猫の魔術師〜その猫がいずれ最強になるまでの話〜

翡翠由

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兄弟勝負

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 ある日の放課後、レインは生徒会で仕事をしていた。

 生徒会には何名かの人員がいるが、その人たちは留学をしているため生徒会の仕事には帰って来れなかったが、ついにそのメンバーが帰国したという話を聞いた。その情報はヘイゼルからの話である。

 ただし、帰国組はしばらくの間学校に通うことを免除されているため、仕事には来ない。なんでだ!なぜ仕事に来ないのだ先輩たちは!

 とはいえ、理由など分かり切っている。ここまで単調でつまらない仕事などあってたまるかっていう話である。

 そんなものだから最近では、生徒会の仕事の最中に筋トレをすることにハマっている。猫の分際で一体全体どういうことなんだという話であるが、厳密には筋トレではない。魔力体の身体に『身体強化』による負荷をかけているだけだ。

 本来であれば体が引き裂かれそうになるような激痛が走るはずの『身体強化』であるが、レインの魔力体には痛覚が備わっていないため、それは感じない。ただ、まだまだ制御が荒いと感じることがあるのだ。

 だからこそ、『身体強化』の制御の訓練を仕事と並行して行なっている。これがまた難しい。別のことに集中しながら『身体強化』の制御を絶やさないというのは、予想以上に難しく少しでも制御を誤れば、書類の山の中にダイブしてしまうか、転んで書類を床にぶちまけるかのどちらかだ。

 もちろん、隣で仕事をしているヘイゼルとリシルには「休んだ方がいいのでは?」という心配をされる。別に疲れが溜まっているわけではないのに、書類をぶちまけて仕事を増やしてしまうことに関しては非常に申し訳なく思っているが、その分働くので許してくれるとありがたい。

「そういえば、うちの弟と休みの日に外出したんだってね。楽しかったかい?」

「はい!」

「いやー、今まで弟が誰かと外出するなんてことはなかったからとても嬉しいよ」

「そうなんですか」

「それと、聞いた話なんだけどその外出に同行した護衛が君たちのことを見失ったんだってね」

「あっ……」

「皇族の護衛がそんなに簡単に撒かれないとは思うんだけどねー。不思議だよねー?」

「あ、あはは……」

 別に僕たちは悪くない。ただ単に、路地裏の中で護衛を撒いただけだし。撒かれる方が悪いし?別に、結局二人とも無事だったんだから問題ない。

 そんな話をしている時だった。ドアがノックされた。生徒会の部屋の中に入ってくる人間はかなり限られている。というよりも、最近はこの三人とアルフレッド以外は出入りをしていないため、ノックをしたのは、

「アル君?」

「あ、いたのか」

 入ってきたアルフレッドはいつもと同じような表情をしていた。だが、いつもより目は真っ直ぐと前を見つめているような感じがする。

「兄上……」

「アルフレッド、どうした?」

「僕と勝負してくれませんか?」

 アルフレッドの声は、はっきりと苦手意識のある兄に対して挑戦する旨を述べていた。ヘイゼルは静かにそれを受け止めて返す。

「ちゃんと頑張ったのかい?」

「はい、レインに教えてもらって……魔術ももう使えます」

「ほう?」

 ヘイゼルはレインの方をみた。アルフレッドは文字通り一つも魔術を使えない状態でこの学校に入学した。自分で試してもなかなかうまくいかない。魔術というのは一人一人の感覚に個人差があるため、誰かが教えても大抵はうまくいかないことが多いのだ。

 こうすればできる、ああすればできるという大衆に当てはまるような表現の仕方はあるものの、アルフレッドはそれすら当てはまらなかった。問題なのは、そこで止まってしまったことだった。

 誰もアルフレッドの才能には気づけなかっただろう。アルフレッドは風属性に適性がある。そして、紋章は魔力を通さなければ現れない。身近な人間は紋章を知っているかもしれないが、ほとんどの人は魔術を使えない人として見ていただろう。

