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第26話

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 リアーナ達が旧神殿に出発したちょうどその頃、アルフレッドの方にも動きが起きていた。

「関係者全員、旧神殿に移動を始めた模様。遺跡は壁も警備も薄い。ここで奪還と捕縛といこう」

 フレス街にある隊商宿『宿り木亭』の一室に集合した捜索隊員の前で、ノーヴィックはそう宣言した。

「しかし未だザイルバーガーの関与は明確ではありません。そこも押さえないと、のらりくらりと逃げられます」

 アッテンボローが冷静に意見すると、ノーヴィックは答える前に腕組をするアルフレッドをチラリと見やった。

「いや、ミカエル殿下の調査によると、ザイルバーガーの息子は旧神殿に来る線が濃厚なのだ。その場にいるとなれば一斉摘発が可能になる。奴の姿を視認してから突入だ。······アルフレッド、ヤキモキする気持ちは分かるが、殺気は控えめにな」
「現場ではバレるような気配は出しません」
「そうしてくれ。周りが疲弊する」

 第三騎士団のことをあまり知らない者達は、いつも冷静に見えていたアルフレッドの素の様子に驚いた表情を浮かべている。

「婚約者が関わるとあんなになるんだな······」
「だが何で団長にキレるんだ?」
「ミカエル殿下がまた何かしたのを団長が許してるからとか?」
「ありえる。アルフレッド・ハンクスってけっこう人間くさい感じなんだな」
「聞いたことあるわ。『俺のリアが』ってのを枕詞にしてよく惚気けるらしい」
「うわあ『俺のリア』見たい!」

 彼らがあれこれ噂し合う中、アルフレッドはトビアスに通信用オレンジバッジの使い方をレクチャーをしていた。

「トビアス」
「はい」
「······本隊の第一義は王族の安全だ。そこは誤らないように」
「はい、承知しております」

 自分が聞いたというのに、その返答を受けてアルフレッドは苦いものを呑み込んだ時のような表情を出してしまった。当然トビアスもそれに気づいたが、主を思ってか何も触れて来ない。
 教会がリアーナ達に害なすことはしないはずだが、当人らは何も知らないのだ。王女と二人、さぞ心細くしているに違いない。考えないように努めていても、どんどんと気は重くなる。
 アルフレッドがため息を吐いたその時、ノーヴィックから声がかかった。
 
「アルフレッド、ちょっと来てくれるか? 会ってほしい者がいるんだ」



    ◇     ◇     ◇



 車窓のミモザは黄色から白に変わっていく。

 リアーナは聖女の衣装とかいうものを着せられている。といっても先程のドレスに大きな石のついたネックレスと、それから複雑な編み模様のヴェールを着けさせられただけ。どちらも神殿に長らく保管されていた古いもののようだが、これが『聖女』の衣装らしい。
 馬鹿馬鹿しい。物語にまでなって語り継がれている『聖女』様は本物だったのだろうが、なぜか詳細は秘匿されている。それにここ百年は現れていないというのだ。取るに足らない人間を、俄仕立てとはいえ勝手に『聖女』に仕立て上げる教会も、相当に狂っている。ここまで傍若無人に危機感が薄れているところを見ると、崩壊は始まっているのだろう。

 少しして馬車から降ろされた場所は、想像通り旧市街の一角にある遺跡群だ。その中でもひときわ大きくて、崩れかけた石柱が数本立っている古代の建築物――旧神殿がそこにあった。

「カール、待ってたわ!」

 馬車の到着を聞きつけ、綺麗に装った花嫁姿のビクトリア王女が駆け寄ってくる。

「カールが聖女様だったなんて! 立ち会ってもらえて嬉しい! わたくしはなんて幸福なのかしら!」
「殿下、ご不便はなかったでしょうか?」
「この奥にね、壁や屋根が残っている部屋があるの。でも大聖堂の部分は屋根がほとんどないわね。婚姻式をオーラメリー神様に見ていただくためなのかしら? それなら神託の通りにしないとね!」

 またあの精油をたっぷりと擦り込まれた様子の王女は、今まで以上に強い香りを放っている。裾を流すような純白のドレスに同じく純白のロングヴェール。本来であれば王女婚礼用の宝物が王室に用意されていたはずだが、今回は教会に保管されている年代物のティアラのみを着用されている。
 リアーナの脳を侵食するような匂いは、王女の瞳までもぼんやりとさせているように見える。注意深く観察しながら話していると、そばで控えるミリアンまでもが綺麗な装いに変わっている事に気づいた。それにしても花嫁、聖女、侍女までが白い衣装っていいのだろうか?

