猫の魔術師〜その猫がいずれ最強になるまでの話〜

翡翠由

文字の大きさ
37 / 62

取り憑かれた子

しおりを挟む
 心のどこかで油断があったのかもしれない。敵がシエラとレインが揃った瞬間しか襲ってこないわけではない。人目がなければよかったのだ。

 目の前に現れた幼女は暗闇の中に溶け込みそうなほど黒い髪ときめ細かな白い肌をしている。手にはクマの人形の『ようなもの』を掴んでいる。見た目は完全に人間と同じであり、知能も備わっているときた。

「なにが目的だ」

「教えられないの」

「質問はどうだ?君みたいな、『異常現象』は他にも存在するのか?」

「どういう意味なの?」

「会話ができる、知能がある存在だ」

 今回の現象は異常中の異常だが、今回の件は『異常現象』の情報を得るのに良い機械ともなるものだ。

「うーん、言ってもいいなの」

「じゃあ教えてくれ」

「私たち、『悪魔』はたくさんいるの。だけど、まだみんな隠れてるの」

「悪魔?」

「私のような、考えることができる子のことなの」

 知能を持つ『異常現象』……『悪魔』か。しかも、知能を持つのが隠れ潜んでいるだと?これは……すぐにでも魔術界に報告しなければいけない案件の一つだ。

「私たち、『ソロモンの悪魔』。至高なる72体。そして、私の名前、グラシア言うの」

 72体の知恵を持つ『異常現象』たち、そのうちの一人が目の前の幼女だ。

「戦いを避けることはできないのかな?」

「無理なの」

「なるほど、理解したよ」

 有効的に情報をいただくことはできないらしい。教えてもらった情報もそのうち知れたような情報しかないことだろう。

「なら、戦うのみ!」

 持ち前の不死身の肉体で特攻を仕掛けに行く。素早い動きで距離を詰めて、至近距離での『水槍』を喰らわせる。だが、目の前にいた幼女はその姿をまるで幻覚でも見ていたかのように綺麗に消え去った。

 行き場をなくした『水槍』は鏡の境界にぶつかると壊れて散った。

「鏡を扱えるのか」

「そう、そしてここは私の作った『鏡の世界』なの。誰も中に入ってこないの」

「鏡……魔術じゃないな」

「魔力を使った奇跡、『魔法』なの」

「魔法……」

 鏡の魔法は幼女の姿をおぼろげにさせる効果があるらしい。鏡から映し出された幼女の姿がレインには動いて見え、攻撃すると消えてすり抜ける。かなり厄介の相手である。

 何度攻撃しようと、消えては別の場所から出現し、一発も攻撃は当たらない。

「ふふ、楽しいの」

「楽しい?」

「ここに人間を招いたの、初めてなの。初めての遊び相手なの」

「ずっと、一人なのか?」

「わからないの。気づいたら一人だったの」

 攻撃の手を止めることはない。向こうから攻撃をしてくる気配はないが、ただレインで遊んでいるだけだろう。

「一人の気持ちはわかる。僕も一人だったから」

「だった?」

「今はもう違う、仲間もいる。尊敬する『師匠』もいる」

「……う」

 幼女の動きが止まった。

「羨ましいの……」

 唐突に吹き荒れ始める魔力。爆発的な魔力の荒波がレインの身体を吹き飛ばさんとぶつかってくる。圧倒的な魔力量は目の前にいる幼女に集約されていくのがわかった。

「私も、誰かと一緒がいいの!」

 ガラスの槍が凄まじい速度で飛来する。

「うお!?」

 目の前で飛来していたガラスの槍が分身し、レインの襲いかかってくる。これも鏡の魔法の能力の一つか。

 咄嗟に腕を剣に変形させて、ガラスの槍を断ち切っていく。ステップを踏みながら背後に下がりつつ、捌いていくとすぐ後ろに幼女が出現した。

「羨ましいの……私も欲しいの」

 攻撃は徐々に激しさを増していく。何倍にも増加するガラスの槍を捌き続けるのはとてもじゃないが、大変だ。大忙しに視界を動かしながら、認識したガラスの槍を全て叩き落としていくが、それでもやはり何本かは逃してしまい、徐々に服にかすり……身体をかすっていく。

「どうして?どうして?私だけなの?一人は嫌なの!」

「っ!」

 幼女の声が鏡の世界を反響し、その声に呼応して、周囲と天井からガラスの槍が出現した。そして、幼女の啜り泣くような声に反応し、数を倍化させていく。

 視界の全てを埋め尽くすほどの圧倒的な数の暴力。捌き切るのは不可能。いや、しかもこの数は……流れ弾で本体もやられてしまうかもしれないレベルだ。

「くっ!」

 全方向から同時に攻撃が飛んでくる。避けることはできない、なら本体だけでも守らなくては。水の魔術で再現された影の中に何十もの水の防御膜を張り巡らせる。地上にいた魔力体の方の体は全身にその槍を受けてボロボロになっていた。

