黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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005 精霊樹

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 ヤラセンの里、高い柵に囲まれた畑の向こうに野獣除けの障壁が有り、内側には家が向かい合って建ち円形になっている。
 外周側の家の背後は障壁と一体化し、広い道を挟んだ向いの家の背後は畑と一本の樹が生えている。
 土魔法使いの力作と思われる里の造りだ。
 オルサン達に案内され、長老達が住まう家に向かったがすれ違う人々は皆背が高い。

 子供も居るが黒髪の者は一人も見ない。
 頭に角の生えている人を見たが、精々3センチ程度の角でラノベやコミックの様な立派な角の者は見当たらない。
 龍人族ハーフの俺の角も、1センチ程度で触らなければほぼ判らないものだ。
 フルーナ達の話では半数がエルフ族で、残りは雑多な部族と言っていたが俺が見ても違いが余り分からない。

 確かに耳を見れば、けも耳とかエルフの少し上部が尖った耳とかは判るが、けも耳の種類なんて判別不可能。
 ラノベや漫画で見るエルフの横長の三角耳はいない、あんな耳では寝るとき邪魔で仕方がなかろう。
 鋭い八重歯が覗いているのは、狼人族系か犬人族系だろうと思う程度。

 「長老のオルザンに会って貰うが、残りの長老も直ぐに来るだろう」

 そう言って畑を背にした一軒の家に案内された。
 腰は曲がり白髪で皺だらけの顔を見れば、確かに長老の雰囲気がある。

 「よくおいで為された、ヤラセンの里のオルザンと申す。名は何と申されるのかな」

 「アキラです。オルサン達を寄越してくれて有り難う御座います」

 「なに、精霊達が騒ぐのでな。異質な存在が現れたと教えられ、迷い人ではなかろうかとオルサン達に確認に行かせただけじゃ。それに精霊の加護を受けし者を放置しては、精霊に嫌われるからのう」

 そう言って静かに笑う。

 「オルサンも言っていたが、精霊ってふわふわ飛んでいる色つきの光の事ですか?」

 「やはり見えているか。何色に見えるかのう」

 「見える色に何か問題でも有るのでしょうか」

 「授かった魔法に依って精霊の色が違うのじゃよ。加護の色とも言うがの」

 おかしい、俺は二種類しか魔法が使えないのに、精霊の数が多い。
 似た様な色合いのも居るが、はっきりと違うものも見える。
 迂闊に言える事ではなさそうだし、喋って先々不都合が生じるのも不味い。

 「その精霊の色を、貴方に教えなければならないのですか?」

 「ふむ、中々慎重な性格の様だな。君の周囲に複数の精霊を感じるのだが、私には加護の色までは判らない」

 見えているのなら隠しても仕方がない、口止めだけして話してみよう。

 「魔法は結界魔法と治癒魔法が使える筈です」

 「すると、授かった魔法の数より精霊の数が多い事になるな。やはり迷い人で間違いない」

 「どういった意味ですか」

 「古来伝わる伝承には、迷い人は精霊樹と精霊の愛し子として伝わっている。そして全属性の精霊を従えるとね」

 「それって、全ての魔法が使えるって事ですか」

 「授かった魔法が人より優れているとは伝えられているが、全魔法が使えるとは聞いた事が無いし、全魔法を使える者などいないよ」

 「では、愛し子って何が出来るのですか? 何か特別な能力とか使命とかは有りますか?」

 「そんなものは無いと思うな。ただ、迷い人は我らアリューシュランドに住まう者とは、違った知識と考え方をすると伝わっている」

 違った知識と考え方か・・・ガイドは知識と記憶が多少制限されると言っていたと思う。
 話の途中から二人の年寄りが来て黙ってオルザンの左右に座ったが、口を挟んでくる事は無かった。

 「アキュラ殿じゃ。迷い人に間違いなかろう」

 左右に座る老人に俺を紹介したが、やはりアキュラと発音している。

 「ヤラセンの里のボルムじゃ、良くおいで為されたアキュラ殿」
 「ヤラセンの里のモルガンじゃ、精霊の祝福のあらん事を」
 「そうじゃな、精霊樹に触れてもらおうかのう」

 三人の老人に促され裏口から外に出ると、目の前の畑は薬草畑の様だったが途中に石版を置いた通路がぐるりと樹を取り囲んでいる。
 その石版に沿って歩くが、内側は耕作された形跡が無い。

 中央に立つ樹に向かい、真っ直ぐな道の様な所に来たが石版は三枚のみ、その先は芝を敷き詰めた様な道らしきものになっている。
 長老達に樹への道を示されたが、ざっと見50メートル以上離れている。

 樹に向かって真っ直ぐに伸びる道、石版から芝に踏み入るが樹の周囲を光の粒が明滅しているのが見える。
 丸っきりお伽噺の世界の様だが、何が起こるのか興味も湧いてくる。

 樹は紅葉の木に形が似ていて幹の太さは40~50センチ程度、樹形も似ていて高さもそうない。
 此が精霊樹?
 期待外れも良いところ、と言うか葉も紅葉の葉を大きくした様な形だが新緑に陽の光が当たって綺麗だ。