「花嫁様、聖女様、お揃いですかな? では聖女様は立会人として列席賜りましょう」

 神官長の言葉を合図に、聖騎士の一人が美しい音色でバグパイプを奏で出した。婚礼を祝う曲として我が国で親しまれているものだ。
 その音を合図に王女とリアーナ達も会場となる場所に足を踏み入れる。
 昔は大変立派な聖堂だったのだろう。それが思い起こされるような重厚な石造りのそこは、赤い絨毯が祭壇にまで延びており、その脇を花が飾られている。潤沢な量の花ではないし、そもそも形式に則るべき王族の式典の装飾とは到底思えない。会場で祝うのは数名の聖騎士と神官という物悲しさ。それでも王女は喜んでおり、立会人であるはずのリアーナを介添人として絨毯をともに進んでいく。
 すると、すでに祭壇の前には花婿の礼服を着た男性が立っている。王女の興奮は最高潮に達しているが、その男性はなぜか黒っぽいヴェールを頭から被っていた。

「花婿がヴェール?」

 思わず疑問が口をついてしまったが、ミリアンはなんにも言わない。だが、それで夢が覚めてしまったのか、王女が矢継早に捲し立てた。

「なんで? おかしくない? アルフレッド、顔を見せて」
「儀式の間は互いの顔を隠すのが古来のしきたりです。姫様もそうなさって下さいませ」
「そんなの聞いたことない! 変だわ! 顔を見せて! なんか身長も低い気がするし······アルフレッド? アルフレッド! アルフレッド!!」

 ミリアンや神官長が落ち着かせようと宥めても聞き入れず、王女は何度もアルフレッドの名を呼んで叫んでいる。すると、ヴェールの下から苛々したような男の呟きが漏れた。

「はあ、うるさいなあ。なんでもいいからさっさと結婚しようぜ。お金入るんだからさ」
「はあ?」

 その声は想像通りアルフレッドではなかった。髪や目の色を隠すためなのだろう、暗い色のヴェールで本来の色は分からないが、アルフレッドより小柄で腰回りは贅肉を蓄え始めているようだ。とても騎士をしている体型ではない。

「あなた誰よ? ヴェールを取りなさい!」
「姫様大丈夫です、書類上はアルフレッド様と結婚となりますので! 子供とかは気にしなくてもいいのです! 彼は定刻に間に合わないアルフレッド様の依代となって式を行いますが、実際にはアルフレッド様と結婚するのですから」

 王女が詰問しても男は動じす、神官長も何も言わない。そして明らかにおかしい状況であるにもかかわらず、ミリアンは堂々とした口ぶりだという異常に王女が怯んだ。この侍女は味方ではない、という警戒心がここに来てようやく芽生えたのだろう。

「何、を言っているのか、わからないわ、ミリアン。それと子供の事って······?」
「アルフレッド様の正妻となるのは姫様です!ですがわたくしも姫様と共にありたいので、側妻として雑事は担当いたします!」
「側妻? 雑事?」
「姫様は何も気になさらなくていいのです! アルフレッド様の寵愛は姫様、それ以外の子供を生むですとか辺境伯家の家政はわたくしにお任せ下さい!」

 ミリアンは目をランランと光らせ、王女の手を取り勢い込んで話している。

「子供生むってあなた······」
「姫様、子供を生むのは時として生死を彷徨う危険な行為です! わたくしは姫様にそのようなお命の危機に瀕していただきたくはないのです! それらはわたくしめにお任せ下さい!」

 王女は、自分付きの優秀な侍女だったはずのミリアンを穴が空くほど見つめ、やがて口を開いた。

「あなた······アルフレッドが好きだったの?」
「姫様のお好きなものは好きですわ! ですから問題なく愛しております!」

 頬を染めて頷く彼女は、どう見ても恋をしている表情を浮かべている。

「問題なく愛するって、本当に意味が分からないわ! ミリアン、どうしちゃったの······?」





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