黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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053 女神教支配

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 「教皇猊下♪ 首に何があるか判りますか? それは結界魔法の首輪です、数ヶ月は消えませんからご安心を」

 教皇以外の者達も、俺の隣に現れた“しろがね”を見ながら首を触って驚いている。

 「以後俺の命令には無条件で従ってもらう。出来ないのなら、アッシド達と同じ運命をたどることになる」

 「アッシドを殺したのはお前だったのか!」

 「そうさ、俺をランゴットとか抜かすオークに嫁がせようとしたからな。彼奴も俺を配下に加え、神教国を利用して教皇になるのを夢見ていたが残念な事になってね」

 そう言って喚いた奴の首輪をゆっくりと締めるように“しろがね”に命じる。 
 「えっ、ちょっ、ななな」

 「お前は俺に従う気が無さそうだから死んでもらうわ」

 「待って下さい。従います従いますからお許し下さい」

 「いいだろう、だが2度目はないぞ。次はじっくりと火炙りにしてやるからな。その覚悟がなければ俺に逆らうなよ」

 オンデウス以外の結界を解除し、オンデウスの付き人の教主を神教国に送り返すように教皇に命令する。
 どうやってと教皇がぼやくので、オンデウスを台車に乗せてカーテンでも被せて転移魔法陣に放り込めと言ってやる。

 世にも情けない焼け焦げた聖布の残りを纏い、身体を縮めた状態で台車に乗せられるオンデウスの顔こそ見物だった。
 俺に手を出したらどうなるか、神教国の教皇に教える見本になれとにっこり笑って送り出してやる。

 フェルナン・ザンドラ教皇,ソブラン大教主,ランドル大教主ね、四人の教主の名前まで覚える気はない。

 「明日の正午前に此処に来るから、七人揃って待っていろ。背く気なら魔法部隊でも騎士団でも好きなだけ揃えていれば良いが・・・」

 そう言って精霊達に姿を現す様にお願いする。

 〈こんなに居るのか〉
 〈精霊の加護・・・〉
 〈アリューシュ神様の愛し子は本当なんだ〉

 「お前達が俺をどうこうするのは無理なのさ、普段は姿を見せない精霊に勝てるはずもなかろう」

 “てんちゃん”にお願いして馬車の中へ送ってもらう。

 ・・・・・・

 「まさか・・・転移魔法」
 「治癒魔法に結界魔法しか聞いて無いぞ!」
 「其れ処か火魔法と水魔法に雷撃,氷結と底が知れないのに、あの精霊の数だ」 
 「精霊が魔法を使うなんて聞いて無いぞ!」

 「何を言っている。薬師として治療しているときに、精霊と共に治癒魔法を使っていたではないか。それに無礼を働いた者に雷撃や氷結魔法での攻撃等の報告も在ったぞ」

 「静かにしろ! 教皇猊下、如何なさいますか」
 「・・・勝てると思うか、無詠唱で魔法を使いあれ程の精霊を従える者に」
 「いえ、精霊の加護ですらよく判っていませんでしたし、アリューシュ神様の愛し子が事実なら・・・」
 「事実なら、彼女に逆らうことは神罰を受ける事になります」
 「それでなくとも、はやり病の時に信者から多大な反発を受けております」

 「教団にはあれ程聖父や聖女を寄越すように依頼したのに、無視された挙げ句が愛し子を連れて行こうとするとは」

 「取り敢えず、あの娘に従いましょう」
 「年若い小娘のことですから、何れ隙を見せますよ」
 「ならいっそ、顔の良い若い神父でも世話係に指名しますかな」

 先程の恐怖心を忘れる様に下卑た笑いが巻き起こるが、周囲に転がる多数の護衛達の遺体を見た瞬間静かになった。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 国家間の転移魔法陣を管理する部門より、アリューシュ神教国の教主二人が変な台車を押して帰って行ったと報告を受け、レムリバード宰相は考える。
 今日、大神殿へアキュラが乗り込んでいるはずだが、監視している者から何の異変も起きていないと報告が来ている。

 気になるのは、アリューシュ神教国の教主が変な台車を押して帰った事だ。
 転移魔法陣を管理する現場責任者を呼び寄せ、変な台車の事を詳しく訊ねた。

 曰く、カーテンの様なもので厳重に包まれていたが、上部は丸くなっていたと証言した。
 台車を押す教主二人の顔色も冴えず、ちらちらと台車の荷を見て非常に気にしていたと聞き、多分オンデウス大教主が、結界魔法に閉じ込められて居るのだろうと推測した。

 それを見てアリューシュ神教国がどう出るか、此処はネイセン伯爵を見習い、冒険者対アリューシュ神教国の争いだと突っぱねて見物する事にした。
 アキュラ一人に軍隊を送り込んで来る事は出来ない、ならば魔法使いや暗殺者を送り込んで来るだろう。
 あの結界魔法と精霊達を相手に勝てるとは思えないが、騒ぎが大きくならない様にアリューシュ神様に祈っておくか、と皮肉な考えに浸っていた。