 振り向けば、三人の長老が黙って俺を見つめている。
 オルザンに言われたとおり樹に向かって歩くが、光の粒が乱舞するだけで何も起こらない。

 長老は幹に触れてみてくれと言ったが、枝の下を潜って幹に近づく。

 ・・・・・・

 「凄い! ボルム殿モルガン殿、精霊達が迎えている」
 「歓迎されて居るのだろうな」
 「我らでもあれ程歓迎される事は無いのに・・・」
 「それじゃな、我らでも守護精霊以外は滅多に近寄って来ないからのう」

 「然し、精霊の加護を受けているからと言えども、良き者とは限らぬ」
 「オルザン殿は、どう為されるおつもりかのう」
 「黒髪は龍人族の血を示しているが、耳は我らエルフの血も持ち合わせている事を示している。なれど迷い人としてアリューシュランドに降り立った者だ、無碍にも出来まい」

 「では、無体な事をしない限り客人として受け入れるのか」
 「そうじゃな、森に降り立った迷い人をこのまま放り出す訳にもいくまい」
 「それに成人前後と思われるが、此の世の常識も教えておく必要が有りそうじゃわい」

 「迷い人で治癒魔法を授かっているのは聞いた事が無いが・・・」
 「だが強力な結界魔法を、自在に使い熟しているそうだぞ」
 「やはり言い伝えどおり、迷い人は魔法巧者か」
 「治癒魔法の腕次第では・・・」

 ・・・・・・

 光の乱舞を掻き分け精霊樹に近づき、幹に手を当てる。
 魔力が吸い取られている感覚に急いで樹から離れる。
 魔力が抜けた感触の残る掌を見て(鑑定!)〔アキュラ・タキャマチ(高町晶)・♀・龍人族1/2,エルフ族1/2・治癒魔法・結界魔法・魔力50/100・探索スキル・鑑定スキル〕

 おいおい、アキュラ・タキャマチって何だよ、それに魔力を50も持って行かれてるじゃないの。
 それに精霊の加護とか言っていたが、鑑定結果に反映されないのか?

 一応、精霊樹にも触れたので長老の頼みは済ませた、引き返そうとしたが光の壁に遮られてしまった。
 見回せば精霊樹の前だけが開けている、これってもう一度樹に触れろって事かな。
 精霊と精霊樹と呼ばれるものだ、殺される事も在るまいと覚悟を決めて再び幹に手を当てる。

 今度は魔力が流れ込んで来るのが判るが、明らかに俺とは異質の魔力の様だ。
 魔力の流入が終わった様なので再び掌を見つめて(鑑定!)
 〔アキュラ・タキャマチ(高町晶)・♀・龍人族1/2,エルフ族1/2・治癒魔法・結界魔法・魔力100/100・探索スキル・鑑定スキル〕

 魔力が戻っているが、なんか鑑定結果がうざい。
 今知りたいのは魔力量の事だけで、名前や授かった魔法など毎回見るのも面倒なだけ。
 ちょっと試しに(鑑定! 魔力量)
 〔魔力100/100〕 ん、出来るじゃん。

 これって魔力の交換か? 精霊の加護ってお話しが出来るのかと思ったが反応なし。
 長老のオルザンは〈精霊達が騒ぐのでな。異質な存在が現れたと教えられ〉と言ったが俺に語りかけてくるものはいない。
 頼みは聞いたのでオルザン達が待つ場所に引き返す。

 「アキュラ殿、どうでしたかな?」

 「木に触れたら力が抜けましたが、もう一度触れたら元に戻ったようです。オルザン様は先程精霊に教えられたと言いましたが、精霊や精霊樹と話が出来るのですか?」

 「極々偶に有るらしいな。儂自身は初めての経験だったが、言い伝えで知っていたので迎えを出した」

 「村の中に精霊樹が存在するのって、普通なんですか」

 「精霊樹と呼ばれる樹自体は珍しくもない、同じ姿形の樹は沢山有る。なれど精霊の居着く樹は殆ど存在しない。我々は精霊が居着く樹を精霊樹と呼んでいるに過ぎない。それより、そなたは此からどうするつもりだな」

 「何処かの街に行き、冒険者になるつもりです」

 「治癒魔法を授かっていれば、生活には困らないと思うが冒険者にかね」

 「その治癒魔法ですが、使った事がないので使えるかどうか判りません。治癒魔法が使えるって事は。自由を制限されたり危険も有るのでしょう、それなら薬草採取でもして暮らそうと思っています」

 「確かに、腕の良い治癒魔法師は取り込まれてしまうからのう。それと、その髪はどうしたのかな」

 ん? 長いと邪魔なので切ったのだが、何か問題でも有るのかな。

 「森の生活に邪魔だから切ったんですが、何か問題でも?」

 「その髪の長さでは、奴隷と間違われて不快な思いをする事になる。歳は幾つかな」

 「5月生まれの15才です。生まれは・・・言っても信じて貰えないなぁ」

 「冒険者登録は16才にならねば出来ないし、保護者が居なければ孤児院に入れられるぞ」

 何だよー、ガイドの奴そんな事は一言も言わなかったぞ!
 考え込む俺に『此の世の常識も知らない迷い人を放り出しては、精霊様に申し訳ない。髪が伸びるまで居れば良い』と言って貰えた。

 その際髪の事を聞いたら、顎より短い髪は奴隷の証と看做される事。
 顎から下で肩の所までで切り揃えられた髪は、貧しい言えの子供や婢と冒険者等の身分の低い者のみだと教えられた。
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