黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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021 蹂躙

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 天井にヒビが入り、照明器具が落下して轟音を立てる。

 〈たっ、たた、助けてくれぇぇーーー〉
 〈ウオォォォ、〉
 〈女神様ぁぁ・・・アリューシュ様お助け下さいぃぃ〉
 〈ヒィーィィ たっ助けてぇぇぇ 死にたくないぃ〉

 天井が崩壊し轟音を立てる中から、其れ其れの悲鳴と助けを求める声が聞こえて来る。

 〈ドーン ガラガラガラ・・・〉屋根まで突き抜けると静かになる。

 アルマジロの集団は瓦礫の下に埋まってしまい声も聞こえない。
 生きてるかなっと思っていたらぐらりと揺れ、〈バキバキバキ〉て音と共に床が抜けて轟音を立てて落下した。
 2階に連れて来られていたのを忘れていたよ、テヘッペロって所かな。
 今度は5メートル程の球体を作り、大きくしていくと壁が面白い様に倒れ轟音と共に土埃が舞い上がる。
 仕上げに最大規模のバリアを一気に作り建物を倒壊させる。

 積木くずしかお屋敷崩しって所かな、外に出ると逃げ出した使用人や騎士達が呆然と崩れた建物を見ている。

 ・・・・・・

 「陛下、国王陛下、大変で御座います。公爵邸が・・・公爵邸が崩壊致しました」

 「レムリバード落ち着け、崩壊しましたでは判らぬだろう。順を追って話せ」

 「陽も暮れた貴族街の奥、ワラント公爵邸で大騒ぎの最中に建物の1/3近くが轟音と共に崩壊したそうです。それから一時間少々の後には、ファラナイト公爵邸が同じ様に倒壊しました。どちらも屋敷内で騒ぎが起きた後に崩壊したようですが、詳しい事は判っていません。警備隊の者が探ったところ、子供の冒険者とかアキュラと言った言葉が何度か聞こえた様です」

 「アキュラとは・・・例のアキュラか?」

 「考えられる原因はそれとしか」

 「アキュラからは、ネイセン伯爵に無理難題を言った貴族の相手を、王都でするとの伝言がきていたな」

 「はい、ネイセン伯爵から聞いた話では、アキュラはハランドの街に大勢で押し掛けられては迷惑だと。故に王都で各個撃破し、後片付けも各自でやらせると言ったそうです」

 「ネイセンはどうした」

 「彼は『アキュラを王都に連れて来るだけはしますが、それ以上の関わりはお断りします』と言っていました」

 「今でもネイセンが言った言葉は信じられん。小娘の冒険者一人で、何ほどの事が出来るのかと思うが・・・」

 「ネイセン伯爵がアキュラに渡した、無理難題を言った公,侯,伯爵17家の名簿の内、公爵家2家がアキュラと関わった様ですが」

 「まさかとは思うが、17貴族が冒険者一人に叩き伏せられたとなれば、王国の威信は地に落ちるぞ」

 「こうなるとネイセン伯爵がアキュラの言った『例え王家が相手でも跪く気はないので、強制されれば死人の山を築く事に』との言葉が真実味を帯びてきます」

 「いざとなったら制圧する為の兵を用意しておけ。それとネイセン伯爵を呼び、王城で待機させろ。馬鹿な貴族が幾ら死のうと構わないが、それも限度が有る。このまま騒ぎが大きくなれば、王家の威信は地に落ちるぞ」

 ・・・・・・

 ネイセン伯爵は、貴族街の奥深く公爵家の屋敷で騒ぎが起きていると警備兵からの知らせを受けた。
 ヘイロンでの盗賊捕獲騒ぎの報告書を当地の領主から読ませて貰ったが、彼女の結界魔法はほぼ無敵だ。
 盗賊の供述から、多少の攻撃手段も持っている事が判る。

 何も知らない馬鹿な貴族では太刀打ちできまい、騒ぎが大きくなれば王家から呼び出されてアキュラを説得する役目を負わされるだろう。
 陛下と宰相がもう少し真剣に考えていれば、この騒ぎは起きなかったのにと思うと腹立たしい。

 ・・・・・・

 深夜に王城から呼び出しの使者が来たが、既に用意の出来ていた伯爵は執事に後を任せて馬車に乗った。

 王城に到着すると、直ぐに宰相執務室に案内される。

 「始まりましたか」

 「知っていて、何故止めて下さらない」

 「国王陛下と宰相殿の前で言いましたよね。彼女とはポーションの取引だけの関係で、彼女と敵対する気は無いと。それに彼女が何をしようと、私に止める力は御座いません。公爵家の館で騒ぎが起きているようですが、取り押さえたとの話は聞こえて来ませんね」

 「ファラナイト公爵家と、ワラント公爵家の建物が崩壊したそうだ。その後アキュラなる冒険者は、ワラント公爵家の庭に結界を張り野営していると報告が来た」

 その話を聞き、ネイセン伯爵は笑い出してしまった。
 散々公爵家の権威を振りかざし、アキュラから高品質のポーションを手に入れろだ、小娘を連れて来いと騒いだ挙げ句に叩き潰されている。

 「ネイセン殿、笑い事では無い!」

 「いや・・・失礼。私の所に来て散々無理難題を言っておきながら、相手の力量も見極められずに叩き潰されるとはね。で、私を呼び出してどうしろと」

 「貴殿の言われるとおり、相手の力量を見れば騎士団や兵の派遣は難しい。一人の冒険者を押さえる為に、数百人の兵や魔法部隊を出したとあっては天下の笑い者だ。幸いな事に両公爵は生きている様だ」

