうと思う。
 ラッヒェルからウルフレントまで馬車で3日だが、誰にも見られない様にと街道からつかず離れずに進んだ為に六日目の昼過ぎに到着した。

 遠くにウルフレントの街が見えた時に、貴族の子弟として伸ばすことを許されていた髪を短く切り、銀貨と銅貨十数枚を革袋に入れてから街道を歩いて街に向かった。

 ラノベで読んだ話では、身分証の無い物は街に入るのに入場料を取られるそうだ。
 ウルフラントに来た目的は冒険者登録で、出身地はプラシドの街外れの名も無き集落と決めている。
 通用するかどうかは運次第で、駄目なら本気の隠形がどの程度有効か試す事になりそうだ。
 オリブィエ伯爵邸内で使用人相手や、野獣ではそれなりに有効だったので大丈夫だろうと思う。

 錆び付いた剣を下げ、肩掛け鞄一つなので用件を尋ねられたが、冒険者登録に来たと告げると銅貨2枚を要求されてあっさりと通してもらえた。
 南門から真っ直ぐ10分程進めば、丸い楯に槍と剣が交差する看板が冒険者ギルドだと教えてもらい真っ直ぐに進む。

 「よう兄ちゃん。冒険者登録に来たのか?」

 声を掛けてきたのは、冒険者パーティーらしき五人組で女性も混じっている。

 「まぁ、用を済ませたら登録するつもりですけど、2、3週間は無理ですね」

 「そうか、俺達はウルフレントを拠点にする雷鳴ってパーティーだ。いきなり1人では難しいので、何処かに属するのなら俺達の事を覚えておいてくれ」

 「ご縁がありましたらお願いしますね」

 若い五人組で悪意はなさそうだが此の街に腰を据える気はないので、必要な物を手に入れる為に冒険者ギルドの先に在る店に向かった。
 冒険者御用達の店、看板には〔冒険者の店〕ってまんまの名前で呆れる。

 「いらっしゃい・・・初めて見る顔だな。登録に来たのか?」

 「この街で用を済ませたら登録するつもりだけど、取り敢えず、確りとしたブーツと服が欲しいのですが」

 頭の天辺から足下まで見られてから、ブーツ売り場から案内してくれた。

 「ブーツも服もピンキリだが、予算は?」

 「ピンのお値段は?」

 呆気にとられた様に俺の顔を見てくるので「後でランク3のマジックポーチを買うつもりだ」店の奥で手槍を物色しながら、チラチラと俺を見ている連中がいるので小声で伝える。

 「シルバーランクの連中が使う様な物しかないので、金貨2枚ほどだな。雨が降っても中まで漏れたりしないぞ」

 「同程度の服も一式揃えたいのだが」

 「金貨10枚もあれば、夜露や雨に濡れることもない物を揃えることが出来るな」

 小声で教えてくれたので、お願いする。
 ブーツ、フード付きジャケット、ズボン、下着と靴下を各3枚で金貨9枚と銀貨3枚。

 「マジックポーチのランク3-10なら此処にも有るが、それ以上だと紹介状を書いてやる」

 ランク1-5の一番安いマジックポーチを金貨2枚で買い、使用者登録と登録者制限を済ませてから荷物の全てを放り込む。

 「有り難う。この近くにそれなりのホテルは在るかな」

 「冒険者ギルドの正面の道を行けば市場がある、その周辺なら安全だ」

 「マジックポーチを手に入れたら、又来るので宜しく」

 「ああ、武器もそれなりの物は揃えているので待っているぞ」

 紹介状を書いて貰い、礼を言って店を出た。

 * * * * * * *

 生まれ育ってから一番まともな服だし、ブーツもしっくりしていて森や草原も歩きやすそうだ。
 腹の虫が飯を求めて愚図っているので、教えられた道を通り市場に向かったが、後ろからお邪魔虫がついてきている様だ。

 美味そうな匂いに唾が溢れて来るが、面倒事を避ける為に目についたホテルに向かった。

 「いらっしゃい。泊まりかい?」

 「先に食事を頼みたいのだが、泊まらせてもらうよ」

 「泊まりは12,000ダーラで、食事は定食になるけど2,000ダーラだね」

 「それでお願いします」

 ブルザス達から取り上げた食料は、保存性を優先した固くて不味い物ばかりだったので、運ばれてきた料理を見てがっつかない様に食べるのに苦労した。
 食後案内された部屋のベッドに横になるとそのまま寝てしまった様で、ノックの音で目覚めると朝になっていた。
 もう一晩泊まると告げて宿代を払い、シュークレス通りのディオニク魔道具商の場所を教えてもらって出掛ける。
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