黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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022 謝罪

 俺を迎え撃つ準備をしておきながら、主人の姿が見えないって事は何処かに隠れて居るのだろう。
 穴に潜む狢は煙で炙り出すに限る。

 適当な部屋に入り机や椅子を球体に閉じ込め、圧縮してバラバラにする。
 積み上がった机や椅子の残骸にフレイムの炎を埋め込み放置する。
 数カ所で種火を埋め、窓を開けドアを壊して風の通りをよくすると、みるみるうちに火の手が上がる。

 気分はもう快楽放火犯、嫌がらせに焚き火の唄でも歌ってやろうか。
 建物の外に出ても誰も火を消そうとしていない。
 窓からは濛々と煙が上がり、煙は直ぐに炎へと変わった。

 建物の陰から騎馬の集団が飛び出してきたが、真っ直ぐ正門に向かいそのまま街路に飛び出し行ってしまった。

 おいおい・・・もしかしてこの館のご主人様一行じゃないだろうな。
 轟々と音を立てて燃えさかる館と、騎馬の集団が出て行った正門を見比べて阿呆らしくなる。

 ・・・・・・

 フルカン侯爵邸を飛び出した騎馬の一団は、街路を埋め尽くす様に集まった人混みには目もくれず馬を突撃させる。
 フルカン侯爵邸の異変を聞きつけ集まっていた人々は、いきなり現れた騎馬の集団に驚き逃げ惑う。
 そこへ馬が飛び込んで来て、逃げ惑う人を跳ね飛ばし踏みつけて走り去る。

 貴族街を駆け抜け、王城を目指して騎馬の集団が駆ける。

 〈デオル・フルカン侯爵だ! 緊急事態につき馬上御免! レムリバード宰相へ連絡を頼む!〉

 それだけ告げると馬車置き場へと走り去り、馬車置き場で馬を繋ぐと足早に城内へと消えていった。

 ・・・・・・

 「レムリバード宰相閣下、デオル・フルカン侯爵様が、きっ・・・緊急事態だと申して駆け込んで来ました。間もなくお見えになると思われます」

 小者の報告が終わる前に、フルカン侯爵が宰相執務室に跳び込んできた。

 「何事ですかな、フルカン殿」

 「何を暢気な事を・・・我が屋敷は不貞な輩に蹂躙され、死傷者が多数出る被害を受けております。急ぎ救援をお願いしたい!」

 「フルカン殿こそ何を言われる。エメンタイル王国の王都ファンネルには、貴族の館を襲う様な不貞の集団は居ませんぞ。朝から訳の判らぬ事を騒ぎ立てているが、エメンタイル王国の貴族としてどうかと思われますな」

 〈申し上げます! 貴族街警備詰め所からの緊急報告に依りますと、貴族街の奥で火事が起きているそうです〉

 「場所は何処だ?」

 〈はっ、火災はフルカン侯爵邸からだとの報告です〉

 「フルカン殿・・・お屋敷が燃えているとの報告が来ておりますが、訳の判らぬ事を言ってないで帰られよ。のんびりしているとお屋敷が焼け落ちてしまいますよ」

 勢い込んで王城に駆け込み、レムリバード宰相に救援要請をしたフルカン侯爵は、余りな反応に呆気にとられてしまった。
 地団駄踏をみながら、貴族の館に賊が侵入して狼藉の限りを尽くしているのに、救援も出さないのかと噛みついた。
 然し、返答は素気ないものだった。

 「フルカン侯爵殿は、5人や10人程度の賊すら撃退できないのですか。私の知るフルカン侯爵家と言えば、エメンタイル王国の重鎮にして武勇の誉れ高き家だと記憶しておりますが」

 事此処に至って漸く、王国から見放されていると思い至った。
 原因は色々有るだろうが、現在自分の館を蹂躙している冒険者の事で、王家を怒らせたのだと思い至った。

 それを証明する様に、フルカン侯爵の背後よりネイセン伯爵が現れ、レムリバード宰相とアキュラなる冒険者の話を始めた。

 「ネイセン伯爵殿・・・」

 フルカン侯爵が、絞り出す様な声でネイセン伯爵に声をかける。

 「おお、此れはフルカン侯爵殿、気がつきませんで申し訳ない。宰相閣下と何かお話しでも?」

 完全に舐められている、高品位ポーションを地位を利用して要求した事で恨みを買ったのは間違いない。
 あの冒険者と対等な取引をしていると言った伯爵に対し、自分の要求を拒否された時の遣り取りは、不味かったと思うが後のまつりだ。

 「先日は誠に無礼な申し出をして悪かった・・・謝罪する。その上でお願いしたい、あの冒険者を諫めて貰えないだろうか」

 「何の話でしょうか侯爵殿」

 「以前、貴方の言われたアキュラなる冒険者が当家を訪れ、乱暴狼藉の限りを尽くし死傷者が多数出ています。彼女を止めて頂きたい! お願いします」

 「可笑しな事を言われますな。彼女は貴族の館を襲う様な性格ではありませんよ。但し、自分を攻撃する者に対しては容赦しません。以前貴殿にもそうお話しした筈ですが・・・其れに対し『王国の貴族が、流民如きと対等などとは腰抜けにも程が有る』等と聞かされた覚えが有ります。流民如きに蹂躙されて、王家に泣きついて来たのですか」

