黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学

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082 ランガス会長

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 久し振りにホテルに泊まり、アリシアやメリンダと共にお買い物に出る。
 三人でそれぞれ茶葉を選びお菓子を味見しながら買い込む、俺は上質なエールや酒もたっぷりと買い込んだ。
 御者席に座るバンズとボルヘンが呆れているが、俺のマジックバッグは時間遅延が1,000を越えているんだよ。
 マジックポーチすら時間遅延が500を越えているので、食料品は貯め放題。 出し忘れて腐らせないように、時々点検しなけりゃならないのが唯一の欠点だ。

 ホテルに泊まって二日目の夜、食後の酒を楽しんでいる所へホテルの支配人が来客を告げてきた。
 彼の後ろにはランガス会長が笑顔で立っている。

 何時もの伯爵様や王国関係者でないので、アリシアやメリンダが興味津々で俺を見ている。
 素知らぬ顔も出来ないし、かと言って追い返す訳にもいかず仕方なく皆を紹介する。

 「此のホテルに投宿為されているとお聞きしましたので、妻と娘に、貴方が王都に居ると話したところ、是非ご招待しろと責められましてね。失礼を承知で支配人に頼み、貴方がホテルに戻ったら連絡をとお願いしたのです」

 そう言って深々と頭を下げてくる。
 ホテルの食堂の片隅とは言え、客の誰よりも上等な衣服を身に纏った男が、冒険者に頭を深々と下げているのだから目立つ目立つ。
 蟻地獄の予感が現実になりつつある。
 好奇心丸出し興味津々の六人から、招待を受けろうけろの視線に拒否出来ない。

 三日後に夕食の招待を受けて帰って貰ったが、皆の好奇心が収まらない。
 ランガス会長が商家の会長で、豪商だとは判っているが何をしている人物かまるで知らない。
 ランガス会長を送り出して戻って来た支配人を捕まえて、彼が何者かを訪ねてみた。

 「えっ・・・アキュラ様は知らなかったのですか」

 「何処か大店の会長だとは知っているけど、・・・興味が無かったのだよね」

 「ランガス様は、香辛料と穀物を取り扱う王国第一の穀物商で御座いますよ。王国内に20数店舗をお持ちで、多くの貴族の方々とも懇意に為されているとか」

 成る程ね、香辛料と穀物を扱う大店の会長なら、ネイセン伯爵様やザブランド侯爵とも顔見知りな筈だ。

 「あっきれた、あんた何にも知らずに付き合っていたの」

 「付き合っていたんじゃないよ。ネイセン伯爵様の頼みで、娘さんの病気を治したらえらく感謝されてね」

 「あんたのポーションは、効き目が抜群だからねぇ」
 「そりゃー、感謝もされるわよ」
 「おいおいアキュラよぉ、俺達もご一緒にどうぞって招待されたんだぞ」
 「あんなお大尽の家に招待されても困るよ」
 「礼儀知らずの冒険者の俺達が、お呼ばれされて行く所じゃないだろう」
 「あー、俺は行かねぇよ。感謝されて招待されたのはアキュラ、俺達はおまけだ。おまけが行かなくても問題あるめぇ」

 俺一人で招かれていくと蟻地獄に捕まってしまう予感がして、ごねる皆を嫌なら解雇だと説得する羽目になってしまった。
 力で脅してくる奴等相手の方がよほど楽で良い、善意で押してくる相手は遣りづらい事この上なしだ。

 その二日後の夜には、ネイセン伯爵様がホテルにやって来た。
 ポーション納品の礼を言われたがそれだけでは有るまい。
 ポーションの話が終わり、伯爵様が差し出したのは返却した筈の王国の身分証。

 「此れはお返しした筈ですが」

 「君と風の翼の六人が、警備兵や貴族達との間で問題が起きると困るんだ。はっきり言えば、王家としては君と敵対したくないのだ。今回の事でレムリバード宰相は危うく失脚するところだった。陛下のご命令で、君との折衝は私一人になってしまったよ。君の意向は尊重し、如何なる駆け引きもしないので受け取って貰えないか」

 何か有った時の窓口は必要なので、王国が嘴を挟まないと約束するのならと受け取る。
 ランカン達風の翼の事も有るし、拒否して伯爵様の顔を潰す必要も無いだろう。

 ・・・・・・

 「なによ、これって返したやつよね」

 「ネイセン伯爵様が持って来て、騎士団や警備兵,貴族などと問題を起こされると困るから、持っていてくれと言われたよ」

 「問題を起こされるって、私達は何もしてないわよね」

 「まぁね。まっ持っていれば、無料で転移魔法陣が使えるし、俺が付き添わなくてもいいので楽だしね」

 「そんな問題かよ」
 「ポーション作りの上手い奴だと思っていたが」
 「気にしても仕方がないと思うわよ、なにしろアキュラだから」
 「そうよね。あんな子達を連れているし」
 「今じゃエメンタイル王国唯一人の聖女様だしよ」
 「無駄な事を考えても、どうにもならないぞ」

