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二章 あいつの存在が災厄

希望と裏切り。冷淡で寛容。危険な愛情に友情。 伍

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 不完全ながらも、鬼の神子としての神格を与えられ、生まれている以上、僕は鬼の禁に縛られる。

 強い力や知識を生まれつき与えられているが、制約の多い…多すぎる身だ。
 言えないことが多すぎる。
 おまけに僕は言いたくないことまで話してしまう、嘘のつけない【白】。
 本当に勘弁してほしい。

 だから嫌なことは口を噤むしかない。
 きっと朱点も僕と同じような悩みを抱えていることだろう。

 (だからってアオにしたことは許さないが)

 それにしてもあの女がアオに適当に吹き込んだことを、僕が訂正すれば良いだけだと思っていたのに、前提から崩れた。

 まずは僕の身の上から話していくか?


「頼光というのは借り物の名で、本来の僕には名がない」
「……………………ッ!!!」


 いつもはうるさいぐらいに驚いたときは騒ぐのに、絶句している。

 そうだろう、驚くよな。

 前世は『光貴みつき』。今は『頼光ヨリミツ』。
 だからお前もずっと『ミツ』って呼んでたんだろう。
 あのひとには母性なんてないから、名付けなんて絶対にしない。
 でもアオにそんなことを教えて悲しませたくはない。

 それに…

「僕は厄介な身分に生まれている。
名をつけることで我らの神に存在を知られ、始末されることを恐れたんだろう」

 これも事実だ。
 名付けをすれば鬼族の神に奏上してそれを願うことになる。
 だから、弟たちも父親に引き渡される際に名を付けられたりしている。
 …僕はそのアテがないからずっと名無しだが。

「厄、介…?んだよそれ」

 起き上がり、詰寄ろうとするのでそれを「寝ていなさい」と制する。

「………母は【緑】の毒花、花笠ハナガサ
父は廃された皇子か皇女の誰かの落胤で、名無しで角なしの鬼。それが僕」
「ハァ?!お前、旦那サマの親戚なの?!」
「茨木ともな」

 お前が不思議がっていた、僕と彼女の顔や薫りが似ているのはそういうことだ。

 (僕は皇寄りの顔立ちと匂いらしいから、彼女も本来は『オス』なんだけどな)

 茨木に出会った頃にはガッツリ僕と関係を持っていたから、蓄積された媚毒の作用で惹かれたんだと思う。

 (あの頃は全然解毒なんてしてなかったから)

 僕の毒は皇の濃い血に惹かれるそうなんだ。
 そんなふうに調整したらしい。

 今は番がいて収まったけど、あのとんでもないフェロモン撒いてた朱点の微かな匂いでも、お前は凄く反応しただろう?

 (…これも言わないでおこう)

 それにしても僕の毒は色々と凄いな。あのマッドな孔雀が喜ぶわけだ。

「マジで?」

 心底驚いた顔をしているが、まだまだ序の口だ。

「僕が嘘をつけないのは知っているだろう?
クーデターの為の旗印みたいな存在が僕だったんだ」

 問題がありすぎて役に立たないから捨てられたが、これもアオが知る必要のない余計なことだ。

 孔雀ですら知らないし、知れないことだが、【白】の神子として生まれるはずだった僕は、産まれたときより、ある程度の鬼の禁をる存在だ。
 そんな僕の知識で分かるのは、人族にも薄くはあるが『血を飲むもの』の血が入っているということ。

 始祖の片割れが『血を飲むもの』の三兄弟の末っ子だからだ。

 それで人族にはたまに血が濃くなったり、先祖返りの奴が出たりする。
 人族の権力者はそいつらを恐れ、集めて管理した。それが源氏の始まりだった。
 そこに目を付けて彼らを眷属にして飼い始めたのが【緑】の家。

 おかげで今の源氏は【緑】の暗部組織『ゲンジ』になってしまった。

 元々、鬼の掟では他種族・・・に手を出すのは御法度。

 ちょっと考えればわかるこんなことを、皇や后が気づいていない筈はないと思うが、ずっと放置されていたが、スパイまで送り込んできたから、もうすぐ始末される予定なんだろう。