 ネイセン伯爵は以前の恨みも在り、フルカン侯爵の頼みをバッサリと斬り捨てる。

 「だが貴方があの冒険者を、王都に連れて来たのではないか」

 「お間違えのない様に、貴方方,公,侯,伯爵17家が交渉の為に我が領地を訪れると告げた時、一貴族当たり30名として500名以上が街に溢れる事になる。『要求に従うつもりはないので争いになるが、後始末が面倒だね』とアキュラが言いだし、無体な要求をする貴族に直接断るからと、王都へ来る事になりました。その事に際しては王家の許可を受け、手配を確かにした」

 「ならば」

 「王都に連れては来たが、それ以後一切の関係は持っていない。私と彼女の関係ははあくまでもポーションの取引だけだ。冒険者に対する依頼主だな。彼女が誰と争おうと知った事ではないし、止める権利や権限は疎か義務も無い!」

 フルカン侯爵に返答しながら、王家が彼女と揉めても一切手を貸す気は無い。
 後始末は自分でやれと、レムリバード宰相に釘を刺す。
 そもそもこの騒ぎは王家の情報漏れと、騒ぎ立てた貴族を押さえられなかったのが原因だ。
 自分は最初から手を出すなと、釘を刺していたのだから。

 フルカン侯爵に告げるネイセン伯爵の後ろで、レムリバード宰相が額の汗を拭う。

 その間にも次々と伝令が到着し、現状を報告する。

 フルカン侯爵邸炎上の後、アキュラはブルム・ザブランド侯爵邸へ向かったが、執事に迎えられ邸内に入った。
 以後争いが起きている様子はないと報告がきて、レムリバード宰相の顔にも安堵の表情が浮かぶ。

 ・・・・・・

 ブルム・ザブランド侯爵邸に近づいたが静まりかえっていて、通用門で声を掛けると名前を確認され、即座に門を開けると主人がお待ちですと丁寧に頭を下げられた。
 邸内に招き入れられると、急ぎ足にやって来た男が執事と名乗り、ザブランド侯爵の執務室へ案内された。

 「アキュラ様をご案内親しました」

 執事が部屋の主に告げ、開けられた扉の脇に立つ。
 硬い表情の男が机の脇に立ち迎えてくれたが「ブルム・ザブランドが嫡男ボリス・ザブランドと申します。お見知りおきをと頭を下げる」

 「アキュラだが、俺の相手はザブランド侯爵だと思っていたのだが、侯爵はどうした?」

 「父ザブランド侯爵は体調不良にて、誰にも会いたくないそうです。父ザブランド侯爵に代わり、ご無理を申した事を正式にお詫び致します。ネイセン伯爵殿を通じての申し込みは全て取り下げ、ネイセン伯爵殿にも後日正式に謝罪致します」

 「体調不良にて誰にも会いたくない・・・永遠にか?」

 「王家には隠居願いを出し、この屋敷の一室にて過ごす事になります」

 「良いだろう。謝罪は受け入れる」

 貴族が正式に謝罪したいと言うのなら受け入れるさ。叩き潰す相手は未だまだ居るのでさっさと次に行きたい。
 ボリスに背を向け、執事に帰ると告げた時「アキュラ殿お願いがあるのだが」と声を掛けられた。

 「ポーションが欲しいのなら、薬師ギルドへ行ってくれ」

 「私以外にも謝罪をしたいと来ている者がいるのだが、受けて貰えないだろうか。この場に居ない者達で、謝罪し和解を望む者達にも・・・」

 「それは良いが、当主は引退させろ。もう一つ、俺が王家と事を構えても敵対するな。それが条件だ! 条件を受け入れるのであれば謝罪を受けよう」

 ボリスが別室に待たせているのでと言って出て行き、暫くして5人の男達を連れてきた。

 「ノルト・ガーラント侯爵だ、君とネイセン伯爵に無理な事を言って済まなかった」軽く一礼する。

 「マライド・ルークス伯爵だ、不当な要求をして済まなかった。以後君とは良き関係を築きたいと思っている」気障な仕草で一礼。

 「カルス・レムイド伯爵、君の提案を歓迎する。数々の無礼を許せ」鷹揚に頷きながら、許してやろうって態度。
 
 「アラム・フルンド伯爵だ」一歩進み出て軽く頭を下げたが、次の瞬間抜き討って来た。
 〈バキーン〉と鋼の響きと共に後方に飛ばされ、立ち上がろうとした時に追撃の真っ向唐竹割りが襲って来た。
 〈バキーン〉2度目の金属音が響く。

 〈フルンド伯爵! 何をしている、止めろ!!!〉

 中々鋭い踏み込みだが、そんな程度で斬り殺せると思ったのかな。
 ボリスの制止の声を受け、侮蔑の表情をボリスに向け唾を吐き捨てて笑う。
 〈こんな糞ガキに、貴族の俺が謝罪だと!〉咆哮する様に叫び、再び斬りかかって来る。

 袈裟斬り気味に振り下ろされた剣を腕で受け、素早く刀身を掴む。
 〈糞ッ、放せ!〉
 思いっきり引っ張り、踏ん張った所で手を放す。
 体勢を崩して反り返った所で、球体のバリアで包む。

 「乱暴だねぇ」

 「済まないアキュラ殿・・・まさか不意打ちとは、貴族の矜持も持ち合わせていないとは思わなかった」

 「別に構わないよ、最後の方、貴方はどうします?」

 「コムロン・クリフォード伯爵だ、君の申し出を受け入れる」
 残念って思いが、もろに顔に出てますよ。
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