ざまぁのその後に――『聞き上手令嬢』の意味をはき違えていた俺の顛末

来住野つかさ

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第5話 ダレル君、やらかしを謝る

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 新聞活動サークル室には、見たことのない部長さんと、エーメリー嬢、それにバートレット様がいらっしゃった。

「おやソーンダイク君、君の分の校正はもう済んだんじゃなかったかい?」

 のんびりと間延びした声で部長さんが振り向く。

「あ、噂の『ダレル君』だ」

 一瞬空気が張り詰めたが、俺はかまわず前に出た。

「そうです。ダレル・セイモアです。皆様突然お邪魔してすみません。それとエーメリー嬢、以前は大変失礼なことをして申し訳ございませんでした。ご不快な点はあるかと思いますが、今は話を聞いてもらえませんか?」

 何か書き物をしていたらしい筆を止めて、エーメリー嬢がこちらを向いてくれる。

「セイモア様、ケイン様への言付けですでに謝罪の言葉を頂いております。ですがわたくし、今この場での謝罪の言葉を正式に受け取りますわ。
 それで落ち着かない様子ですが、何かありましたか?」

 エーメリー嬢は淑女然とした表情を崩さずに俺を許してくれ、また俺の様子がおかしいことも瞬時に察した。

「······何かあったのか?」
「ええ。まだ判然としませんが、アボット嬢がこちらに来ませんでしたか? 彼と約束があったようなのですが、メイドにも言わずどこかへ行ってしまったようなのです」

 バートレット様の問いにすぐさまソーンダイク様が答えてくれる。

「今日は孤児院に行く予定でしたでしょう? ですからここにはお寄りではないわ」
「そうだねえ、急いで帰ると言っていたよ」

 サークル室内にいた部長さんとエーメリー嬢も知らない様子。

 ――やはりここにも来ていないのか。そもそも学院に来たというのは正しいのか?

 令嬢は予定外の行動はあまりしないものだ。気持ちばかりが逸って頭がぐちゃぐちゃになってくる。

「セイモア様、サンディは馬車で学院まで戻ったのですか?」

 しばし考え込んでいたエーメリー嬢が言葉を発した。

「······そうだと思いますが」
「ではまず、学院の門番に確認しましょう。アボット家の馬車が戻ってきたか。戻ったのなら今はどこにあるのか。そうして一つずつ心当たりを潰していきましょう」
「そうだね、じゃあそこはザカライヤ君に頼もうか」
「承知」

 エーメリー嬢は冷静に指示を出していく。

「わたくしはサンディが教室に戻ってきたか確認してまいります。ケイン様とアレックス様は騎士科の方を見て来ていただけませんか? 疑うわけではないですが、ブリンソン様方が残られていたらそれとなく様子を窺うとか。部長さんは他の部員さんにもなにか知っていることはないか聞き込みをして下さいますか?」
「おれ······いや僕は?」
「セイモア様は教員室に行って、アボット家から何か連絡が来ていないか確認してもらって来て下さいませ。メイドは教室には入れないので、もし来るなら教員室かと。集合はまたここで」

 サンディを探すべく全員が力強く立ち上がったので、俺はこんな時なのにぐっと涙が込み上げてきてしまった。

「ありがとうございます。そしてすみません。俺のせいで彼女は逆恨みされたかもしれません」
「あなたのせいではありませんわ」

 エーメリー嬢がはっきりと断言してくれた。

「そうだよ、これは君のせいではないし、友達のために皆で動くのだよ。アボット嬢もダレル君も私達の友達なのだからね」

 爽やかなお顔でバートレット様が励ましてくれ、アレックスを伴って騎士科棟へ向かった。

 俺は情けない顔を叩いて部屋を出た。
 ぐずぐずしていられない。俺も動かなければ。



     ◇     ◇     ◇

 