『長老』や『ゲンジ』を潰す前に僕を、僕らを救いたいなんて今更過ぎてふざけているが。

 それに人族の権力者たちの中で『長老』たちと取引をして、多少の益を得ていた蛆虫共も、奴らも制裁対象だろう。

 これからしなければいけないことを考えて、優先順位を付けていく。
 話さないといけないことが多く、僕に残された時間で足りるか心配だ。

「どこまで一族の皆に話すかはお前に任せるけど、僕がこれから話すことをよく聞いて…」
「はぁ?なんだそりゃ」
「お前はこれからゲンジを纏め率いていかなくてはいけない」

 (僕はもう腹を括ったが、この子は怒るだろうなぁ…)

「なんでだよ?光が上手くやってるのになんでおれ?」

 アオにゲンジの長になる者として、伝えなくてはいけないことをすべて話そうと思うが、鬼の禁が邪魔をする。

 やっぱり嫌がるかもしれないが、先にこちらからやらなければならないみたいだ。
 それにこの方法を使わなければこの子は救えない。
 ゲンジの全てをアオに任せることになるけれど、踏ん張ってほしい。

「スオウを残す。これからはあいつを師として仰げ。何でも相談しろ。
あいつは僕の特別な従者だから頼りになる」

 スオウは僕に着いて来る気でいたが、それを無理矢理に諦めさせて、しぶしぶでも受け入れさせた。
 齋は主人との繋がりが大きく、神子に絶対に逆らえないから悪いがそうさせた。

【赤】の巫子を母に持つ彼は、【白】の神子従者なのになぜか【黒】の質を持ち合わせている。

 (僕が歪な形で降臨したから、あいつも歪められたんだと思うが)

 リリィ様の子である僕の従弟の【黒】の神子には、齋である者以外に良い従者がいないと聞いている。
 だからお前たち【四天王】がリリィ様と【黒】の神子に仕え、支えろと命じてある。
【四天王】はスオウも含め全員父親がΩの『忌み子』ではあるが、【四家】の直系の者だ。
 僕の為に用意された四色の御子である彼らが、きっと【黒】の神子の役にも立つはずだ。

 歳を経たものや『ゲンジ』は僕に殉ずるらしいから、補佐となる側近は年若い四天王だけだが…周りが支えるだろう。
 180年程しかない源氏の歴史の中で、その半分くらいを僕が支えたから、僕を一族の『神』として信仰する彼らは、この子によく仕えてくれることだろう。
 僕がいなくても大丈夫なように後継者として育てていたし、どうやらイビリを兼ねた妃教育も孔雀はしていたらしいから、あとはアオの頑張り次第だ。

「だから何なんだよ!
スオ兄を残すとか、ゲンジを纏めろだとか、話すとか言ってんのに、意味わかんないことばっか言って!
ごまかしてばっかいるといくらおれでも怒るぞ!!」

 先程から具体的なことを語らないでいる僕に苛ついているアオ。

「ちゃんと話すから…その前にお前に謝りたいんだ」
「あ゛ん?だから何?」
「ずっと僕の性奴隷のような扱いをしてしまってすまなかった」

 今の僕になってからアオに謝るのはしょっちゅうしているから、重みがないのかもしれない。
 何度か瞬きをして、呆気に取られたみたいなそんな顔をしている。

「別に……おれ、光とするのは気持ちイイから好きだし?」

 返答にも困っているらしく、この謝罪はうまくいかなかったみたいだ。
 本当に締まらない。

 僕は愛の行為としてこの子とSEXをして、毎日のように愛を注いていた。
 僕の血も沢山与えて側近並みに強くした。
 この子はそれを欲求解消と見ていて、頑なに信じてくれない。

 嘘のつけない僕には『愛している』という言葉を伝えることで、完全に拒絶されることが恐ろしく、ずっと言えなかった。
 僕らは色々とありすぎたから、全てを忘れてまっさらにでもしないと、受け入れられないのかもしれない。

 前より臆病になった僕と前のことで愛を信じれなくなったお前。
 お互いにもっと素直になれていたら、お前は僕を受け入れてくれただろうか?
 
