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二章 あいつの存在が災厄
希望と裏切り。冷淡で寛容。危険な愛情に友情。 四
しおりを挟む一度抜いたくらいでは催淫毒が抜けないのか、火照った熱い体と蕩けた顔で僕を上目遣いに見つめるアオ。
僕の言ったことが理解できない訳ではないらしいが、まだ欲情状態だ。
目が合うとふにゃふにゃした笑顔になった。
僕が好まない今の僕の顔を気に入っているこの子は、相変わらずの美形好きで不安になる。
フラフラと一目惚れした相手を追いかけて、また変な女に引っかかったり、無自覚でおかしなナンパやプロポーズをしたりしないだろうか心配だ。
これが僕らの在るべき姿での最後の話になるというのに、締まらない。
「ん…ふぅ…はぁ…」
僕の胸に鼻を寄せ、犬みたいにじゃれついてくるので「やめなさい」と叱るが、聞いていない。
心臓のあるあたりにぎゅうと顔を押し付け執拗に匂いを嗅ぐ姿は、もう完全に番を求めるΩのものだ。
「こ、コラっ、やめなさい!」
その行動には思わず叱りつけ、それを止めさせたくなるくらいの危うさを感じた。
「ん、ヤダ。光の匂い…なんか、甘く…て………イイ」
とろりと融けた声や仕草も発情期のメスにしか思えない。
僕は【華】なんて持っていないのに、今のアオは僕の心臓のあたりの匂いが好きらしい。
(そこからお前の好むフェロモンでも出ているのか? )
僕は『アオだけのαになりたい』というそんな馬鹿なことを一瞬、考えてしまった。
(ゴメン、お前がこんなにも苦しんでるのに)
なぜ僕まで書き換えたのか?
そこまでして僕を引き入れたいのか?
本当によく考えたよ。
その誘いに乗ってやるよ。
でも、肝心のアオがこのままだと話にならない。
「アオお薬を飲みなさい!」
「…光が…い「死にたいのか!馬鹿っ!!」
僕を抱え込むみたいに背に腕を回して、胸に顔を押し付けているアオを叱りつける。
これ以上嫌がるなら、良くないが無理やりにでもして飲ませよう。
可哀想だがこのままだと本当に危ない。
「全く…これじゃキスもしてやれないな?」
呆れたような声や仕草をして突き放す様にそれを告げる。
「まじ!…え゛?」
喜んで僕に縋ってきたアオの鼻をつまみ、
「あ゛…ッ!」
その状態で嫌がるアオの口を強引に空けさせて、冷めた薬湯を口いっぱいに流し込み、口を塞いでやる。
「む!ぐぅッ…ウェッ、…おぇぇ…」
嚥下するが、その表現しづらいほどのありえない味に、参っているんだろう、僕も何度も口移しで飲ませたことがあるから知っている。
媚毒の中和作用が強くなるなど、多少の改良がされていくがどんどん不味くなるので、最近は孔雀の嫌がらせじゃないかとすら思っている。
それでアオはいつも嫌がってなかなか飲まない。
(でもお前も死ぬのは嫌だろ!)
こんなことをして悪かったが、桶に戻そうとするので、
「Ωになりたくないならそのまま我慢なさい」
「ん、…ぅ、……ぐっ!」
自分が殆どΩになってしまっているのがわかるのか、説得力がないらしい。
不服そうにして吐き気を堪え、胡乱な目を向けられている。
「光…それはウソ、じゃない…けど……ホントでもない、だろ?」
更にいつにない真剣な顔でこんな事まで言われたので、仕方なく今のアオが欲しがるモノで釣ることにする。
「……お前の好きなご褒美をあげるから。頑張りなさい。ね?」
昔のようにこの子の好きな『ご主人サマ』の口調で、とりわけ甘くそれを呟き、アオの頬を撫でると
「うん…」
喜んで再び僕に抱きつき縋ってきた。
猫みたいに甘えてくるかわいいアオの喉を、くすぐるようにまた撫でてやる。
(これは本当にマズいな)
アオの綺麗な青い瞳は鬼のΩの特徴の銀色の縦に長い瞳孔だ。
もう完全に見ただけでメスだと分かる。
この二月でアオのメス化は急激に進んで、耳も尖り、目はΩの目に、朱紋だけはまだないが、【華】が咲いたら出来るかもしれない。
心も体に引きずられて『オスの性奴』というよりも『メスの性奴』になってきているのも心配だが…
Ω化よりもずっと欲情している媚毒中毒が重症過ぎて、こちらが怖くなる。
皇の鬼がこんな子どもみたいな体の僕でも、絶倫すぎるから良かったけれど、スオウにアオを番にしてほしいと頼んだら、戦慄していた。
旧く強い『血を飲むもの』を父に持ち、【赤】の家の最も血の濃い者を母に持つ彼が、遠慮したいというくらいだから相当だ。
なんにしても、一度は解毒させないと抱いてやれないし、話もできない。
◇
薬湯を飲んだ後に、やはり毒のせいで気持ちが悪いのかまた少し戻した。
だが、それで唾液から摂取した媚毒は抜けたらしい。
もう平静を取り戻しているし、具合が悪く未だに横になってはいるが、会話は出来るようになった。
甘いものが苦手なアオだが、今はリリィ様に持たせてもらった、朱点の【華】の砂糖漬けを湯に入れてて、それを匙で飲ませている。
「光、…あんがと。もういいわ」
「もう少し飲んでおきなさい」
「いや…今度はそれに溺れそうで怖いから」
朱点の【華】も僕の毒並みに依存性がありそうだ。
軽く開いた花びらでさえ、気持ちが悪くなるくらいの強烈な薫りがする。
(オスともメスともつかないフェロモンが気持ち悪い)
僕は吐き気を覚えるが、アオはこの匂いが好きらしい。
この二月ほどに渡りアオの命を繋ぎ、助けてくれたこれも、今飲んでいるもので最後らしい。
これもどこまで視ていたのか?