 「なんか酷い言われ様だな」

 ・・・・・・

 ランガス会長差し回しの馬車が2台ホテルの前に迎えに来て、支配人のお見送りを受けてお出掛け。

 「へえ~ぇ、此れがランガス商会会長の馬車かぁ~」
 「流石は大商会会長の馬車だねぇ」
 「お貴族様の馬車より立派じゃねっ」

 あんなに嫌がっていたのに、馬車に乗って走り始めたら呑気なものだ。
 到着した場所は、あの大邸宅の通りを一つ挟んだ一区画隣で、負けず劣らずの大豪邸。
 正面玄関の車回しに馬車が滑り込んだ時には、また皆が静かになってしまった。
 フロックコートに似た服装の執事が待ち構えていて、にこやかに迎えてくれる。

 「お待ち申しておりましたアキュラ様、執事のエバートで御座います。旦那様がお待ちです、ご案内致します」

 俺に続いて降りてきた六人が目に入らぬような物腰で、丁寧な挨拶をする。
 主人と従者を見分けての対応は、貴族の執事と変わらぬもので流石は豪商の邸宅を預かる執事だと感心する。
 「ご案内致します」と一言告げ、背を向けて歩き出したがメイドがズラリと並び、壁際には護衛達が控えている。

 成る程ね、正式な招待客として迎えてくれるって事か。
 以前ハランドの家へ治療に出向いたときには、ネイセン伯爵様の紹介とはいえあくまでも薬師として迎えたのか。
 後ろの六人がガチガチに緊張しているのがビンビン伝わってくるので、付いてこいと手招きして執事の後に続く。

 歩き始めて気がついた、あの大邸宅よりでかい。
 幅広の階段を上がり、先導する執事が一歩左を歩くので奥行きがよく判るが、馬車が滑り込んだ建物の奥が本館の様だ。
 王都に20数店舗を構え、多くの貴族と付き合いが在ればこその大豪邸か。

 執事がノックし「アキュラ様をご案内致しました」と告げと、扉の両脇に立つ護衛が表情一つ変えずに扉を押し開ける。
 ザブランド侯爵のサロン並みの、豪華な室内で出迎えてくれるランガス会長。
 背後に立つ二人の女性が、軽く頭を下げる。

 さあ、礼儀正しく挨拶をしますか。

 「お招き有り難う御座います。ランガスさん」

 室内の豪華さと上等な衣服に身を包んだ三人に比べ、少し上等な生地とはいえ冒険者の服装の俺と背後の六人。
 完全に場違いなのだが、諦めろだな。

 「よくお越し下さいましたアキュラ様」主人のランガス会長に迎えられ、背後に控える女性二人を改めて紹介される。

 「以前は名乗りもせずに失礼致しました。ランガスの妻エメリーで御座います。お見知りおきのうえ良しなに願います」
 「ランガスの娘、キャロランで御座います。命を助けていただき感謝致しております」

 丁寧な挨拶を受け、改めて名乗ると共にランカン達六名を仲間として紹介する。
 ガチガチに緊張しているので、一人づつ名前を伝え、頭を下げれば良いようにする。

 「さっ、堅苦しい挨拶は此れまでにして、お茶など如何ですか」

 ランガス会長の言葉に、あからさまにほっとしている背後の六人に笑いそうになるが、後が恐いので辛抱する。
 然し、余りにも丁寧な扱いであり、ザブランド侯爵と懇意だと判っていても冒険者相手に不自然だ。

 ソファーに座る前に、幾つか用意した手土産の中の一つをランガス会長に渡す。

 「ランガスさん、冒険者故大した物ではありませんがお納め下さい」

 「おお、此れはご丁寧に有り難う御座います」

 一応綺麗な布で包んでいるが、小さな包みに首を捻っている。

 「お嬢様の時の様に、万が一の場合にお使い下さい」

 俺が何を言ったのか判った様で、動きが止まりパキパキと音のする様な表情になる。

 「こっ・・・此れは?」

 「最上級品の上ですよ」

 今度こそ完全にフリーズした。
 手にしている物が何か、理解しているのは間違いない。
 多くの貴族と付き合いがあり貴族街に出入りしているとなれば、俺の事も詳しく知っているのだろう。
 まっ、娘の眼病を治した時点で俺の事を調べているのは間違いない。

 王侯貴族や商人は情報が命、その為に独自の情報網を各自が持っている。
 ランガスがどの様な意図で俺に近づいて来たのか、知っておく必要がある。

 食事の後で再びサロンに戻り、軽く一杯となったがランカン達がげっそりしているので、彼等を先に部屋に下がらせてもらった。
 俺はランガス会長と飲み直す事になり、ご婦人二人も自室に下がった。

 メイドや護衛を下げて貰うが、執事が残って酒の用意をしている。
 彼を見て目で問いかけると「彼は私の右腕で、王都の屋敷を取り仕切っています」と答えたので放置。

 芳醇な香りのグラスを掲げ、軽く口を湿らせてから単刀直入に尋ねる。

 「何処まで知っている」

 一瞬目を見開いたが、少し考えてから口を開いた。
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