 後は王都の大神殿がどう動くかだが、公,侯爵家の騎士団でも手に負えないのに教会のお飾り騎士達ではどうにもなるまい。
 となれば、ザンドラ教皇以下の者はアキュラに膝を屈することになる。

 そこまで考えて、女神教の事はアキュラが何か言ってくるまで放置する事にしたが、ネイセン伯爵とは密接な情報交換が必要だと思い出掛けることにした。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 翌日通告通りの時間に大神殿の奥の部屋に跳んだが、一瞬部屋を間違えたのかと思った。
 教皇と背後に大教主二人、左右に教主が並び扉の左右にのみ警備兵の姿が見える。
 俺の姿を見た瞬間教皇が跪き、背後の大教主や左右に居並ぶ教主もそれに倣う。

 「アリューシュ神様の愛し子にして精霊の巫女アキュラ様、お待ちしておりました」

 面を伏せ挨拶を述べた後に上げた顔を見て理解した、此奴等は俺を祭り上げおだてて操ることに決めた様だ。
 (鑑定! 服従の意思)〔従う気は無し〕と出る。
 どうせ隙あらば寝首を掻く算段でもしているのだろうが、そうは烏賊のタマタマだ。

 「誰がその呼び名を許しましたか? 私の名も呼ぶことを許した覚えはありません」

 「ですが・・・アリューシュ様の愛し子に・・・」

 《“あいす”此の馬鹿を凍らせて》

 へつらい揉み手で答えるザンドラ教皇が、一瞬で氷の像となり周囲に緊張が走る。

 「ソブラン,ランドル、誰が私の名を広めろと命じました。愛し子とか巫女などと祭り上げれば、どうにでもなると思いましたか」

 呆けた顔で、氷像となった教皇を見ながら震える二人。
 よく見れば壁際には聖父や聖女達まで並んでいて、氷像となった教皇を見てあっけにとられている。

 ブルカ紛いの薬師の装束で来て良かった。
 こんな所で素顔を晒せば、明日には愛し子様とか巫女様の姿絵や似顔絵が町中に溢れそうだ。
 まだ俺の怖さを判っていない様なので、じっくり教えてやることにした。

 「答えなさい! 私の名を口にすることを許した覚えは在りません。貴方達から愛し子とか巫女等と呼ばれる気もありません」

 〈お許し下さい! 二度と口に致しません!〉
 〈申し訳在りません!〉

 震えながら土下座まがいの姿勢で謝罪する二人に、この場所以外で俺の名を漏らしたのか確認する。
 冷や汗まみれの青い顔で、歓迎準備をしているが名前は未だ発表していないと言う。
 此奴等の頭なら大々的に発表して自分達の手柄にするはずだがと思ったが、歓迎と寝首を掻くの二股策の為に、一部の教会関係者にしか知らせていなかった。

 この場に居ない教会関係者に口止めさせる為に、歓迎準備を整えた場所に行って脱力してしまった。
 飾り付けられた広間には山海の珍味・・・は無いがそれなりに豪華な食事と酒が用意され、給仕係りや俺のお世話係りと称する色男が勢揃いしていた。

 しどろもどろになる二人を小突き回して喋らせたところ、神父神父見習い大神殿に務める若い男を集めたとさ。
 此れを全て教皇が画策して、私どもはそれに従っただけですと死人に罪を被せようとする。

 「そんな言い訳が通用すると思っているのですか、あの場に居た教主達を締め上げれば事実が判明しますよ」

 「決してその様な考えは御座いません」
 「私どもはアキュ・・・身も心も貴方様に従い精進してまいります」
 「どうぞアリューシュ神様の僕として、私共をお導き下さい」

 「勝ち目が無いと判れば、素直に従うのは良いことです。昨日私が言ったことを覚えていますか」

 「本当にアリューシュ神教国と縁を切るのですか」

 「当然です、私は此の地の女神教を支配下に置くと言った筈です」

 「では、貴方様が教皇猊下の後を継がれるのですか」

 「そんな面倒な事をする気はありません。二人のうちのどちらかがなれば・・」

 そう言った瞬間、二人の顔から喜びの感情が漏れてくる。
 上昇志向の強い奴は、敗戦の最中にも他人より上位に立つ事を目指すのか。

 「と思いましたが、教皇は重病にて療養中だと言っておきなさい。ソブランは王国内に在る教会に命じて、聖父とか聖女等の呼び名を廃止させさせなさい。今後は治癒魔法を使える者は全て治癒師と呼ぶように、上級治癒師,治癒師,見習い治癒師と能力別に分けるように。それと治癒魔法が授かっている者の名簿を用意しておきなさい。ランドルは王都とボルトンの教会に命じて、はやり病で孤児になった者や貧困者を救済し、孤児は成人まで生活と教育を保証しなさい」

 「承知いたしました、貴方様のお心に沿うように致します」
 「恐れながら、貴方様をどの様にお呼びすれば良いでしょうか。このままでは教団内でも呼びづらく誰とも判りかねますので」
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