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二章 あいつの存在が災厄

希望と裏切り。冷淡で寛容。危険な愛情に友情。 弐

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 渡された【】は、自分があの鬼の眷属奴隷にされた時からずっと与えられてきたもの。

 あの鬼はαなどのオスなら魅了し虜にさせて従わせ、Ωなどのメスなら眷属にして血を与えず、この毒を与えていた。
 弟たちにも血を与えず、これを与えようとするものだから、自分が代わりにやるしか無かった。
 生きている弟たちは自分よりも90歳は下になる。
 彼らは女もΩも受け付けない僕には、絶対に持つことの出来ない子に近く、可愛かった。

 あのとんでもない親から出来る限り守ってやっていたが、それぞれが庇護する者の元へ行ったのなら、僕の役目もどうやら終わりみたいだ。

 長年背負ってきた重い荷を下ろす頃合いなんだろう。
 重圧から解放されて嬉しいはずなのに、何故か気は晴れず、虚しい。

 あの鬼が僕に付けたお守り兼監視役である側近に告げる。

「最期まで僕のもとに居なくて良いぞ、孔雀」

 こいつも僕から解放してやらなければいけない。
 あの鬼の眷属だから結局道づれになるが、死に場所くらい自分で選ばせたい。

「わたくしは若様のお側に。母君より任されておりますから」

 いつものように感情の読めないアルカイックスマイルを返される。
 孔雀はあの家の者らしい大変眼の良いΩだが、耳長と違い、他者の心を読むことには長けていないらしい。

 こいつは【緑】の家にいた頃からあの鬼に仕えている。
 あの鬼との間に現在の【緑】の当主である僕の兄を産み、やっと開放された『死者』だ。
 僕の『守役』を自称し、あの鬼が初めて手元で育てた子である僕の世話を買って出た。
 30手前くらいにしか見えない、銀髪に鮮やかな青緑の目をした不気味な男で、何がおかしいのか常に笑っている。 

「あのひとが?そんなのあるわけがない」

 外れた身体能力を持つ鬼でも、【華】の毒は防げない。

 (それなのにあいつはこんなものを我が子に与え続けた毒親だぞ?)

 僕に対してそんな感情などあるわけがない。
 そんなおかしな事を語り慰める、自称僕の『守役』孔雀。

「最期までラピス様に愛を捧げて、死ぬ場所までそこにすることもないだろ」
「あの方は純粋な方なのです。
愛した方に裏切られ、自分を裏切った全ての者に復讐を果たし、それを見届け逝きたいのでしょう」

 孔雀は既に悟りの境地にあるらしい。
 僕の場合は穢れを溜めすぎて長くないこともあり、とっくの昔にそれを諦めているが、死地に行くことが分かっているのに…

 何故それを簡単に受け入れられるのか?

 常に不気味な微笑を張り付けた、こいつの考えや気持ちは全く察しがつかない。

 だが、こんな不気味なやつでも僕に愛情を注ぐ者が全くいなければ、こんな狂った環境でここまでやってこれなかった。
 前世の恋人と再会するまでは、こいつが僕をずっと慰め支えてきた。

 僕は女とΩメスが大嫌いで生理的に受け付けないが、こいつだけは大丈夫だった。
 そこまでΩらしい容姿をしていないことも良かったんだろう。

「僕みたいなのに殉じるなんてお前も馬鹿だ」

 本当は嘘を付きたいのに、僕の在り方からそれは無理で、言いたくない気持ちも吐露してしまう。

「2回目になるけど、やっぱり死ぬのは怖かったんだ。
…お前が居てくれて嬉しく思う」

 そう言うと気まずい気持ちになり、これ以上変な事を喋らないためにもここから離れたくなった。
 孔雀の滅多に見せない驚いた顔を、一瞬でも見れたことで良しとして、足早に屋敷の中に戻ることにする。

 彼にも詫びを入れなくてはいけない。
 まだ眠っているだろうが、彼のもとへ急ぐことにした。

                                                 ◆

 ───角なしの鬼『光』が去った後、庭に残された【緑】の魂を持つ鬼が笑みを浮かべていた。
 ようやく彼が自分のものになった瞬間の幸せを噛み締めていた。

「わたくしが最期まで…いえ来世その先もお供致します。我が君」

 ───彼は主人の子である【白】の御子の彼を崇拝していたが、歪んだ愛情も持っていた。
 稀なうえにとても強い【白】の魂が弱り、穢れても強くある姿が美しく見え、死なない程度に甚振いたぶっていた。

 ───実のところ母であるカルミアは、産んだ子の中で唯一のオスであり、弟たちを守る彼の姿に愛しいひとラピスを重ねていた。
 丁度ラピスをアズライト藍青に奪われ、落ち込んでいた頃に身籠った事も大きかった。

 度々、彼のもとへ訪れ、強請るお願い・・・も甘えから。
 顔を見たいが為だけに【華】を与え、自分に縛り付けた。

『『あれ』をラピス様のように失ってしまわないように』

 そのように沢山産んだ子の中で彼の事だけ・・は気に入り、特別扱いしていた。
 子飼いにして可愛がり・・・・、食事に困らないように源氏に預け…破滅への道の連れにするほどに愛していた。

『『あれ』は私がいなければ生きれない』

 そのように育てた。

 …名も与えず。

 ───その為、彼の側には【華】の毒の処理をすることが出来る孔雀が置かれていた。
 その立場を利用して、死なない程度に毒抜きを怠り、彼を痛めつけて愉しんでいた。
 それだけではなく、弱った彼の心につけ込んだ孔雀は、九十年近く彼と関係を持っていた。
 
 それも彼の前に前世の恋人が現れるまでだったが…

「若様のためにご用意しました四色の御子である、【四天王】が伴をしませんのは業腹ですが、あれ・・が来世まで付いて来るのもしゃくにさわります」

 鬼殺しの力を持つ為、邪魔者を始末するのは難しかったが、皇一族の姫に懸想する無礼者でもある。

「茨木様もとっととあれを始末してくださらないものでしょうか?
…わたくしと若様に付いてこられても困りますし、やはり良いでしょう。
でも、次はわたくしたちを邪魔する者はおりません…」

 ───【緑】の鬼は子を大事にしないが、Ωは子を宿し産むことが幸せであると教育される。
 カルミアよりもかなり年上である孔雀の次の発情期は百年は先であった。
 彼はβ性だが、皇の鬼で子が出来にくい。
【緑】に伝わる発情期を誘発する薬も使ってみたが、主人のようにはいかず、子を持つことが出来なかった。

「次こそはわたくしにお子を授けて下さいませ光貴みつき様…いえ、白練・・様」

 鬼は愛に狂った種族。

 その中でもこの【緑】の家の『長老』のひとりであるこの鬼は、おそろしく歪んだ愛情を己の愛し子に捧げていた。


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