朱点を煽り、余計なことを吹き込み、そしてこれでアオが死なないようにした。
本当に奴らの質の悪さに腸が煮えくり返る思いだ。
だが、奴にどこまで吹き込まれたのか確認しなくてはいけない。
青く変化したアオの目を見ていると、僕がずっと穢れないように守ってきたこの清い『青』を、もっとずっと長く見ていたかったという欲が湧き上がる。
そんな願いも叶わぬままならないこの身が口惜しい。
水も少し飲んで口を濯いだアオの汗を拭いてやり、桶の水などを変えに来た使用人が退出したのを確認して、彼が前から知りたかったことに答えてやる。
「僕や『ゲンジ』についてどのくらいまで知った?」
ここのところアオは僕に何かを尋ねたがっていた。
そのことを知っていたが、僕の性質上余計なことを言ってしまうこともある。
それが嫌ではぐらかしていた。
だが、それもそろそろ終わりだ。
アオが僕のもとに来てからは孔雀に命じて、アオに対して余計なことを教えないように、ゲンジの者全てを縛らせてまでして、この世界について無知にさせていた。
今の自由奔放なキラキラしたアオが、昔の最後の頃みたいに、気を病んでしまうかもしれないから。
前の生での反省からか、今のアオは悩みを抱えない。
嫌なことはしない。楽な方に流れるというそれはそれで良くない性格になったけど、ストレスが貯まるとやっぱりSEXに依存する。
どんどん過激なことを自ら進んでやっていくから、僕らも怖い。
あまりにも無防備で無垢な魂を守りたいと思い、僕は側近たちに相談した。
彼ら全員が珍しく僕に賛同して、全員の手を借りこの子をそれは清く育てた。
きっと誰よりも美しい魂の輝きを持つだろう。
(性的には全然清くないけど)
けれど、アオに余計なことを教えたやつがいる。
フレイヤだ。
アオは『お姉サマ』と呼び慕っているみたいだが、あの女はめちゃくちゃ質が悪い。
「おれも光も実は鬼だとしか」
(は?!)
僕のしている事に対してどんな罵倒が来るのかと身構えていると、帰ってきたのは拍子抜けするような言葉だった。
知り合う前からアオと僕は抱いて血を与え合う仲だ。
元服前から僕に飼われた『犬』であるアオは、僕やスオウが鬼であることなんて当然既に知っている。
自分が鬼だったということにも、さほど驚いていないみたいでおかし過ぎる。
(媚毒で頭やられてない?)
「本当にそこまでか?他には聞いてないか?」
あまりにも平然とした様子に『やはり媚毒で頭がやられた疑惑』が頭を過ぎり焦ってきた。
この子は常識人ぶるが諸々のモラル(特に性方面)がおかしいし、結構抜けている。
ひょっとして僕の『犬』になったアオを『長老』が狙い害することもあるからと、四天王になる前から【髭切】を与えていたが、それが鬼の力だと気づいていなかったのか?
(アオ……もしかしてマジに気づいてないのか?)
でもそれにしたって、それしか教えていないなんて不思議だ。
本当にそれがよく分かっていないキョトンとした顔で、あいつの名前を僕に告げる。
「フレイヤお姉サマも皆も光に聞けって…」
知って欲しくないから黙っている僕に、それを語れとアオから迫らせるなんて!
「あの女!」
「ヒッ!」
アオに掛けられた呪いについての詳細が分かってから、奴の名前がかわいいアオの口から出るたびに、殺意が蓄積され、温厚で知られる僕の我慢も限界まで溜まっていた。
それを瞬間的にだが爆発させてしまった。
僕の殺気を一瞬だが、アオにぶつけて怯えさせてしまったので、未だに涙目で震えているアオに「ゴメン」と謝り頭を撫でてやる。
「僕らが身を置いている源氏は『角なしの鬼』たちの一族だ。
手足を切り落としても血や肉を食えばまた生えたりする鬼を傷つけることが出来る者なんて…
同じ種である鬼にしか無理だろう?」
なるべく優しい口調で話すことを心がけたが、アオはもう大丈夫みたいで
「それはわかるけど?」
なんて本当に全然わかっていない「なんで?」って顔している。
けど、これ以上は鬼の禁に触れるから言えない。
「はぁ……あいつらは最悪だな」
「光…どったの?」
物凄く不思議そうな顔で聞いてくるから困るけど、今のお前の身分じゃ教えれないんだよ……
それこそ僕の伴侶にでもしない限りは!
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