 アルフレッドの持つ紋章は【風神の紋章】。風属性に適性を持つ、最上位の属性である。生まれながらの保有する魔力の量も並外れた量であり、魔術への適性は十分であった。

 ヘイゼルもアルフレッドは魔術が苦手だと思っていたかもしれないが、実際はそんなことはなかった。

「いいだろう、僕に一撃だけでも攻撃を与えたら勝ちだ。そうすれば、魔術大会の話は推薦しておくよ」


 ♦️


 開始の合図をするのはリシル。その細い腕が振り下ろされる瞬間まで二人は静止画のように非道の姿勢を保ちながらお互いを見据えていた。そして、その腕が振り下ろされた瞬間、最初に動いたのはアルフレッドであった。

「『風弾』」

 風の砲撃がヘイゼルを襲う。風属性の魔術の強みは、他の魔術よりも優れる速度ではなく、その威力でもない。

「『炎壁』」

 炎の柱は空気を燃やすことはなく燃える。魔力で作られた炎は空気に含まれる酸素を利用して燃える必要がないのだ。『風弾』を防いだヘイゼルは炎の障壁を晴らす。晴れたその先で、手の中に握られていた弓の形状をした炎は、矢を装填し終えた段階であった。

 放たれた矢は最速の雷属性の魔術よりも素早くアルフレッドの元へと飛来する。ただの身体能力だけでは避けきれない。そのまま直撃すれば危険は免れないだろう。教師立ち会いのもと行われるような試合ではないため、当たれば『死』すらもありえる。

 まあ、そんなことにはさせないけれど。

 アルフレッドは手を下へと向けた。何するんだ?

「『風弾』!」

 地面に向けて放つと同時にジャンプで体を浮かす。すると、体を支えるものが何もなくなるためか、魔術の反動で体は大きく飛ぶ。炎の矢を避けるには十分なスピードで。

「負けたかな……」

「え?そうなの?」

 隣にいるリシルはまだ何が起きているのかわかっていない。

「あの矢、追尾式だ」

 炎の矢は対象に衝突しなかったことを知るや否や、360度向きを変えて、上空で動けなくなっているアルフレッドに狙いを定め直した。直線で動くように偽装した追尾式の矢である。

 うまく隠蔽されているせいで、アルフレッドも気づけなかったか。

 背後から迫る矢を見たアルフレッドは、風の防護壁を呼び起こす。ただ、アルフレッドには魔力の練度がいまだに足りていなかった。威力を殺しきれずに炎の矢はアルフレッドに直撃した。

 ここまでの動きの中でヘイゼルは一歩たりともその場から動いていなかった。地面へと落ちるアルフレッド。容赦なく叩きつけられた箇所を押さえて悶えながらも、ヘイゼルを見据えていた。

「これで、勝負はつい……」

「俺の勝ちだ!」

 ヘイゼルの勝利宣言を遮るかのように放ったその一言、それが言い終わったと同時に勝負は反転した。突然に、ヘイゼルの足元にインパクトが生じる。それは、ヘイゼルをその場から動かすには十分な威力を持っていた。

「これは……」

 レインも気づいていなかった。

「そっか、『風弾』で上に上がった時、もう片方の手でゆっくりと進む『風弾』をヘイゼルに向けて撃ってたんだ」

 魔術は自由自在。それは風の魔術でも同様だ。魔術の威力、範囲が任意で変えられるのであれば、進む速度が変えられないわけがない。

 地面スレスレをゆっくりと進んでいき、正確にヘイゼルの足元を射抜いたのだ。しかも追尾式が使われた形跡はない。

「た、確か……一発入れればいいんですよね?」

 怪我を負いながらもアルフレッドはしっかりとその言葉を紡いだ。無表情でアルフレッドに狙いを定めていたヘイゼルは、優しく微笑む。

「推薦状を書いてくるよ」
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