 「ほう、殺されなかったのですか」

 「まぁ・・・殺された方がマシだと思われる状況ですがね」

 ネイセン伯爵が目で問いかけると。

 「何れ知れ渡るでしょうが、ファラナイト公爵は結界らしき物でギリギリに拘束されています。アキュラの去り際の言葉では、2,3日すれば解除出来るだろうとの事ですが・・・」

 「その後は何ですか」

 「ギリギリに締め上げられていては・・・そのー、生理現象もままならないだろうと」

 其れを聞いて思わず顔が引き攣った。
 公爵ともあろう者が、配下の前で垂れ流しすれば恥以外の何ものでもない。
 残された道は、自害するか隠居して引きこもるしかない。

 「ファラナイト公爵殿は未だ良い、ワラント公爵殿はもっと悲惨だ。赤子の様に身体を丸めた状態で放置された。然も、その上に倒壊した建物が落ちてきて、瓦礫に埋まっていたそうだ。掘り出された時には失禁していて、精神が崩壊したのか笑っていたそうだ」

 アキュラは殺さない代わりに、貴族の矜持を徹底的にへし折るつもりの様だ。
 そんな目に合わされたら天下の笑い者、当主も配下の者達も面を上げて歩けない。

 「彼女に、敵対しないと約束しておいて良かったと思いますね」

 「落とし所は何だと思われます」

 「・・・ 彼女に謝罪する貴族が出た時でしょうか。それも正式にね。余り期待は持てませんけれど」

 「そうだな、それだけの度量と見識が有れば、こんな事にはならないだろう」

 「腰抜けでも何でも良い、一人が謝罪すれば死にたくない者が続くでしょう」

 「その時まで、王城で待機して貰えますか」

 ・・・・・・

 朝になりのんびりと朝食を済ませ、貰った地図を見ながら次の目的地を確認する。
 次に近いのは、デオル・フルカン侯爵家。
 結界をキャンセルし、通用門に向かうが誰も近寄ってこない。

 矢が数本飛んできたが、シールドに阻まれて地に落ちる。
 心意気は買うが無駄な事を、肩を竦めて無視する。

 街路に出ても誰も居ないが、物陰から見ているのだろう視線はバッチリ感じる。
 無駄に広い館の庭に沿って立つ鉄柵の奥で、息を潜めて俺を見ているのが判るが静かなもので在る。
 敵対しない相手に噛みつく気は無いので、安心しろと教えてやりたい。

 公爵邸を過ぎ暫く歩くと、問題のフルカン侯爵の邸宅の塀が見えてきた。
 鉄柵の中では甲冑に身を包み、紋章入りの楯を持って整列する兵や騎士達が見える。
 やる気満々なら、遠慮する必要も無い。

 通用門に到着したが、俺の姿を見ると一目散に逃げて行く。
 おいおい、御用聞きがやって来たのに門番が居なきゃ中に入れないじゃ無いの。
 鉄柵を乗り越えるのも面倒なので、柵の下に小さな三角形のバリアを作り大きくする。

 下から持ち上げられ、埋められた基礎ごと持ち上がり金属音を立てて倒れる。
 同時に館の方から魔法の一斉攻撃が来て吹き飛ばされ、街路の反対側、お向かいさんの鉄柵に当たって止まった。

 楯を構えた後ろで、詠唱をする魔法使い達の姿が見えるが、40~50メートルくらい離れているので反撃は無理。
 ストーンアローやアイスアローが飛んでくるが無視、こんな物はいたくも痒くも無いと思ったら弓の矢も飛んできてびっくりした。

 自分の屋敷内なら訓練と誤魔化せるが、街路からお向かいさんの敷地にも矢が飛び込んでいる。
 ファイアーボールが飛んで来るが吹き飛ばされるのは勘弁、目の前に楯を作り防御する。
 そう何度も吹き飛ばされては、怪我をしなくても気分が悪い。

 魔法攻撃の衝撃を躱す為に、半球状のバリアからお皿型に変形させて前進。
 ここは力の差を見せつける為に、敢えて普通に歩き楯を構える騎士達に近づく。

 必死の詠唱とバラバラの魔法攻撃だが、お皿型のバリアに当たって攻撃は全て上空に逸らされている。
 推定距離25メートル、気合いを入れ2/100の魔力を使い、騎士達と魔法使い共を一纏めにバリアで包み絞り上げる。

 〈エッ〉
 〈なっななな〉
 〈誰だ! 押すな!〉
 〈おかしいぞ、誰・・・〉
 〈ウッワーァァァ〉
 〈止め・・・〉

 鮨詰めの満員電車より狭くしたが、未だ未だ締め上げる。

 〈ヒエー・・・たっ助け・・・〉
 〈グエーッッッ〉
 〈しっ死ぬー〉
 〈止めてくれーぇぇぇ〉

 悲鳴を聞きつけて新たな兵士や騎士が駆けつけてくる。
 総動員体制で迎撃されている様だが、此方も引く気は無い。
 建物から飛び出して来る者、横の庭から現れる者など続々と新手が来るが、悉くバリアで囲って締め上げる。
 怖じけて背を向ける者は放置し、侯爵を探して建物内に侵入する。

 武器を持った数人を球体に閉じ込めて圧殺すると、悲鳴に驚き武器を捨てて逃げて行く。
 貴族の館って無駄に広いから、目的の人物の居場所が解らない。
 通りすがりの者に聞こうにも、皆逃げ出してしまって誰も居ない。
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