「ああ、ちょうど良かった。伝言があるよ」

 教員室に向かい、サンディのメイドを探そうとすると、事務員さんに声をかけられた。

「僕ですか?」
「うん、ダレル・セイモア君に、アボット家からなんだけど、何か約束でもしていたの? これを渡してほしいと言われたよ」

 そう言って封筒を渡された。

「これはメイドとか家の方がお持ちになりましたか?」
「うーんと、御者の方のようだったよ。すぐ出て行ってしまったけど」

 急いで礼を言って受け取る。

 ――御者? それでは馬車はやはり学院に戻ったということか?
 メイドからにしては返答が早すぎる気がするし、彼女はあれだけ慌てていたのだから俺に直接伝えようとしてもおかしくない。


 新聞活動サークル室に戻ると、すでにエーメリー嬢が戻って来ていた。

「おかえりなさい、何か進展ありました?」
「ええ。これを預かったのですが······」
「アボット家から? ······何かおかしいわね」
「おかしい?」
「ええ。家からの書付なら、決まったレターセットを使うのよ。アボット侯爵家の家紋が印刷済みのものをね。これはそうではないわ」

 エーメリー嬢が封筒を一瞥してそう断言する。

 え、侯爵家?
 サンディって侯爵家の令嬢なのか?

 今更ながらサンディのことをよく知らなかった自分に驚く。エーメリー嬢のことといい、俺は調べることをとことんしない奴なのだと痛感する。
 何があったのか分からないが、平民から侯爵家令嬢にって俺以上に相当大変だったのだろうな。

「わたくしの方は、サンディらしき人を見かけた方がいたのですが、裏門の······恐らく騎士科の厩舎の方に向かって行ったというのです」
「厩舎に?」
「ええ、おかしいでしょう? いくらあの子が変わっているからって約束のある日に行く場所ではないわ」

 そう話している内に、他の人も続々と戻ってきた。

「ダレル君、やはりブリンソン達は怪しいかもしれない。他にも彼らが君やアボット嬢をよろしくない言い方をしていたのを聞いていた者がいたのだが、なんでも『決行は今日だ』としきりに言っていたらしい」
「そうなんだ! で、気になった奴が少し後をつけたら、彼らは厩舎の方に行ったって! 普段馬なんか見向きもしないのにだぜ!」

 バートレット様とアレックスの話を聞いて、心なしかムッとした顔のソーンダイク様も続いて報告して下さる。馬に反応したのだろうか?

「こちらも不思議なのだ。たしかにアボット家の馬車は再び戻ったのだが、何故か御者と共に学院の裏手の方に回ったと」
「厩舎ね」

 エーメリー嬢が呟く。

「部長さんの方はいかがでしたか?」
「うーん、時間が短くてはっきりとは分からなかったのだけど、ブリンソン達がこの頃良からぬ場所に立ち入っているという噂を聞いた。
 そして、最近学院周辺に怪しげな人物がうろついているとか」
「怪しげな? それは誰かを狙ってるのか?」
「そこまでは分からなかったんだよ。でもね、その男達には見た目に特徴があるらしいんだ。――サウール西国蛮族のね」
「赤目か?」
「そう。それだから王家もミカエル殿下の御身を気にされて最近護衛が増えてるんだって。
 だからミカエル殿下も同席してもらっていい?」
「ああ、彼の力があった方がいいだろう」
「そうですわね」
 
 ミカエル殿下?
 突然の大物の名前に俺とアレックスがぎょっとしていると、間髪入れずに後ろから声が聞こえてくる。

「ありがとう! ごめんね、ちょっとそこで話は聞いてしまっていたよ」 

 突然ミカエル殿下が室内に現れた。

 ミカエル殿下はここアルバーティン王国の第三王子で、現在学院の三年に通っておられる。
 ミカエル殿下は魔術が得意と聞くので、今も何かしらの魔術で話を聞いていたのだろう。あるいは姿を消していた? そんな事が出来るのか分からないが。

「シンシア、色々と流石だね。そしてダレル君とアレックス君は初めましてだね。こんな時だから堅苦しい挨拶は抜きだ。
 そして――さっきのアボット家からの手紙は見たのかい?」
「あっ! まだです。開封しますね」