 魔力と神経を本体に集中させていたせいか、魔力体はいつの間にか横になって倒れていた。ガラスの槍は突き刺さったのち幻だったかのように消えていく。ただ、魔力体の傷跡が消えることはない。

「はあ……はあ」

 その時、ドゴン、と何かが爆発するかのような音が聞こえてきた。

「もう誰か来たの?でも、入れないの」

 この魔力はグレンだ。グレンの澱みない魔力の流れが、鏡の世界の外から感じられる。

「嘘、瀬愛に傷が入ってるの?」

 グレンの火力に偏った魔術はこの鏡の世界にも通用したようだ。残念ながらレインでは火力不足である。

 ただ、それでも幼女を攻略するには十分だ。今、完全にレインが死んだと思って油断し切っている幼女はレインから興味を逸らして背中を向けていた。

「隙ありだ」

「え?」

 レインの水で作られた槍と剣に変形した腕が幼女を貫いた。

「なんで、なんで死なないの?」

「あいにく、この身体はそれなりに不死身なんだ」

「そんな、人間いるなんて知らないの!」

「残念だったね、ここにいたよ」

 貫かれたのにも関わらず幼女は呆然とその場で立ち尽くしていた。

「負けちゃったの……」

「ああ、僕の勝ちだ」

「私死ぬの?」

「……………」

「死にたくないの……お願い、助けて」

「それは……」

 レインは言葉に詰まる。

「君は、人を襲いたいのか?」

「?」

「人に危害を加えたいと考えているのか?」

「そんなの考えてないの。ただ、誰かにかまって欲しかった。一緒に遊んで欲しいの」

 レインにはどうにもこのままとどめを刺す気にはなれなかった。魔術学校に入ってからと言うもの、レインはどこか甘くなってしまったような気がしなくもない。ただ、今はそれで良かったと思っている。

「どうやったら助けられる?」

「……!コアを、これを……壊して」

「そんなんで助かるのか?」

「わからないの。もしかしたらこれで……助かるかもしれないの」

「わかった」

 槍と剣を引き抜く。早くしないと、この幼女が先に死んでしまう。幼女が懐から取り出したそのコアは赤く輝いている。このコアを破壊すればいいのか。

「いくよ」

「うん」

 手に持っているコアの上に手を乗せる。ゆっくりと力を加えていき、魔力で強化された握力によってコアは軋み始めた。そして、パリンと言う割れる音と共に、破片が周囲へ飛び散る。

 その瞬間に幼女はガクンとその場に倒れてしまう。慌てて支える。

「呼吸は……ある」

 脈もある。すべて正常だ。その瞬間に、鏡の世界は崩壊し始めた。

「おい!」

「グレンさん……と、シエラ?」

 やってきたのはグレンとシエラの二人組だった。

「一体なにがあった!」

「『異常現象』がありましたが、たった今解決しました」

「そうか……その子は?」

 そう聞かれて、レインは答えを返す。

「『異常現象』に取り憑かれていた女の子です」

 レインはコアを潰した方の手にいまだに残っている赤い光の残滓を見ながらそう答えた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  二月から週二回更新になります。お気に入り・感想、宜しくお願いします。

ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした

渡琉兎
ファンタジー
『第3回次世代ファンタジーカップ』にて【優秀賞】を受賞! 2024/02/21(水)1巻発売! 2024/07/22(月)2巻発売!(コミカライズ企画進行中発表!) 2024/12/16(月)3巻発売! 2025/04/14(月)4巻発売! 応援してくださった皆様、誠にありがとうございます!! 刊行情報が出たことに合わせて02/01にて改題しました! 旧題『ファンタジーを知らないおじさんの異世界スローライフ ~見た目は子供で中身は三十路のギルド専属鑑定士は、何やら規格外みたいです~』 ===== 車に轢かれて死んでしまった佐鳥冬夜は、自分の死が女神の手違いだと知り涙する。 そんな女神からの提案で異世界へ転生することになったのだが、冬夜はファンタジー世界について全く知識を持たないおじさんだった。 女神から与えられるスキルも遠慮して鑑定スキルの上位ではなく、下位の鑑定眼を選択してしまう始末。 それでも冬夜は与えられた二度目の人生を、自分なりに生きていこうと転生先の世界――スフィアイズで自由を謳歌する。 ※05/12(金)21:00更新時にHOTランキング1位達成!ありがとうございます!

処理中です...