 もう遅いけど。

「アオを見つけてから、ずっとに手元に置いて守って来た
お前を、『アオ』を側に置いていた間ずっと穏やかで楽しくて…幸せだった」

 アオ、掌中の珠みたいに大切に大切にして守ってきた、僕の愛しい【青】の魂。
 お前が傷ついてその美しい魂を傷つけて欲しくない。
 あの孔雀すら美しいと褒めていたそれを出来ればもっと見ていたかった。

「鬼殺しの力が使えるようになって呼ばれたから、もうすぐ10年か?
おれも楽しかったよ。右も左もわかんないことばっかのこの世界でお前やスオ兄、貞光や季武とかみんなとも会えた。
こっちで仲良くなったダチも出来た」

 昔と違う曇りのない笑顔で僕に笑いかけるアオ。
 
 今まで僕が大事にしていたのは弟くらいだから、それで初めて寵愛する者を作ったと思われた。
 皇と后がセットで祀られているように、鬼族は伴侶や番を得て、それで初めて本当の大人と認められるんだ。
 
「今の僕にはじめて会った時、お前は吃驚していたよな?」

 僕の姿は十代前半くらいの幼い少年のまま止まってしまっている。
 話に聞く頭領の像と乖離していたんだろう。

 (鬼としても体格の良いスオウを影武者にしていたのが良くなかったな)

「その姿もだけど『嫁にする』って言われたほうが吃驚したぞ?」

 不機嫌だった顔がほころんだ。
 この子にとって僕の愛の告白は冗談にしか思えないんだろう。
 
『娶られるのか?』と側近連中に聞かれて、嘘のつけない僕はつい『そうだ』なんて返してしまったら、アオは『男なんて無理無理無理無理!』っ即答した。

「孔雀がその…すまなかった」

 アオは僕に傾倒している孔雀から結構いびられていたから悪かった。

「いいってめっちゃ怖い姑さんだから、光の嫁さんは大変だな」
「本当の姑は別の意味でもっとずっと怖い」
「うへぇ…マジか?!あれ以上かっ!!」

 孔雀にされたことが相当だったのか、渋い顔をしているな。

 あのひとについて語るのは難しいから、頷きだけの返事をする。

「僕は前世も今もアオの体は手に入れたけど、心は無理だった。
 それでもできる限りだが、今度は間違えないようにしてきたつもりだ」
「おれは昔の光のことも嫌いじゃなかったよ、でも今の光は前世で初めて会った頃の綺麗で優しい光兄ちゃんで大好きだ」

 邪気のない笑顔で、恋人や伴侶としての愛ではないと言われてしまった。
 あの頃から僕の内面はそんな綺麗とは程遠かったのに、よく懐いてくれた。

「でも、ごめんな…散々お前と寝てるけど、おれは光をそういう目で見れない」

 僕を見つめる僕だけのメスになってしまったアオの青い目が、僕に『サヨナラ』を告げた。
 アオに振られてしまうのはこれで二度目だ。

 強い拒絶じゃないが、罵倒されたりするよりもよほど胸は苦しい。

「知ってる。昔も今も僕の側にいてくれてありがとう」

 僕は嘘は言えない。
 だからこれが本心。

 もうすぐ死ぬからお前の愛が欲しいと縋れば、優しいアオは無理をしてでもそれに答えて、ひょっとしたら着いて来てくれる。

 でも、それは望まない。

 この子と番になってずっと生きれたらいいのに。
 抱きしめたい。愛してるって言いたい。

 でも、言えない。

 悔しいけれど僕じゃこの子を幸せにできない。
 それでも側に置いてずっと自分のΩを可愛がるαみたいにして…愛してきた。

 孔雀は僕を『若様』と呼び、角なしの鬼である僕に対して、何故か鬼のαのエリート教育を施した。
 それに流石に百年も鬼をやっていたら、無意識にそうなってしまっても仕方がないかと思う。
 だからなのか、僕はどうしてもアオを自らのΩのような扱いをしてしまう。

 それでアオがこんなことに、Ωにされたたのなら僕の責任だ。

 僕らの置かれた環境がどんなに酷たらしく、狂ったものであるかをアオには知って欲しくなかったのに、あの女は勝手に教えやがって。
 
 僕を味方に引き入れたいにしたって、こんな卑劣な手を使いやがって!

 会ったらその場で切り捨てたくなるほどの怒りをおぼえている。

 でもこのままにして、僕の知らない誰かと番ったりなんてしたら、無理やりにでも蘇ってそいつとアオを喰い殺してしまいそうだ。

 僕の負けだ。



「…リリィ様からの申し出を受ける」

 
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