 俺が慌てて開けると、その文面はいかにも怪しかった。

〈サンディは正しい場所に戻すことになった。お前に別れが言いたいそうだから、ブリンソン領ラケ山脈近くの66番の小屋まで来い。――ヨアン・ブリンソン〉

 皆、手紙を見て沈黙に包まれる。サンディが事件に巻き込まれたことが明らかになったからだ。

 この場所はブリンソン様の領地だ。そして送り主もブリンソン様······。罠なのか? 罠にしては何かおかしいけど······。

 暫く考えていたミカエル殿下が足を組み替えて話し出す。

「情報を精査しよう。
 まずアボット嬢はダレル君を騙る手紙によって学院に戻り、厩舎に連れて行かれた。厩舎にはブリンソン達がいた。
 アボット家の御者が教員室にダレル君宛の封筒を置いて行った。内容はダレル君を誘き寄せるものだ。
 そしてこのところサウール西国人らしい男達が学院周辺をウロウロしていて、怪しげな場所に出入りしているブリンソン達と繋がりがある可能性がある。
 そしてダレル君を呼び出している場所は、ブリンソン領の外れだね。――そんなところかな?」

 ミカエル殿下の説にエーメリー嬢が返答する。

「ええ。このラケ山脈というところは、たしかサウール西国との国境地帯で険しい山がそびえているあたりですわよね? そこになら狩猟好きの山小屋もいくつかありますから潜む場所もあるでしょうが、国境警備隊が常時駐留していると思いますが······」
「うん。国境警備隊に裏切りがあるなら、事だな」

 何事かを思案しながら、ミカエル殿下は続けた。

「ではまず厩舎に向かおう」



     ◇     ◇     ◇



 学院の騎士棟の鍛錬場奥に、乗馬練習用や学院の馬車用の馬が住まう厩舎がある。
 厩舎はかなりの大きさだが、学院の乗馬クラブが主導して管理しており、とても清潔に維持されている。

 人は皆出払っていて、外の乗馬練習に行っているようなので、俺達は断りなく中に入っていく。
 すると、一番奥の扉が半分空いており、そこに厩舎にそぐわない程鮮やかな色のリボンが引っ掛かっている。
 ――サンディにあげたものだ。マゼンタの、サンディの色。

「殿下、これはサンディのものですわ。今日付けていましたもの」
「ふむ。ではここに彼女が来たのは間違いないね。ここから故意に連れ出されたのかもしれない」

 事件性を疑わせる状況に胃がひやりとする。
 すると、周辺を見回りに行っていた殿下の護衛騎士達が報告をあげる。

「ご報告します。練習場の生徒に聞いたところ、アボット嬢とブリンソン達と思われる一団が、裏門から出ていくところを見たそうです。その後の足取りは掴めておりません」
「私もご報告です。アボット家のものと思われる馬車がブリンソン領のサウール西国国境付近のラケ山脈方向に走り去った模様です。その際、学院近くをうろついていた赤目の男達の姿も消えたようです」

 ミカエル殿下は頷くと、俺達を見回した。

「ご苦労。さて、アボット嬢は本当に連れ出されたようだ。サウール西国国境ラケ山脈というと、ダレル君宛の手紙のとおりの場所に連れられているのかもしれないね。
 まずはアボット家に報告だ。それから我々はこの場所に向かうが、悪いけどダレル君を以外は留守番をしていてくれ」
「私達も協力できますが!」

 ソーンダイク様が声を上げる。

「いや、ダレル君は相手に呼び出されているので、どうしても来てもらわないと困るが、もしサウール西国が関与しているとしたら危険だ。シンシアはその辺の事情も聞いているだろう? ケインと一緒にアボット家に知らせに行ってもらえるか?」
「承知いたしました、殿下」
「ソーンダイク君達は教員に報告をしておいてくれ。学院長がいらっしゃればそちらでもいい」
「分かりました、対応します」

 エーメリー嬢と達が納得したので、ソーンダイク様も渋々といった風だが了承してくれた。

「ダレル君、出来るだけ守るつもりだが、君の安全は確実には保証できない。それでも行くか?」
「はい、行きます」
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